作家・九段理江さんの短編小説のススメ。
答えを求めない、〝解釈する魅力〞にハマる。 CULTURE 2024.01.18

短編が面白そうだ、と思ったのは出版社〈田畑書店〉が発売をはじめた「ポケットアンソロジー」シリーズを目にしたから。1編から買える上に、お気に入りだけをまとめてオリジナルの本も作れるのだ。そこで短編好きでもある作家・九段理江さんにその魅力を聞いた。ならではの味わいを楽しめる小説から、マンガ、さらに短編ドラマの作り方まで全9作。

短編小説のススメ。

「 短いからこそ、何度も読める。読むほどに解釈が広がる 」

短い物語のなかに自分なりの読み方を発見することが短編小説の面白さ。そう気づかせてくれたのが、「大聖堂」をはじめとするレイモンド・カーヴァーの作品たち。といっても、初めはなにがいいのか正直わかりませんでした。説明が少なくて余白が多いんです。でも何度も読み返すうちに、エッセンシャルな文章だけを残しているのだと気がついて。つまり、解釈は読者次第。ただ受動的に文字を追うのではなく、自分で読むポイントを発見しながらページをめくれば、とても奥行きがあって面白いことがわかるはずです。
そんな奥行きある作品に「午後の最後の芝生」も。村上春樹さんの作品のなかでも最も読み返している一編です。1行目から読みどころで、「僕が芝生を刈っていたのは十八か十九の頃だから、もう十四年か、十五年前のことになる。」と始まるのですが、すぐあとにほとんど同じ文章が。ただ「頃」が「ころ」とひらがなになっているんですね。ミスではないだろうし、ではどうして? と気になって仕方ない(笑)。それに、なんでこんな書き方をしているんだろう? とも。例えば「十五年ほど前に、僕は芝生を刈っていた」でもいいですよね。思うに、ただの思い出話ではなく、なにか言いにくいことを話しますよ、と読者に伝えるための構造じゃないかと私は想像しています。もちろん、答えは知りません(笑)。こうして考えながら読み進めていくのが楽しいんです。村上さんの短編といえば、昨年、映画『ドライブ・マイ・カー』が公開されましたね。原作はとても短いけれど、上映時間は3時間ほどと長尺。これも小説の余白に想像を膨らませたからこそで、改めて短編のよさを実感しました。
短いからこそ、作家やジャンルの入門編にもおすすめです。ヴァージニア・ウルフなら「キュー植物園」を。彼女の特徴でもある、視点移動を感じられます。SFに抵抗があるなら「選抜宇宙種族の本づくり習性」がおすすめ科学用語が少なく、シンプルにストーリーを楽しめるので、無理なくSF的世界観を楽しめるはずです。ご存じ、日本の文豪たちの短編にも魅力的なものが多い。太宰治なら「駈込み訴え」。『人間失格』のテーマとしても描かれる、人間の善悪を象徴的に描いています。イエスの弟子ユダの独白だけで構成されるのは短編ならでは。内田百閒の「件」は、件という妖怪になってしまった人がただただ困惑し続けるというシュールな物語。
なにも解決されないまま終わっていきます。同じくラストが印象的な作品が小島信夫の「汽車の中」。とことん不条理な状況に追い込まれた主人公は、最後は「無」になる(笑)。こうやって不意な表現が読めるのもまた、短編の魅力のひとつだと思います。
作家にとって短編の執筆はかなり自由度が高いんです。一方で、長編は時間をかけた綿密なリサーチを経て書くので、自然と気合も入る。読者の立場で考えれば、長編を「読んでみてよ」と薦めるのはハードルが高いけれど、短編なら気楽ですよね。いつでもリップクリームくらいの感覚でバッグに入れておいて、貸し借りすれば一層楽しめるはず。
最後に2冊だけ小説以外の短編に関連する本を。『物語の作り方ガルシア=マルケスのシナリオ教室』は、30 分の短編ドラマの作り方を考える講義録。。作家がその手の内を明かしちゃう、刺激的な読み物です。「柳の木」は短編マンガの名手でもある萩はぎ尾お望も都との一作。たった20ページほどで、しかもコマは定点観測するように淡々と柳の木と、そのそばに立つ1人の女性を描くだけ。でもラストのセリフに泣きます。大傑作なのでぜひ読んでみてほしいですね。

1.「 大聖堂 」
『 大聖堂 』収録レイモンド・カーヴァー/著村上春樹/訳

主人公の「私」の家に、盲目の黒人がやってくる話。カーヴァーの作品のほとんどは村上春樹訳で日本に紹介された。「代表的な短編の名手のひとり」1,650円/村上春樹翻訳ライブラリー
主人公の「私」の家に、盲目の黒人がやってくる話。カーヴァーの作品のほとんどは村上春樹訳で日本に紹介された。「代表的な短編の名手のひとり」1,650円/村上春樹翻訳ライブラリー

