地球環境に興味を持つきっかけになれば。宇宙から見た地球の色で作った《海のクレヨン》に込めた思い SUSTAINABLE 2024.02.08

宇宙から撮影した衛星写真にうつる、地球のどこかの「海の色」を詰め込んだ《海のクレヨン》。箱を開けると、そこにあるのは鮮やかな青、暗く深みのある青、淡く爽やかな青…。海の「青色」には、一般的に思い浮かべる色とは異なる、さまざまな美しい色の海が存在していること、そして地域によってはオレンジ色っぽい海や黄色い海があることに気づかされます。どんな思いで《海のクレヨン》を作ったのか。〈スカパーJSAT〉の清野正一郎さん花田行弥さんに話を聞きました。

衛星写真にうつる「海の色」を再現したクレヨン

海のクレヨンと山のクレヨン

《海のクレヨン》は、宇宙から撮影した衛星写真にうつる12か所の「海の色」を再現したクレヨン。それぞれのクレヨンに色の名前はつけられておらず、代わりにその色の元となった座標が書かれています。

また、パッケージの中のQRコードを読み込むと、クレヨンの色の解説が見られる仕掛けも。「この色はどこの海の色なんだろう?」「どんな理由でこんな色になっているんだろう?」という疑問にしっかり答えてくれているのです。

そしてクレヨンの売り上げの一部を、海面上昇の危機に直面しているキリバス共和国に寄付し、気候変動による被害対策を行う自然災害基金として使ってもらうという仕組みになっています。

清野正一郎さんと花田行弥さん

「実は最初からクレヨンを作りたいと思っていたわけではないんです」と清野さんは言います。「宇宙事業をやっている会社なので、“宇宙からの視点”を皆さんにお届けできたら、何か価値観を変えることができるのではないかというところからプロジェクトが始まりました」。

もともとは宇宙空間にカメラを打ち上げて、自社の衛星と通信をつなぎ、24時間365日ユーザーが自由に宇宙空間にあるカメラを動かせるという宇宙カメラプロジェクトから着想したそう。1年以上かけて〈JAXA〉や〈NASA〉などと交渉したものの、最終的に数十億円の費用がかかるという試算が出て、さすがに事業として成立しないと、そのプロジェクトは断念しました。

次に目をつけたのは、衛星写真。清野さんらが勤める〈スカパーJSAT〉は、人工衛星から撮影した衛星写真を企業向けに販売する代理店事業をしていたため、さまざまな衛星写真が見られる環境にありました。

ウクライナの腐海(座標:46.13594, 33.91955)Syvash, Ukraine. ©︎ 2024, Planet Labs PBC. All Rights Reserved
ウクライナの腐海(座標:46.13594, 33.91955)Syvash, Ukraine. ©︎ 2024, Planet Labs PBC. All Rights Reserved

「いろいろな衛星写真を眺めていて、偶然“赤い海”を見つけたんです。環境汚染で赤くなっているのかな?と思ったのですが、実は地球の神秘で赤くなっているということが分かって。“赤い海”があるなら、他にどんな海があるのだろうとすごくワクワクしたんです」と清野さんは話します。

この地球の「色」の豊かさを自分の子どもたちにも知ってほしいーー。当時4歳の息子さんと1歳の娘さんの二児の父だった清野さんは「クレヨンで遊ぶのがすごく好きな年頃の子どもを育てていたので、クレヨンというプロダクトに自然と行き着きましたね」。

ただ、プロダクトの完成は決して平坦な道ではありませんでした。〈スカパーJSAT〉はエンタメ事業と宇宙事業を手掛けている会社である一方、流通するプロダクトをいちから生み出すという経験はありません。そもそもクレヨンはどうやってつくられるのか?どの「色」を選ぶのか? 在庫管理は? 販売ルートは? いろいろと考えるべきことが出てきたのです。

衛星写真って、毎日更新されるんですよ。なのでまずは直近1年分の衛星写真を数千枚見て、その中でキレイな色を50箇所ほどピックアップして、さらにその中からストーリーが面白いところを探して、この12色になりました」(清野さん)

