音楽を手話で表現する挑戦。葛藤を抱えながら進む〈思い出野郎Aチーム〉のいま
海外のライブやフェスで取り入れられることが増えた手話通訳。聴覚障がいのあるろう者が、音楽を楽しむための素敵な手助けだ。まだまだ日本では珍しい手話通訳を、ソウルバンド〈思い出野郎Aチーム〉が取り入れている。ライブを観て驚いたのは、単純な文字情報を伝える手話ではなく、会場を包むグルーヴやエネルギーをも手話に翻訳し、“音楽体験”を共有しようという熱量の高さ。右も左も分からないなかでの挑戦、2年経ったいまだからこその葛藤ーー〈思い出野郎Aチーム〉高橋一さん、手話通訳士・ペン子さんに話を伺った。
「いいんじゃない?」と軽い気持ちでスタートしたライブでの手話通訳
2021年末からライブに手話通訳を取り入れ始めた思い出野郎Aチーム。きっかけはバンド史上最大規模のライブに向けて、マネージャーからの提案だった。
右も左もわからないところからのスタート。最初に問い合わせた先が報道などを得意とする手話通訳団体だったため、イメージのすり合わせに難航した。
そこで、ライブハウス〈渋谷WWW〉の店員から手話通訳士になったという異色の経歴を持つペン子さんがリアクションし、出会いを果たす。そもそもペン子さんが手話通訳士を目指したのは東日本大震災がきっかけ。ミュージシャンたちが支援のために動いてるのを見て、何かできることがないか模索していたという。
一念発起し、専門学校へ入学。2年間に及ぶ猛勉強の日々が始まった。
話を聞き、理解して、情報を噛み砕いて翻訳し、表現するーーその5つを瞬間的に行うハイレベルな技術が求められる手話通訳士になるには、難しい試験が設けられている。ペン子さんは、合格率13%という難関を無事に突破した。現在は手話通訳活動を続けながら、コンサートやライブの現場でも活動している。
一方で高橋さんたちバンドサイドは、真逆の考えだった。
いざ取り掛かり、手話で音楽を表現する難しさを痛感する。手話には大きく2種類、“日本手話”と“日本語対応手話”があり、ペン子さんは“日本手話”を採用している。
※日本手話:日本のろう者の間で使われてきた、日本語とは異なる自然言語。日本語とは異なる語彙、文法構造を有する。手指以外に眉・口・頭などの上半身が文法的な役割を担う。
※日本語対応手話:手指つき日本語。日本語の通りに口を動かしながら、日本手話から借用した手話表現を付ける。主に日本語のベースがある難聴者や中途失聴者の方々が使う。日本語(の文法)でコミュニケーションを取っている方々には便利な表現。
芸術には、解釈を受け取り手に委ねるという側面もある。しかし手話で表現する際は、あえて省いていることや、抽象度の高い描写をどう解釈し、伝えればいいのかという細かなすり合わせが必要だった。
翻訳にかかる時間は曲によってまちまちだが、おおよその輪郭が見えてくるまでには1曲につき最短で1週間ほど費やした。ペン子さんたちが歌詞を読み込み、解釈する下準備の時間を入れるとその時間は計り知れない。
さらに手話は、曲調ともリンクする。奏でられるのがマイナーコードだったら切なく寂しげに。ハッピーなときは思い切り躍動してーー
ここまで徹底し、愚直にバンドに寄り添ったパフォーマンスを追求するのは、ペン子さんがミュージシャン・音楽へのリスペクトを大切にしているからこそだろう。
こうして試行錯誤しながら、2年続けてきたなかでさまざまな反響が寄せられた。
2年続けてきたいまの、胸の内
耳が聞こえないとなると、音楽のライブに行く選択肢はとても狭まる。ステージ上でどんな曲を演奏しているかもわからない。
しかしまだまだ、ライブ現場に手話通訳を導入するには課題が多い。第一に、手話通訳士の人数が少ないこと。音楽の通訳をするには高い技術と深いミュージシャン&楽曲理解、舞台に立って表現することを厭わないパフォーマンス力、そして体力も欠かせない。
第二に、会場のインフラ面。ライブハウスに、手話が見えやすいよう正面からバストアップでペン子さんたちを映せるモニターやカメラワークの設備が整っているかなどだ。そして費用の問題などもある。個人でできることは限りがあるので、国からもより充実したサポートが整うことを期待したい。
一方で、改めて気づきを得た部分もある。例えば、視覚障害のある方がライブハウスに行きやすいか。車椅子を使っている方はどうか。音楽業界全体で考えていくべき問題の大きさを実感する。
それを目指しながら、まずは目の前の課題と向き合っていく。答えの出ない問いだからといって、「やっぱりできなかった」という結論にはしたくない。ステージに立つ人間の誠意を垣間見る発言があった。
最後に、嬉しい話を伺った。
取材にご協力してくださったお店
喫茶 ニカイ
台東区谷中にある器屋さんkokonnの二階。純喫茶風のメニューが青い店内に映える。高橋さん、ペン子さんが取材中にいただいたのは、名物「ニカイのクリームソーダ」。他にも、「ニカイのフレンチトースト」、「ニカイのクリームソーダゼリー」など目にもおいしいドリンクやフードが大人気。取材で訪れた日も、平日にも関わらず、ひっきりなしに人が訪れていました! ちょっとレトロで青い世界が広がる〈喫茶 ニカイ〉、ぜひ足を運んでみてください。
住所:東京都台東区谷中6-3-8-2F
TEL:03-5834-2922
HP:https://kissanikai.com/