マナーが拡大しすぎ? 文脈や状況、全体を見て考えることを忘れずにいたい|松田青子エッセイ

マナーが拡大しすぎ? 文脈や状況、全体を見て考えることを忘れずにいたい|松田青子エッセイ
自分の目で、世界を見たい Vol.3
マナーが拡大しすぎ? 文脈や状況、全体を見て考えることを忘れずにいたい|松田青子エッセイ
LEARN 2024.12.15
この社会で“当たり前”とされていること。制度や価値観、ブーム、表現にいたるまで、それって本当は“当たり前”なんかじゃなくって、時代や場所、文化…少しでも何かが違えば、きっと存在しなかった。情報が溢れ、強い言葉が支持を集めやすい今だからこそ、少し立ち止まって、それって本当? 誰かの小さな声を押し潰してない? 自分の心の声を無視していない? そんな視点で、世界を見ていきたい。本連載では、作家・翻訳家の松田青子さんが、日常の出来事を掬い上げ、丁寧に分解していきます。第三回は“マナーが拡大しすぎた場面”から「全体でものごとを観る力」について考えます。

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松田青子
松田青子
作家・翻訳家

まつだ・あおこ/『おばちゃんたちのいるところ』がTIME誌の2020年の小説ベスト10に選出され、世界幻想文学大賞や日伊ことばの架け橋賞などを受賞。その他の著書に、小説『持続可能な魂の利用』『女が死ぬ』『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』(いずれも中央公論新社)、エッセイ『お砂糖ひとさじで』(PHP研究所)『自分で名付ける』(集英社文庫)など。

「こうあるべき」が、他人に敵意として向けられる

 「人間は完璧ではないし、その時々人それぞれいろんなことが起こっているのに、SNSでは、そこに書かれていないその人の実際の生活を軽視してしまう傾向があるように思う。そういう傾向に、実際に出会った人に対しても、思いやりや想像力に欠けた言動を見せる人が増えている一因があるような気もする」

と、前回書いた。

自分の生活の中で日常的に会ったり、行動をともにしたりする人たちに対して、というより、ある場所で遭遇した見知らぬ人たちに対して、その傾向が顕著に表れているように感じる。日常の中で一定の時間をともに過ごす人で、感じが悪かったり、ひどい態度をとったりする人は、単純に嫌なやつだ。

でも、「あーこの人、周囲の人にはこんな態度じゃないんだろうな-」となぜだか確信してしまうような、他人に対する無関心や軽視、そして不可解なほどの敵意を、本当に短い時間に行き合った人たちに発揮する人が、以前に比べて多い印象がある。そうすることに対する罪悪感やうしろめたさはまったくなく、まっすぐにそうしているように見える。

五歳の子どもと一緒にいると、それはもうすごいことになる。私一人や大人だけだったら絶対にしないようなひどい態度をとる人は、私の体感でいうと、この5年だけでも明らかに増えている

そういう人に一度も出くわさずに外出を終えられると、それだけで特別な一日のように感じてしまうくらいだ。あまり細かく書かないけれど、子ども連れに対してひどい態度をとる人の言動は、得てしてえぐい。

とはいえ、子どもと一緒に行動していなくても、もちろんそういうことは起こる。

最近、「さすがになんでやねん」と思ったのは、ある日、コンビニ前の端のほうで、特に何もない空間に立ってスマートフォンで調べ物をしていたら、私よりも年配の女性が、「え、なんでそんなところに立ってるの、マナーがなってない」的な視線をジロジロとまとわせて、自転車をとめようとした時だ。

そこは別に自転車置き場と明記されているわけでもなく、他に誰に自転車をとめているわけでもなかったので、充分すぎるほどの空間があった。他にたくさん自転車がとまっていたら、そもそもそこに立たないし、立っていても、そこに誰かが自転車をとめようとしたら場所を譲るだろう。

あと、自転車が一面にとまっていたとしても、私が立っていたのは、コンビニの建物に近いところだったので、なんにしろ影響しない場所だった。それで、この視線かー、としみじみしてしまった。その人は店内に入ってからも、コンビニから歩き出した私を同じ目つきで見ていた。

これは「マナー」が拡大しすぎてしまったパターンである。

また、気持ちはわかるが行き過ぎだし、やはり「マナー」が拡大しすぎているパターンが以下である。

用事があって定期的に乗るバスの路線があるのだけど、私がちょうど乗る時間に、<バスの列警察>の女性がいる。

彼女は、とにかく周囲に注意をする。確かに私の乗っているバスの構造は、真ん中に降り口があり、これから乗る人たちが長い列をつくっていると、降りてくる人たちが進むところにちょうど列があるので、スムーズに進むことができず、よくごちゃごちゃっとなっている。