清野正一郎さん

クレヨンでオリジナルの色を出すことは難しいそうですが、名古屋にあるクレヨン工房〈東一文具工業所〉の協力を得て、オリジナルカラーのクレヨンをひとつひとつ職人の手によって手作りしてもらったり、なぜその色をしているのか背景を各分野の専門家らに直接取材したり。

一つひとつ壁を乗り越えていき、プロジェクトに対する思いを言葉にして、クラウドファンディングをしたところ、目標金額の2倍以上である約320万円が集まりました。「企画当初は社内でも懐疑的な声も多かったのですが、クラウドファンディングの成功によりプロジェクトの風向きも変わりましたね」と清野さんは話します。

「海って青だけじゃない」。自然の色が、色の固定概念を崩してくれる

海のクレヨン

それぞれに特に思い入れのある色を聞くと、清野さんは「アメリカのセントメアリーズ川河口の色」(座標:30.71100, -81.46578)を挙げます。

「一見すると黒いので、環境汚染のように思われるかもしれないのですが、川の周りが深い森になっていて、川の流れが異常に遅いんだそうです。そうすると落ち葉などが堆積し始めて、“天然のお茶”のようになる。この川の河口の成分を調べると、タンニンが含まれているらしく、昔の船乗りたちは、長い航海に出る前に、体にもいいセントメアリーズ川の水をたくさん持って行ったそうですよ」と清野さん。

花田行弥さん

花田さんの好きな色は「台湾の陰陽海」(座標:25.12456, 121.86472)。「近くに金、銅、鉄などさまざまな金属物質を含んだ山があるんですね。雨が降ると、その金属物質が溶け出すため、川は鉄さびのような色をしているんです。そしてそれが海に流れ込むと化学変化を起こして黄金色になる。海の深い色と黄金色がつくる明暗から名づけられた“陰陽海”という名前も格好いいなと思って」とその理由を教えてくれました。

「《海のクレヨン》を生み出して何より嬉しかったことは、初めてこのクレヨンを家に持って帰って、子どもたちに見せたんです。『これは全部海の色なんだ』と伝えると、『え、海って青だけじゃないの?』という反応をして、衛星写真を見せながら話をしたんですね。そうしたら次の日、保育園で『海って青だけじゃないんだって』と話していたらしいんです」(清野さん)。

巷に並ぶクレヨンとは配色が違う《海のクレヨン》。それゆえにお絵かきを工夫するお子さんの姿もみられると言います。「海は青で描くし、山は緑で描くし、太陽は赤で描く。誰が教えたわけでもないのに、そんな風に描くことが多いですよね。でもこのクレヨンには、“欲しい色”がない。“ない”からこそ、色の固定概念を壊して、例えば青いキリンを描くお子さんがいたりするんですよ」(清野さん)。

花田行弥さんと海のクレヨン

サステナブルな生き方やSDGsについての思いを聞くと、清野さんは「『地球を守ろう』などといきなり大きなことを言うつもりはないんです。知って、好きになって、興味を持つから『守りたい』と思うわけですから、このクレヨンが地球に興味を持つきっかけになってくれたら。それがSDGsやサステナブルな考え方の一番最初の一歩目だと思うんです」と話します。

花田さんは「SDGsの達成やサステナブルな考え方を実現するには、たくさんの人々のそれぞれの自発性が大事だと思うんです。今、サステナブルなことに興味がある方々は自ら情報を収集したり、学んだりしていると思いますが、これからは興味がない方々にも目を向けていく必要が出てくるはず。《海のクレヨン》が誰かのサステナブルな選択肢を増やすきっかけになればいいなと思っています」。

《海のクレヨン》の好評を受け、《山のクレヨン》も2023年3月に発売されました。今後の展開については「今後も地球の色をテーマに、クレヨンだけでなく、いろいろなプロダクトに派生していけたらいいなと思っています」と清野さん。花田さんも「海外でもデザイン賞を受賞していることもあり、日本国内だけでなく、海外の人たちにも受け入れてもらえるような努力をしたいと思っています」。

《海のクレヨン》/Satellite Crayon Project

text_Naho Sotome photo_Yuichi Noguchi

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