気がつけば、あれも、これも、同じ会社の作品だった。 「夜明けのすべて」「あのこは貴族」「さかなのこ」…バンダイナムコフィルムワークスの邦画が気になって | レーベル推し #1 CULTURE 2024.05.09

映画『夜明けのすべて』、観ました? 何度も通い詰める人が続出するのも納得の傑作です。謎が隠されていることでも評判のエンドロールを何気なく観ていると製作が「バンダイナムコフィルムワークス」とあります。バンダイナムコと聞いてガンダムかラブライブ!か、はたまた初期の北野映画を思い出すかは置いといて、意外な会社名だ。気になって他の作品を調べると、「あのこは貴族」(え、好き)、「南極料理人」(え、好き)、「マイスモールランド」(え、これも!)と、好きな作品がこれでもかと出てくる。しかも、どの作品にも共通したものづくりの姿勢というか、矜持のようなものを感じる。「自分たちらしくないものはやらないぞ」みたいな。
 そこで、中の人たちはどのように作品を作っているのか、2人のプロデューサーに話を聞いてきました。

INDEX
左・西川朝子さん 映画プロデューサー。担当作『ストレンヂア -無皇刃譚-』『夢売るふたり』など
右・加倉井誠人さん 映画プロデューサー。担当作『愚行録』『蜜蜂と遠雷』など
左・西川朝子さん 映画プロデューサー。担当作『ストレンヂア -無皇刃譚-』『夢売るふたり』など
右・加倉井誠人さん 映画プロデューサー。担当作『愚行録』『蜜蜂と遠雷』など

1.バンダイナムコ邦画の集大成、『夜明けのすべて』。

バンダイナムコフィルムワークスが製作した映画のタイトルを見ていると、それぞれ多彩なテーマを扱っているのに、なにか色が見えるように感じる。特に、現在ロングランでヒットを続けている『夜明けのすべて』は、お互いにPMSとパニック障害を持った主人公や、彼らが働く会社の人々との日常を描いた作品で、日々の小さな心の変化が繊細に伝わってくる作品になっていた。このような作品を世に送り出すときに、どのようなことが意識されているのだろうか。

西川朝子さん(以下西川)「私たちには、インディペンデント映画を作っているという意識があります。中規模で収益性が厳しい作品が多いのですが、だからこそオリジナルで、おもしろくて、これからどう成長していくのだろうと思える作家性のある監督を世に出していきたいという思いがある。メガヒットしている原作の権利を得られなくても、別の方向性できちんと作品を作っていきたい。そう思ってまっすぐ取り組んでいたら、『あのこは貴族』のように、作家さんに監督や私たちと一緒にやりたいと言ってもらえたということもありました。」

原作者や出版社が、原作の持つ核の部分を崩すことなく映画化できると思えるレーベルになっているのだろう。その信頼感が見るものにも伝わっているようにも感じる。

西川「そうであったならうれしいですね。『夜明けのすべて』がはじまったのは二年も前のことで、監督とシナリオを開発する期間が一年半ほどありました。この作品を映画にすることになったきっかけとして、私がプロデュースを担当した西川美和監督の小説『永い言い訳』の文庫本の担当編集者さんが、独立して出版社をはじめられていて、そこから出た小説だったという縁もありました。『夜明けのすべて』は、元はホリプロさんが権利をとられていたものなのですが、私たちのやりたい方針を原作者側に伝えたところ、『お任せします。これまでに作家性のあるものを作ってこられているので、安心して委ねます』といってもらえたことは心強かったです」

とはいえ、『夜明けのすべて』は、小説とは違う部分もたくさんある。

西川「設定が変わった部分もありますし、そのすべてが、すぐに『いいですよ』と言ってもらえたわけではなかった。『この部分は映像になったときにちゃんと伝わりますか』と指摘される部分もありました。でもプロット、シナリオと積み重ねる度に『最後までソウル(魂)は一緒なので』と細かく丁寧にご説明しながら進めてきました。それでもきっと不安な部分はあったのではと思いますが、瀬尾さんには出来上がりを見ていただいた時、初めて本当の意味で安心していただけたのではないかと思います」

