自分に優しく、人に優しく。 SDGsのニュールール「ゆっくり、自分をいたわる」
自分を大切に思えたとき、人は誰かに優しくできる。その循環が心地よい社会へとつながります。SDGsのニュールール、まずは“セルフケア”から始めましょう。人は自分を大切に思えたとき、はじめて誰かに優しくできる。その循環が、みんなが心地よい社会へのチェンジへとつながっていきます。
4. より深くゆっくりと息を吸い、『呼吸で体を意識』する。
自戒を込めて言いますが、私たちは頭脳や知識ばかりを重視して体のことを忘れがちです。その結果、頭と体が一致しない状態に陥り、両方がダメージを受けてしまう。もっと体を意識し、頭とのバランスを保つためには呼吸が大切です。私は椎名由紀さん主宰のZEN呼吸法というものを実践していますが、これは腹式呼吸が基本になる呼吸法。最初にそのレクチャーを受けたときに、気合いを入れるときは肺呼吸をしているらしいのですが、手を当ててみると、そうでないときも肺呼吸になっていて、それがいかに浅いかを実感しました。パソコンでの調べ物や論文執筆のせいで、交感神経ばかりが働いているせいでしょう。腹式呼吸のポイントは横隔膜を動かして内臓がマッサージされることを意識すること。そのときに初めて臓器の存在に気づく。すると、不可視だった身体内部が心の目で可視化され、ようやくそれらの機能が実感できるようになります。(小川さん)
5. 『自分だけの支流』で生きていく。そのためにデジタルがある。
デジタルツールのない時代には戻れないのは確かです。しかし正直なところ、ツールがなくてもただ不便なだけで、生存の危機とまではいかないはず。だから程よい距離感で使えばいいと思っています。スマートフォンに流れてくる情報を鵜呑みにせず、それを入り口として別なことを検索する。あるいは体験するために使う。情報を有効に使うには、ある程度の実体験や、どのようにものを見るかという主軸が必要。情報だけで知った気にならず、そこから広がった体験を大事にしてほしい。今は仕事や生活で成長し続けることが求められますが、それは好きな人がやればいい。本流にのらなくても支流で生きていると、同じように支流でカヤックを漕いでいる人に出会って楽になる。あるいは、身近な人の余計な助言や批判で落ち込む前に、遠くにいる賢人や生き方の幅広い人の言葉を聞いてみる。そういう出会いのためにデジタルを活用すればいいと思うんです。(尹さん)
6. 頭脳よりも指先や手足など、『体を動かすこと』を意識してみる。
今の自由競争社会では頭脳労働を重視しすぎて、体を動かして労働する人や手の技術を持った職人が軽んじられています。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチは芸術や建築の天才といわれていますが、彼本来の素晴らしさは頭で考えるだけではなく、工作機械などの物を体を動かして作り、実験して発見につなげていったところにありました。またアーツ&クラフツ運動で有名なウィリアム・モリスや民藝運動の柳宗悦(やなぎむねよし)は、繊細な手仕事で日常の芸術を作り上げていった職人的な人々です。17世紀のイギリスの哲学者であるジョン・ロックは、人が経験し〝知覚〞したさまざまなことは身体自体に刻まれて(impressed)いく、と唱えています。体の記憶には耐久性がある。そもそも頭脳労働も、体の臓器(脳)があって初めて成立すること。肥大しすぎた頭脳偏重傾向から少し離れて、身体的な経験や記憶を信頼することに目を向けたいですね。(小川さん)
7. 空気を読み共感するのではなく、意見を交わす『真の対話』を。
これからの若い世代に伝えたいのは、日本語でしっかりした対話ができるようになってほしいということ。僕らの世代は対話の作法を身につけていません。ディスカッションも不得手。そこには2つの局面があって、まず反対意見を言われたときに攻撃されたと受け取ってしまうこと。意見の否定が人格の否定だと勘違いすると対話ができない。そして対話によって生じる緊張を避けるために空気を読んで、相手の意見に適当に相槌を打つだけで自分の考えを言わない。本来対話は対立関係から始まるものなのに。僕たちが対話する際は圧倒的に共感意識が支配していますが、共感は理解とは異なるもの。その意見を理解しているからこそ否定できるんです。日本人には過剰なほどの共感性がありますが、皆まで言わなくても察知するのは気遣いとは言えない。うわべではなく、真の考えがお互いの中で明らかになってから、ようやく本当の気遣いが生まれると思います。(尹さん)
Commentators
◆18世紀医学史・文学研究者
小川公代(おがわ・きみよ)/1972年、和歌山県生まれ。ケンブリッジ大学卒業。グラスゴー大学博士号取得。上智大学外国語学部英語学科教授。著書に『ケアの倫理とエンパワメント』など。
◆インタビュアー、ライター
尹 雄大(ゆん・うんで)/1970年、神戸市生まれ。多数の取材経験と武術の体験を元に身体論を展開。近著に『つながり過ぎないでいい―非定型発達の生存戦略』、『親指が行方不明』がある。
Photo
八木 咲(やぎ・さき)/埼玉県出身。写真家。日本大学芸術学部写真学科卒。暮らしの中に溶け込む光を記憶し続けている。