連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。CASE3 竹林久仁子〈ビートイート〉オーナーシェフ LEARN 2023.09.28

おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人。
食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。

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30年かけ実現した、好きなものに囲まれた家。

料理人で猟師という、ユニークな肩書を持つ竹林久仁子さん。10代で上京して以来、オンボロアパートからオモシロ物件まで、いろんな家に暮らし、ようやく叶った自分色の家。

天板が黒の「アアルトテーブル」に、「Yチェア」など名作椅子を配したダイニング。シェルフには海外で購入したアートやデザイン関連の洋書が並ぶ。ワインセラーも。
天板が黒の「アアルトテーブル」に、「Yチェア」など名作椅子を配したダイニング。シェルフには海外で購入したアートやデザイン関連の洋書が並ぶ。ワインセラーも。

小田急線の各駅停車で、新宿から14駅目。レストランをやるには決して好立地とはいえない喜多見に、竹林久仁子さんは8年前、〈ビートイート〉を開いた。狩猟免許を持つ料理人が営む、ジビエ料理とスパイスカレーの店。ほかにない店のスタイルと味が評判を呼び、今や食いしん坊にとって、喜多見は「〈ビートイート〉がある町」になった。
「喜多見に暮らして10年になるんですが、すごくいいところなんです」と話す通り、店を開くより先に、この町に住み始めている。文教地区で風営法の規制が厳しく、クリーンで静か。

当初は猫がいて、ペット可で駐車場付きの部屋を格安の家賃で借りられたのも魅力だった。

たっぷりと光が射すアール形の窓が自慢。

18歳で上京し、「6畳風呂ナシ」から始まった一人暮らし。ファッションと音楽のアングラなシーンをうろうろしながら生きていた20代、住まいの理想を叶えるまでの金銭的な余裕はなかった。

「東京を知らずに治安が悪いエリアを選んでしまったり、おんぼろの一軒家をDIYでリノベして大家さんに怒られたり。色々ありました」と振り返る。今の家に越したのは、店が軌道に乗り出した5年前だ。一人で暮らすには十分すぎるほど広い3LDK。寝室と仕事部屋が独立していて、リビングダイニングは、大きなダイニングテーブルとソファを置いても余白がある。天井は低いけれど、リビングのコーナーにあるアール形の窓が気に入った。周囲に高い建物がなく、視界が開けていて、日当たりもいい。

東南向き、約75 m<sup/>2 の3LDK。3面採光の角部屋で、すべての部屋とキッチンに窓があるのが贅沢。築年数は45年と古く、昭和感が出てしまう洗面所などは、床や壁を張り替えて楽しんでいる。
東南向き、約75 m2 の3LDK。3面採光の角部屋で、すべての部屋とキッチンに窓があるのが贅沢。築年数は45年と古く、昭和感が出てしまう洗面所などは、床や壁を張り替えて楽しんでいる。

室内で目を引くのが、額装し、2カ所に飾ってある1972年のミュンヘンオリンピックの大きなポスター。開催国の、その時代最高峰のデザイナーが起用されるオリンピック関連のグッズは、デザイン好きの間で人気のアイテムだそう。ミュンヘン五輪のそれは、淡い色調とグラフィカルなデザインで、部屋の雰囲気とマッチしている。20代の頃に奮発して買ったソファも、今の部屋に越して新調したダイニングテーブルも、違和感なくまとまるのは、北欧のヴィンテージなど、普遍的なデザインのものを揃えているからだ。

天井には照明一体型のプロジェクターを設置。これが優秀で、映画にドラマ、ゲームも大きなスクリーンで楽しめ、音楽もいい音で聴ける。上京から四半世紀を経て辿り着いた、心から寛げる住まいだ。

「〝猟関連のものがもっとあると思った〟と、よく言われるのですが、ないですよね。銃は置いておけないですし(笑)」

味噌も自家製。一人ごはんは、和食で。

家では、肉を食べない。日々の食事は、ご飯、味噌汁、梅干しや納豆が基本。味噌と梅干しは、自家製。ともにマクロビオティックには欠かせない食品だ。

Hanako竹林久仁子 ごはん

肉は試食と賄いを兼ねて店で食べ、家ではほぼ菜食、ときどき魚を食べる程度。アレルギー等の不調が出ず、体が楽なのだという。魚の干物は、フライパンで焼くと、簡単にふっくら焼き上がる。マクロビオティックを実践していた30代の頃は玄米食だったが、今は白米も食べる。

居心地を整えた家から、店も、新たな形へ。
竹林さんは、かつてベジタリアンだった。30歳のときに大きな交通事故に遭い、「生きる」に向き合うほど「食べる」ことが切実になった結果だ。菜食を通じてインドカレーの魅力に気付き、マクロビオティックを学んで、「自然な食材」という観点からジビエに出会う。「猟師兼ジビエ料理人」は、単なる肩書を超えた、竹林久仁子という人の核なのだ。にもかかわらず、店の料理やサービスに、教条的なところや押しつけがましさがないのは、たくさんの好きなことを全部、楽しんで生きてきたから。ファッション、音楽にゲームや格闘技まで〝ガチ〟な人たちと話せる共通言語がある。本やレコード、さまざまなグッズなど、片鱗はそこかしこに散らばっている。家にも、店にも。
「開業した頃、店にお金をかけられなかったので、次のステージを考えているんですけどね」

好きなものに囲まれた家で。その形を考えているところだ。

ESSENTIAL OF KUNIKO TAKEBAYASHI

興味関心が表出。一人の家とは思えない情報量。


( HOMEMADE )
毎年の手前味噌と梅仕事。
福井県の味噌蔵の有機玄米麹で仕込む味噌と、奈良県の無農薬栽培の梅で作る梅干し。店のゲストと一緒に仕込む教室を、10年以上続けている。



( HUNTER )
“猟”周りのものは控えめ。
鹿の角と頭蓋骨を壁の装飾に。ほかにも狩猟に持っていくナイフや、使用済みの弾などが、アートピースやオブジェにひっそりと紛れている。



( BOOKS )
本は、イメージと実用と。
リビングの書架は、イメージを膨らませるビジュアルブックが中心。書斎のほうは、猟や料理関連の実用書、漫画や掲載誌などでいっぱい。


photo_Norio Kidera illustration_Yo Ueda text & edit_Kei Sasaki

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