映画は、監督と原作との相性もある。西川さんは当初、三宅唱監督がこの原作に関心を持ったことが意外だったという。

西川「どこに関心を持って引き受けてくださったのだろうと、いろいろ質問をしました。最初に訊ねたのは『このふたりは恋愛になると思いますか?』ということ。原作では、藤沢さんと山添くんという、主人公のふたりが恋愛になってもおかしくはないだろうというところで終わっていますが、私はふたりが恋愛関係にならないと思っていましたし、その点が映画として新しい魅力になると考えていました。それに対して三宅さんも『ならないと思います』とおっしゃっていて。そこがこの作品のいいところですよねと話し合いました」

恋愛関係にしない、主人公2人だけの物語にしない、ことで広がる可能性を信じて。
 

最近のドラマや映画には、男女の物語は恋愛関係になることが当たり前のように描かれる作品も多く、そうではない作品を求めている観客もいたのではないだろうか。

西川「恋愛にならない男女の関係性もあるんじゃないかと常々思っていました。職場で出会った人と親しく話していたとしても、距離が近づくほどは発展しない人もいる。もちろん、そんな二人が恋愛関係に発展してもいいけれど、ならない関係性のものをちょっと考えてみませんか、と思いました。原作の中でも、栗田金属(映画の中では栗田科学)の人たちがふたりを見守っている感じがいいんですよね。ふたりがケンカをしようと仲良くしていようと、変わらずにいてくれる。無関心でも過剰に干渉するのでもない、適度な温かさと距離がある。そういう職場っていいなと思えたので、藤沢さんと山添くんの関係性だけをフィーチャーして特別なふたりにするのではなく、周りの人も描くことで、『私も藤沢さんなのかもしれないし、誰かにとっては栗田科学の人たちになるのかもしれない』という可能性がより引き出せるのではないかと思いました」

もうひとつ、『夜明けのすべて』は、主人公のふたりが、PMSとパニック障害を持っているというキャラクターではあるが、それはその人の一部であるということが貫かれているのもいいと思えたところである。

西川「わかりやすくあらすじやキャラクター紹介をすると、PMSを患った藤沢さんとなるのは間違ってはいないのですが、実際生きている人にはそれだけじゃない部分がたくさんあるのだけど……と思いますよね。端的にあらすじを書いたり、図式化したり、名札をつけることが、皆にとってわかりやすくて“よい”ところはあるのかもしれないけれど、その網目からこぼれ落ちてしまったことにもたくさんの重要なことがあるんだと思います」

加倉井誠人さん(以下加倉井)「映画は、時間に制約がある映像表現であるからこそすべてを説明することが難しいものです。ですが、映画を初めてご覧いただく皆さまには、その制約の中で伝わることを前提としながらも、ご自身の想像力を駆使しながらさまざま解釈や思いを巡らせて、お持ち帰りいただけたらいいなと思っています」

『夜明けのすべて』はキャスティングの面でも、キャラクターと俳優が一体化していた。

加倉井「鍛錬された脚本だからこそ、その脚本にキャストさんが共感していただいた。そのような脚本が出来上がっていく過程で、どういう方が演じることがベストなのかと考えられる体制があったのは、とてもよかったのかなと思いますね」

西川「松村北斗さんのファンの方が、映画を何回も見て、美術や映像、演出が素晴らしかったと言ってくださることや、監督の登壇イベントに足を運んでくださることも多くて。まず俳優部への興味で映画と出会い、何度も観るうちに映画が演技だけでなく、それを映している撮影、照明、音響、美術、衣裳、音楽、編集…いろんな要素からできていることに気づいて、もっと知りたいと思ってくれているのだということに、作っている側として、この上ない喜びを抱きました。スタッフ・キャスト、宣伝、出資社、観客の皆さん、すべてひっくるめて映画って最高だなと思います」