2.「 午後の最後の芝生 」
『 象の消滅―短篇選集1980-1991― 』収録村上春樹/著

芝刈りのアルバイトをしていた過去を振り返る、ある青年の回想。「村上さんの短編のなかでも一二を争う有名作。人それぞれに自分なりの解釈があるはず」1,650円/新潮社
芝刈りのアルバイトをしていた過去を振り返る、ある青年の回想。「村上さんの短編のなかでも一二を争う有名作。人それぞれに自分なりの解釈があるはず」1,650円/新潮社

3.「 キュー植物園 」
『 青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集 』収録ヴァージニア・ウルフ/著 西崎憲/編・訳

ロンドンに実在する〈キュー植物園〉を舞台に、園内の様子を描く。「人も植物も昆虫も、同じ目線で書かれていて、園内を歩いているような気分になれます」1,980円/亜紀書房
ロンドンに実在する〈キュー植物園〉を舞台に、園内の様子を描く。「人も植物も昆虫も、同じ目線で書かれていて、園内を歩いているような気分になれます」1,980円/亜紀書房

4.「 選抜宇宙種族の本づくり習性 」
『 もののあはれ ケン・リュウ短篇傑作集2 』収録ケン・リュウ/著 古沢嘉通/編・訳

地球ではない星の生き物が、いかに情報を伝えているかを調べてまとめた報告書のような読み物。「『三体』など話題の中国SFの入門書としても面白い」748円/ハヤカワ文庫
地球ではない星の生き物が、いかに情報を伝えているかを調べてまとめた報告書のような読み物。「『三体』など話題の中国SFの入門書としても面白い」748円/ハヤカワ文庫

5.「 駈込み訴え 」
『走れメロス 』収録太宰治/著

「私」ことユダが、その師であるイエスを告発する独白。「ユダがひたすら話すだけあり、ライブ感があって引き込まれる。聖書の太宰流解釈ともいえる一作」440円/新潮文庫
「私」ことユダが、その師であるイエスを告発する独白。「ユダがひたすら話すだけあり、ライブ感があって引き込まれる。聖書の太宰流解釈ともいえる一作」440円/新潮文庫

6.「 件(くだん)」
『 内田百閒集成 3 冥途 』収録内田百閒/著

突然「件」という妖怪になった男が人々から予言を求められ困り続ける話。「カフカの『変身』を思わせつつ、どうにもならない“つげ義春”的世界観も」1,155円/ちくま文庫
突然「件」という妖怪になった男が人々から予言を求められ困り続ける話。「カフカの『変身』を思わせつつ、どうにもならない“つげ義春”的世界観も」1,155円/ちくま文庫

7.「 汽車の中 」
『 アメリカン・スクール 』収録小島信夫/著

車内に収まらないほどの人を乗せた汽車になんとかつかまる主人公を描く、ドタバタ喜劇。「笑えると同時に、戦後の日本人が抱える不安も感じられる一作」693円/新潮文庫
車内に収まらないほどの人を乗せた汽車になんとかつかまる主人公を描く、ドタバタ喜劇。「笑えると同時に、戦後の日本人が抱える不安も感じられる一作」693円/新潮文庫

8.「 柳の木 」
『 山へ行く 』収録萩尾望都/著

1本の柳の木の下に立つ女性を描く。「映画のワンシーンのように同じ画角で似たような風景が描かれる、実験的な作品です」803円/小学館文庫
1本の柳の木の下に立つ女性を描く。「映画のワンシーンのように同じ画角で似たような風景が描かれる、実験的な作品です」803円/小学館文庫

9.「 物語の作り方 ガルシア=マルケスのシナリオ教室 」
ガルシア=マルケス/著 木村榮一/訳

作家ガルシア=マルケスによるシナリオ講座の講義録。「創作の裏側を垣間見れます」3,520円/岩波書店
作家ガルシア=マルケスによるシナリオ講座の講義録。「創作の裏側を垣間見れます」3,520円/岩波書店

“ポケットアンソロジー”って知ってる?

⑩ポケットアンソロジー

〈田畑書店〉が手掛ける、短編作品の出版企画。120を超える小説やエッセイが1編ずつリフィル(各330円)で買える。ブックジャケット(1,980円)に収めればオリジナルのアンソロジーに。購入は〈紀伊國屋書店 新宿本店〉ほか、あるいは公式オンラインショップで。

text&edit: Ryota Mukai

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