彼女はそれを忌み嫌い、列ができてくると、降りてくる人たちが通りやすいように空間を開けるように言ったり、自分が降りてきた時に、ちょうどその場所に立っている人に「なぜ降りてくる人たちのためにここを開けてあげることができないの!」といきなり鋭く問うたりする。

言い方が独善的なので、何か言われた人たちはほぼ無言である。

ある時、私がバス停に着くと、まだ数人しか並んでいなかった。時刻表ではあと数分でバスが到着することになっていたので、この様子だと長い列はこのままできなそうだった。

小学生の男の子が一人、ベンチに座って本を読んでいたので、ベンチの後ろあたりにふわっと立っていると、前に並んでいた女性が手招きをする。ここには<バスの列警察>がいることを忘れて、ついついふわっと近づいてしまったところ、やはり彼女で、詰めるように私に要求。

でもこの子が先に来てたので

と言うと、

列にちゃんと並んでなかったんだからその子が悪い。さっさと詰めればいい

と堂々と言われ、思わず「え、何言ってんだよ」と心の声が口に出てしまった。

自分も誰かの他者であり、他者にも自分があるという大前提

他にも似たような出来事に遭遇することは少なくないし、SNSでもそういったことが、双方の視点から書き込まれる。

マスク警察>が生まれたコロナ禍の、他者の行動が自分の命にかかわる「自衛」の日々の中で、こわい思いやストレスで心が参ってしまった人も多いだろう。そうでなくても社会生活はストレスの塊だ。

でも、自分という存在は同時に、他の人たちにとっては「他者」なのだ。自らの言動もまた周りの人に影響し、その人たちの日常にかかわってしまう。だとしたら、自分の一日に嫌なことが起こってほしくないのは、誰だって同じだろう

SNSでは、その人の一日なんて想像せずに、知らない誰かが投稿したことに群がって言いたい放題言うのが、当たり前になっている。その人の前後の投稿に目を通して、文脈や状況を確認したりもしないその後のその人がどうしているか気にしたりもしない

そうしてもいい場があることが、その場に慣れてしまうことが、バス停で、コンビニで、日常のあらゆる場所で影響していないと断言できるだろうか。道で行き交う人たちは、タイムラインを流れていく投稿ではないし、本来、タイムラインでもそんな風に他者に接してはいけないはずだ。

私が普段から気をつけているのは、全体で考えることだ。もちろんそうできなくて、後で落ち込んでしまうこともある。

自分の立場だけじゃなくて、全体を視野に入れて、行動する

たとえばバス停の例だと、たとえ自分が純然たる<バスの列警察>だったとしても、長い列ができる人数がその場にいないこと、もうすぐバスが来ることを最低限考えれば、せっかく男の子が本を読んでいるのに、列を詰めろ、なんて杓子定規に言わなくてよくなる

全体で考える癖がついていると、SNSの有名人や見知らぬ人の投稿にも余白や文脈があるとわかるので、飛びかかったり、決めつけたりしなくていい。SNSでも、SNS外の生活でも同じことだ。

ある時、記者などもしている、私の小説のタイ語の翻訳者さんが、タイでは作品の全体を考えて書評や記事を書く人が減っている、と話してくれたことがある。それは日本でも一緒で、「プロ」とされる人たちでも、ある部分が気に入らないと全体的に駄目だとしたり、作品の意図を読み取らないまま書いている書評やレビューをよく目にする。

昔の人はそれができていた、ということではまったくない。でも、日常的に、全体を意識して考えることをもっとしてもいいと思う

SNSなどに投稿されている本や映画やドラマの感想を見ていても、その作品をつくった人たちがなぜその場面をつくったかなぜそのキャラクターが出てくるのかなぜそうしたのか、などを考えずに、こういう場面があるからひどい、面白くないから退屈、意味がわからない、などなど書かれていることがある。

あることを伝えるためにその場面がわざとあったり、あえて面白くなくしていたりすることだってある。「わざと」や「あえて」は読み取る力がないと、気づけない

つくりての意図をもうちょっと考えたうえで、それでも自分は好きじゃなかった、よくなかった、と着地するところまでやると、他者の意図や心情を読み取ったり、想像力の練習になるし、自分の感覚も尊重できる。また、意図がわかると、気持ちや意見が変わることだってある。鍛えていこう。

text_Aoko Matsuda illustration_Hashimotochan Edit_Hinako Hase

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