2.これも、あれも、バンナムの映画なんです。

左から『エンディングノート』『泣く子はいねえが』『夜明け』。是枝裕和、西川美和監督らが所属する分福の若手監督(砂田麻美さん、広瀬奈々子さん、佐藤快磨さんなど)とも作品を作ってきた。
左から『エンディングノート』『泣く子はいねえが』『夜明け』。是枝裕和、西川美和監督らが所属する分福の若手監督(砂田麻美さん、広瀬奈々子さん、佐藤快磨さんなど)とも作品を作ってきた。
左から『彼女が好きなものは』『マイスモールランド』『君が世界のはじまり』。在日クルド人の少女を描いた『マイスモールランド』や、ゲイであることを誰にも告げていない高校生と、BL漫画の好きな同級生の物語『彼女が好きなものは』。「なかなか世の中に知られていないことの実情を知ろう、という映画をこの頃はよく作っていました」(西川さん)
左から『彼女が好きなものは』『マイスモールランド』『君が世界のはじまり』。在日クルド人の少女を描いた『マイスモールランド』や、ゲイであることを誰にも告げていない高校生と、BL漫画の好きな同級生の物語『彼女が好きなものは』。「なかなか世の中に知られていないことの実情を知ろう、という映画をこの頃はよく作っていました」(西川さん)
西川朝子さん 映画プロデューサー。 『夜明けのすべて』を担当。
西川朝子さん 映画プロデューサー。 『夜明けのすべて』を担当。
左から『チア男子!!』『前田建設ファンタジー営業部』『喜劇 愛妻物語』『愛がなんだ』。作家性のある監督の作品を作るのと同時に、バラエティ豊かな作品も出していこう、元気のある作品を出していこうというコンセプトで作ることも。「若いプロデューサーを育てようということで、後輩と一緒に取り組んだ作品たちです」(西川さん)
左から『チア男子!!』『前田建設ファンタジー営業部』『喜劇 愛妻物語』『愛がなんだ』。作家性のある監督の作品を作るのと同時に、バラエティ豊かな作品も出していこう、元気のある作品を出していこうというコンセプトで作ることも。「若いプロデューサーを育てようということで、後輩と一緒に取り組んだ作品たちです」(西川さん)
左から『さかなのこ』『おらおらでひとりいぐも』『横道世之介』『南極料理人』。沖田修一監督とは、商業作品第1作目の『南極料理人』や、最新作の『さかなのこ』まで、長くタッグを組んでいる。特に『横道世之介』は、長く愛される作品。「傑作です。この作品の吉高由里子さんの役柄は、当時としてはエポックメイキング的なところがあったのでは」(西川さん)
左から『さかなのこ』『おらおらでひとりいぐも』『横道世之介』『南極料理人』。沖田修一監督とは、商業作品第1作目の『南極料理人』や、最新作の『さかなのこ』まで、長くタッグを組んでいる。特に『横道世之介』は、長く愛される作品。「傑作です。この作品の吉高由里子さんの役柄は、当時としてはエポックメイキング的なところがあったのでは」(西川さん)

そんな西川さんが作品作りで大切にしてきたものは、なんだろうか。

西川「映画を長く、広く観てもらえるものにすること、です。自分たちの命が尽きても映画は生き残れるはず。自分が観てきたクラシックな映画たちに負けないくらい長く、広く世界中の観客に観てもらえるような映画作りをするのだ、という信念をもってやってきたつもりです。国内でヒットすることはとても重要ですが、映画の寿命の長さを考えると勝負はいつつくか判らない。だから国内外問わず一人でも多く、広くあまねく観てもらいたいのです。その一歩としてどの作品も必ず国際映画祭にはエントリーしています。また、個人としては何かひとつは必ず挑戦しようと。映画そのものが挑戦になっていてくれたら最高だと思います」

これからのバンダイナムコフィルムワークスとしては、どのようなことを目指すのだろう。

加倉井「嶽本野ばらさんの原作小説を実写映画化した『ハピネス』(小学館文庫刊)が5月17日に公開になります。わたしたちより原田誠也と岡田直樹が中心となり、かれこれ三年かけてプロデュースしてきた、自社の単独配給作品です」

西川「いわゆる“余命もの”ではあるのですが、蒔田彩珠さん演じるヒロインの山岸由茉が、自分が生きたいように生きて人生を全うしたいという願いに貫かれているキャラクターで、見ていて清々しいものがあります。窪塚愛流さんが演じる国木田雪夫は振り回されながらも彼女に協力する。小説自体は随分前に書かれたものなのですが、ある種のエンパワメントになる作品になっていると思います」

加倉井「それと、変化と申しますと、数年前から製作プロダクションと配給を自社で行う体制を整えてきました。我々が開発して、作って、最後にお客さんに届けるということが、作家さんやクリエーターさんにとっても企画を丁寧に扱うチームであると思っていただければと願っています」

text_Michiyo Nishimori photo_Momoka Omote

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