自分に優しく、人に優しく。SDGsのニュールール。 「物を長く使うことは、自分を大切にすること」インテリアショップ〈CIRCUS〉ディレクター・引田舞さん
惚れ込んだ物を長きにわたる人生の相棒として、日々活躍させている引田舞さん。信頼を寄せる愛用品が生活と心を整えてくれるという、物への想いを伺った。
生き残ってきた古いものは、二つとない存在感。無名な物にもスポットを当て、その価値を肯定したい。
引田舞さんが夫の鈴木善雄さんとプロデュースを行うインテリアショップ〈CASICA(カシカ)〉では、古家具や古道具、職人がつくる生活道具の魅力を提案している。人が時間をかけて価値を紡ぐ物には、歴史を重ねる楽しみがあり、長く使うほど、気持ちよく暮らせる手助けになるそうだ。
引田さんが物を長く愛する面白さを知ったきっかけは、幼い頃から見てきた親の後ろ姿。現在は東京・吉祥寺で、暮らしの楽しみを紹介する企画展を開催する〈ギャラリーフェブ〉とパン屋さんを営み、自然体なライフスタイルが注目される両親から、物に対する姿勢の影響を受けた。「道具を吟味し、大切に使い続ける親の元で育ちました。実家を出て一人暮らし用の生活必需品や食器を揃えるときには、母から『若い頃から本物を選ぶようにすると、未来の自分を助けてくれることになるよ』と教えられた記憶があります」
その後結婚。2016年からは東京・新木場に翌年オープンした複合施設〈CASICA〉のディレクションに携わり、物が生活や人の内面に与える影響の大きさを実感した。
「私が物を選ぶときは、有名か無名かや、国籍などのフィルターを外します。情報が多い時代だからこそ、フラットな視点を意識して感覚的な“好き”と向き合うと、自分の素直な価値観を認められるので。そうして世の中にあるさまざまな素晴らしい実用品を吟味して選び、長く愛用すると、暮らしへの愛着が湧いてくるんです。良品は寿命が長く、使い心地もいい。だから、料理や食事、掃除、収納といった、日々繰り返される家事や日常生活に疲れてしまっても、物の力がモチベーションを上げ、自分を奮い立たせてくれます」
そんな引田さんが思う、長く使える本物には、「今残っていること自体が、丈夫さの何よりの証拠」と感じている、古家具や古道具がある。「職人の手仕事によってつくられた古家具は、住まいだけでなく、お店や工場で使われてきた物も多く、用途によりデザインも豊富です。古道具も同じく多様で、その出会いは一期一会。フォルム、質感、サイズ、経年変化の風合い……と自分の家や好みにぴたりと合う唯一無二の品を、宝探しする時間も醍醐味です」
今も残る古い物は、品質の良さも魅力。明治・大正から昭和初期までにつくられた家具は、合板やベニヤ板などの技術がなかった時代ゆえ、裏板にまで贅沢な木材が使われていることが多い。さらに、当時の日本の狭い家に合わせた仕様のため、小さめでも収納力に優れたデザインが多く、今でも十分活躍する。経年変化の魅力に、自分が使った風化が加わるのも、空間を育てる楽しみだ。シンプルなつくりの古い物は、使い手の発想次第でアレンジできる、自由度の高さもうれしい。
引田さんの使い道には、生活の悩みの解決に結びつく工夫もちらほら。例えば、現在6歳の息子と3歳の娘を持つ引田さんにとって、子どものカラフルなおもちゃは、どうにかしてスッキリ見せたいところ。そこで、好みの風合いのトランクやふた付きのバスケットに収納し、目隠ししている。「その他、棚も柔軟に活用。元々は畳の床に座る生活で使われていた物ですが、椅子に座る今の生活に合わせて、キッチンカウンターの上にのせています。物が取り出しやすいだけでなく、タイルやパイプラックとの相性で、新鮮な見え方に。古い物の佇まいを生かしながら、ストレスフリーな暮らしへつなげています」
Navigator…〈CIRCUS〉ディレクター・引田舞 (ひきた・まい)
空間設計や店舗のディレクション、古道具の買い付け、イベントプロデュースなどを行う〈CIRCUS〉を、夫の鈴木善雄氏と主宰。時代を問わず、物と向き合う審美眼に定評がある。旅するパン屋さんがテーマのブランド〈TAKIBI BAKERY〉も手がける。