前田エマの秘密の韓国 vol.2 veggie weekend
この連載では、韓国に留学中の前田エマさんが、現地でみつけた気になるスポットを取材。テレビやガイドブックではわからない韓国のいまをエッセイに綴り紹介します。第2回目は、野菜を主役とした店「veggie weekend」へ。
ここは、野菜をおいしく大切に食べる店。
日本からソウルに遊びにやってきた友人と、朝の散歩をしていたときのこと。
この街には“モーニング”できる店が少ないね、という話になった。
ソウルの朝は、なんだか遅い。
たくさんカフェがある街なのに、お昼くらいからオープンする店が多い。チェーン店は朝からやっているけれど、せっかくなら他のところへ行ってみたい。
干し鱈のスープやソルロンタン、お粥の店などは朝早くからやっているけれど、そういう場所に来るのは、地元のアジョシ(おじさん)や、観光客ばかり。
ヨーロッパやニューヨークでは、朝からカフェでコーヒーを飲みながらクロワッサンを食べたり、そこで新聞を読んだりする人たちと出会う。台湾へ行ったときも、地元の常連で賑わう揚げパンやお粥の店をたくさん見た。日本の喫茶店にはモーニングがあるし、チェーンのファミレスや牛丼店でも、朝ごはんが食べられる。
そんなことを考えていたある日、友人が誘ってくれたのが朝9時からやっている『veggie weekend』だった。場所はイテウォンやハンナムに近い。
午前11時まで食べられるモーニングのメニューは、オープンサンドとスープのセット。このひとつだけ。使われる野菜は月ごとに替わる。
5月のスープは、シャキシャキのリンゴが癖になる、粘り気のあるポテトの冷製スープ。
あたたかいオープンサンドイッチは、赤パプリカとトマト、ニンニクがのっている。仕上げのパルメザンチーズとレモンが効いている。
最後に出てきたのは、トマトのシャーベット。甘さがちょうどよく、さっぱりしている。
ひとつひとつが美しく、とても贅沢な気持ちになる。
ここは野菜をおいしく、大切に食べる店だ。野菜だけを使った料理を出す店ではない。
この店のオーナーで料理人であるキム・ヤンチュルさんは、日本で料理を学んだ女性。
雑誌のエディターをしていたとき、取材で訪れた東京で、ビストロやレストランで食べた“かわいくて美しく、おいしい野菜”に感動したことが、料理の道に進むきっかけとなった。その後すぐに、日本で料理学校へ通い、日本語学校でも学んだ。
韓国では“肉がメインで野菜はサイドディッシュ”という考え方が主流だ。どんな店に入っても、メインの食事以外に、野菜で作られたバンチャン(おかず)が、たくさんサービスで出てくる。市場やスーパーへ行くと、野菜がドサっと大量に売っている。
野菜は生活になくてはならないもの。しかし、野菜にお金をかけるという価値観が、この国にはあまりない。
ヤンチュルさんが店を始めたのは2014年。
家庭料理をコンセプトとした『yangchule cooking』という定食屋を開いた。
今ではSNSなどを通して、おいしくて美しい野菜を生産する農家と直接やりとりできるようになったというが、当時はいい野菜を仕入れる先を見つけるところから苦戦したという。
そしてこの時はまだ、野菜を中心とした店にする勇気はなかった。
今、ここでできることを大切に。美味しい料理と、店の雰囲気の良さが口コミで広がり、順調に見えた矢先、コロナが世界中を襲った。
ただでさえ、新しい店が建ってはすぐに消えていくソウル。店を存続していくことを諦めようとしていたヤンチュルさんに、スタッフとして働いていたソン・ホユンさんが声をかけた。
「ここで諦めるのは、もったいない。一緒に、本当にやりたい店をやりましょう」。
ホユンさんはヨーロッパで料理を学んだ経験を持つ。
そうして3年前に新しくスタートさせたのがカンナムにある『yangchule seoul』(ヤンチュルソウル)だ。
Focus on Vesetablesをテーマに、野菜をふんだんに使ったコース料理を出す。コロナ禍で苦しい思いをしながらも、信念を貫き軌道にのせた。
今年の4月にオープンしたばかりのここ『veggie weekend』では、毎月6種類の野菜を選び、それを使った料理を出す。
モーニングセットの他には、午前11時から午後4時まではアペタイザー2種と、3種類の中から自分で選ぶ野菜料理をセットで出している。
『yangchule cooking』をやっていた頃から、週末は野菜を中心としたメニューを出す取り組みをしていた。『veggie weekend』という店名は、そのときの名残だという。
亮出(ヤンチュル)という本名は、お祖父様がつけてくれたそう。
名前の響きはそのままに、良いものを足していく、良いものを出していくという意味の良出(ヤンチュル)を、店の名前とした。
ヤンチュルさん、ホユンさんは日々『veggie weekend』で働いた後、『yangchule seoul』の夜の営業に向かうという。
そのパワフルさに、驚く。
モーニングの営業。
そして、野菜を主役とした店。
ソウルではめずらしいそのスタイルが、新しい時代を作っていくのだろうと思う。