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まちをつなげるパン屋さん by Hanako1168 家具業界から転身したパン職人。県外からのお客さんも並ぶ店〈Boulangerie Yamashita〉へ。
パンラボ・池田浩明さんによる、Hanako本誌連載「まちをつなげるパン屋さん」を掲載。今回は、家具業界から転身したパン職人が営む〈Boulangerie Yamashita〉と、小麦の風味を生かし独自の麺世界を構築した〈うどん AGATA〉をご紹介します。
1.人のためになる、パン職人という生き方。〈Boulangerie Yamashita〉
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「本当に今みたいな生き方でいいんですか?」
ある人から言われた一言がきっかけで、山下雄作さんは北欧家具メーカー勤務の仕事を辞めた。
「自分でものを作っていないもどかしさがありました。銀座や青山で働くステータスで、自分を満たしていただけ。自分のまわりの人はあまり幸せではなかった。自分のためより、人のためにこの体を使いたい」
どうやって生きるべきか見失って、1年間鬱状態で過ごす。立ち直ったきっかけは、子供がパンを食べている姿だった。
「親父がそんなでも、子供2人は毎日パンを食べている。日常の食に関われば人の役に立てる」
パン職人になろうと一念発起、地元のパン屋で修業。30も過ぎて、若者に交じって、粉にまみれた。独立するまで3年と決め、必死にプロの技を学んだ。
緑多き町で開業したいと、湘南の二宮町を選んだ。古い建物が連なる趣深き通りに、空き物件を見つけた。パン屋に勤めながら、夜は改装工事。自ら壁を塗り、小さな小さなパン屋を作った。
「ずっと必死。支えてくれるお客様の期待に応えるだけです」
定番だけにそぎ落としたパン。客足は引きもきらず、やがてカフェもオープン。
「パン屋の食堂。ごくシンプルに。空間を五感で感じてほしい。
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カフェでフレンチトーストをいただく。網焼きのおこげが麦の風合いを伝える。居心地のよさもあいまって、あたたかさに包まれたような気持ちになった。
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日常のシンプルなパン中心。デンマークの友から送られたりんごで種を起こす。
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本と木製家具、季節の花。幻灯のような木漏れ日。焼きたてのパンとコーヒー。笑顔。一度行くと、また帰りたくなるベーカリーカフェ。
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〈Boulangerie Yamashita(ブーランジェリー ヤマシタ)〉
海沿いの緑多き町にひっそりと。守り神と仰 ぐシナモンの木に抱かれた、小さなパン売り 場と居心地のいいカフェ。新しい生き方を選 んだ夫婦と家族のようなスタッフのお店。
■0463-71-0720 二宮
■神奈川県中郡二宮町二宮1330
■10:00~17:00(パンの販売は売り切れ次第終了)木金休
■16席
■禁煙
2.澄んだダシに浮かぶ小麦の甘さ引き立つうどん。〈うどん AGATA〉
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〈うどん AGATA〉で最高のうどんに出会った。いりこの香りに誘われ、たまらずすする。麺を噛み切ろうとして、あまりのなめらかさゆえに歯を逃れ、口の中で踊る。やっと捕まえて噛み切った瞬間、小麦の甘い香りが滲みでた。山縣浩和さんが讃岐に学び、作り上げたうどんは圧倒的完成度。「AGATAうどん(つけ汁・いりこ)」は、うどんをダシといりこ揚げにまぶしていただく。小麦料理の快楽の極致がここにある。
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讃岐うどんを原点として独自の麺世界を構築。麺線のうつくしさ、つるつる感、グミのようなコシ、北海道産小麦ならではの甘さ。それらすべてを成立させる。いりことこんぶ中心に、かつお節、さば節を使用し、丁寧に、香り豊かで澄みきったダシを引く。かけうどん550円(税込)~。
〈うどん AGATA(アガタ)〉
■神奈川県中郡大磯町月京29-7
■0463-68-6888
■11:00~14:30、17:30~20:00(火水は昼のみ)木休
■21席
■禁煙
池田浩明 いけだ・ひろあき/パンラボ主宰。パンについてのエッセイ、イベントなどを柱に活動する「パンギーク」。著書に『食パンをもっとおいしくする99の魔法』『日本全国 このパンがすごい!』など。 パンラボblog
(Hanako1168号掲載/photo:Kenya Abe)