前田エマの秘密の韓国 vol.4 LA BIBLIOTECA DE FOTO
この連載では、韓国に留学中の前田エマさんが、現地でみつけた気になるスポットを取材。テレビやガイドブックではわからない韓国のいまをエッセイに綴り紹介します。第4回目は、写真の図書館「LA BIBLIOTECA DE FOTO」へ。
まるで秘密の部屋に案内されたかのよう
空港がある街として有名な仁川(インチョン)は、数回訪れただけでも、文化的で面白い街なのだと感じる。今日紹介する「LA BIBLIOTECA DE FOTO」は、一風変わった「写真の図書館」だ。
ここには、とても不思議な本棚がある。
写真家の頭の中が、少し覗ける本棚だ。
その本棚には四角い白い扉のようなものが、ずらーっと並んでいて、その一つひとつに表紙が見えるようにして、本が立てかけてある。
立てかけられた本は、写真集だけではなく、詩集だったり、画集だったりと様々だ。
立てかけられた本の下には、写真家の名前が記されている。実は、この白い扉のようなもの、取り外すことができ、取り外すとその中には、写真家が影響を受けた作品が積み重なっているのだ。本だけでなく、ビデオまであるから面白い。
私は韓国の写真家を多く知っているわけじゃないから、本来ならば「あの作家は、こういう作品に影響を受けて生きてきたのか!」と感慨深くなるのだろうが、その逆で「こういう作品たちを好きな人って、どんな作風なんだろう?」と想像を巡らせ、愉快な体験をすることとなる。
現在、43人の写真家の棚があり、そのほとんどの写真家の作品は、韓国の美術館で見ることができるという。
ここを運営しているのは、韓国人写真家のノ・ギフン(Gihun Noh)さんだ。
様々な年齢、立場の人たちが、無料で、写真集や写真を通した文化に触れられる場所を作りたいという思いから(韓国語では“経済共有”と言うようだが、日本語では“財産を共有する”と言った方が近いだろうか)、2020年2月末にオープンした。コロナ渦でのスタートは非常に厳しいものであったが、どうにかこうにか続けてきた。
ここでは、韓国の様々な年代の写真集や、世界中の写真集を自由に見ることができる。これらの本の多くは、寄付されたもの。国内外の写真家を呼んでの講演会やワークショップも開催されている。
先日、とてもユニークなワークショップを見学させてもらった。
それは「見えない写真に声を与える」というもの。
韓国のドラマなどで活躍し、昨年「SBS演技大賞」で新人賞を受賞された俳優のコン・ソンハさん(92年生まれ)が講師。彼女は大学で写真を専攻していた。
私が見学したのは第2回目だったのが、前回各自が持ち寄った写真を脚本に起こしてきて、それをペアになって演じるというものだった。
私は元となった写真を見たことがないので、参加者の皆さんの演技を見て、一体どんな写真から、これらの声が生まれてきたのだろうかと、とても不思議な気持ちになった。そして、何よりも参加者の皆さんの芝居が上手く、本当に心豊かになった。
とても貴重な時間を、心よく見せていただき、ありがとうございました。
ここでは、お茶を飲みながら、ゆっくりと自分のペースで写真と向き合え、付き合うことができる。韓国には写真集専門の店もあるし、アートブックを販売する店も多い。しかし、こうやって、まるで秘密の部屋に案内されたかのように、こっそりと静かに過ごせる時間は、ここでしか味わえないのではないだろうか。
ノ・ギフンさんは写真だけでなく、映像やパフォーマンス、インスタレーションなど、様々な方法で作品を制作してきた。ものすごい速さで変わりゆく韓国の、歴史や地理などを調べ、作品に落とし込む。政府の都市計画によって建設された第一世代工業団地や、日本植民地時代に建設された最初の鉄道“1号線”をテーマとするなど、変化する街を残し、過去と対峙する。彼はアーティストレジデンスで日本に何度か滞在したこともある。
ちなみに、書店名の「LA BIBLIOTECA DE FOTO」は、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「バベルの図書館」からきているという。(このコラムの冒頭の写真が『韓国版ボルヘス全集2』だ)
少し前までは、毎週末開館していたのだが、しばらくの間は予約制となっている。英語でも日本語でも、もちろん韓国語でも良いので、行ってみたい方はInstagramから気軽にDMしてみてほしい。