今のあなたにピッタリの一冊は…? 女優・阿部純子さんのために選んだ一冊とは?/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』
〈本屋B&B〉のスタッフ、木村綾子さんがさまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う本を処方していくこちらの連載。第8回目のゲストは、女優の阿部純子さん。仕事柄か、本や映画を自分なりに解釈しようとする、彼女のまっすぐな人柄が垣間見られた対談となりました。
今回のゲストは、女優の阿部純子さん。
先日会ったばかりだというおふたり。本や映画の話題で意気投合!
木村綾子さん(以下、木村)「阿部さんとは、つい先日お会いしたばかりなんですよね。共通の友人が、阿部さんと私をライブに誘ってくれて。お互い面識もなく、ライブも別々に見ていたんだけど、帰り道、その友人も含めてあいのりしたタクシーの中で「はじめまして」って。考えてみたら面白い出会い方でしたね(笑)」
阿部純子さん(以下、阿部)「はい。お台場から有楽町まで、ほんの少しの時間でしたが、すごく印象に残ってます。「はじめまして」だけど、さっきまで同じライブを見てたっていう一体感のようなものもあって」
木村「あのとき確か、「阿部さんと木村さんが出会ったら素敵だなと思って」みたいなことを友人が言ってくれたんですよね。「阿部さんは本読みの思考を持ってる人なんですよ」って」
阿部「そんな風に言っていただけて本当に畏れ多いんですが、本を読むのは好きで。読んだ本をInstagramに上げてるんですっていう流れから、「木村さんのお勧めの本はなんですか?」って聞いたら…」
木村「「ごめん!いま出会ったばかりなので、本はまだ勧められません!」って、私断っちゃって(笑)」
阿部「そうなんです、断られちゃいました(涙)」
木村「それがちょっと心残りになっていたのと、その後すぐに「Hanakoの連載読みました!」って連絡をくれたのが嬉しくて。改めてゆっくりお話ししたいなと思って、今回は私からお誘いしました」
木村「阿部さんは昔から役者になりたかったんですか?」
阿部 「実はオーディションに偶然受かってしまったのが先でした。その作品の監督さんやスタッフさんが、現場で映画の教室みたいなものを開いてくれたのをきっかけに、すっかり映画に恋をしてしまって」
木村「人との出会いがきっかけで、映画にめぐり逢ったんですね。恋するきっかけになった作品は何だったんですか?」
阿部「相米慎二監督の作品は私にとって衝撃的でした。いっぽうで自分の演技について考えたとき、「私、全然足りてないや。もっとたくさん映画を見て学ばないと!」という気持ちにもさせられて」
木村「それはおいくつくらいのとき?」
阿部「16歳のときです」
木村「その若さで!出会ったそばから感じていたことではあったけど、阿部さんって、めちゃくちゃ真面目ですよね。言葉の節々から、お芝居に対する真摯なまなざしが立ち上がってきます。この間、留学したって言っていたのも、もしかしてお芝居のお勉強のため?」
阿部「はい。「お芝居の幅を広げたい」っていう気持ちがきっかけでニューヨークに1年ほど行ってきました。向こうでもたくさん映画を見たんですが、日本で見てきたものとはまるで違って見えて。「映画って、景色を広げてくれるんだ!」って、世界が変わった感覚というか、んー、でもそれで自分がどう変わったかは、まだうまく言えないんですが…」
木村「いい経験をしたんですね。その、まだうまく言えない、っていう感覚も、素敵な財産だと思います」
エピソードその1「話していて、言葉が追いつかない」
阿部「私、自分の感覚とか感情をうまく説明できてないなって思うことが多いんです。こうしてお話していても、言葉が追いつかなくて、ポンポンって、テンポいいやりとりができなくて…。相手を待たせてしまうのが申し訳なくて、焦っちゃって、もっと言葉が出てこなくなっちゃって…。いまも、しゃべりにくいって思わせちゃってないですか?」
木村「全然!むしろ心地いいですよ、阿部さんのリズム。それに相手の言葉を待ってる時間も会話の一部だから、沈黙大歓迎!心配しないでくださいね」
阿部「ありがとうございます。私が本を読むのが好きな理由には、「あの時の感覚って、こういうことだったんだ」とか、「私はこの一文に会いたかったんだ」って瞬間があるからかもしれないです」
木村「わかります。私もどれだけ本に救われてきたか…」
阿部「お芝居は台本があって、台詞も与えられているから、感情さえ乗せられれば大丈夫な気がするんですが…。日常生活にはそんなのないから、自分自身のことは言葉で説明しないと伝わらないじゃないですか。でもたまに、言っていることがぐちゃぐちゃになって、自分でもわけがわからなくなってしまう感覚があるんです」
木村「だから本や映画に、自分を救ってくれる言葉を求めるんですね」
木村さんが処方した本は…『坂を見あげて(堀江敏幸)』
木村「この本は、堀江敏幸さんによる散文集なんだけど、堀江敏幸さんの本は読んだことありますか?」
阿部「ごめんなさい、ないです」
木村「わぁ嬉しい!オススメしがいがあります!(笑)堀江さんは、芥川賞作家でありフランス文学者であり、早稲田大学の教授もされている方なんだけどね。阿部さんの、対象物との向き合い方を聞いていたら、堀江さんの文章が浮かんできたんです」
阿部「え…!今ドキッとしました。どういうことですか?」
木村「堀江さんの「まなざし」が本当に素敵なの。その目を借りて世界をみつめてみたいって思ってしまうほどに(笑)この本には、46の短い随筆が収められていて。身の回りで起きたささやかな出来事をじっくり見つめ、心がどう反応したかってことを丹念に掘り下げていくんだけど、「ああ、その出来事からそんな思考が生まれて、そういう言葉にたどり着くんだ」って、世界と自分とが繋がる道すじを堪能できると思いますよ」
阿部「私、本を読むのがすごくゆっくりなので、短い文章とじっくり丁寧に向き合えるという意味でも、興味がわきます」
木村「あと、堀江さんの綴る言葉はとにかく美しいの。柔らかく流麗で、まさに”美文”!美しい日本語表現を受け取って、自分の言葉のストックにできるのも幸福なことですよね」
エピソードその2「作家さんがどんな意図で作ったのかを知りたくなる」
阿部「小説ってひとりひとり捉え方が違うじゃないですか。それでも私、どうしてもその作家さんがどんな意図で作ったのかを知りたくなるんです。そのせいで、理解できないことがあったら、「私ってだめだな」と思ってしまいます」
木村「正しく読まなくちゃ、作り手に失礼だっていう感覚があるのかな?」
阿部「そうかもしれません。どうしても一番正しいものを見つけなくちゃと思ってしまって、息苦しく感じてしまうことだってあります」
木村「私なんて、最後の1ページまで読み切っても、「ぜんぜん読み切った自信がない!」って本がたくさんありますよ。でも、理解できなかった自分を恥じる必要はないし、理解できなかったのはなんでだろう?って考えるのもまた読書の醍醐味だって思うようにしたら、理解できない本に出合うことも、すごくワクワクするようになって」
阿部「ワクワクですか!?そんな発想は私にはなかったです」
木村「作家本人と一緒に、その人の作品を読む「贅沢な読書会」っていうイベントをやってるんだけど、読者からの「この部分、私はこう読みました」って意見に、「その視点は私にはなかったです、おもしろい!」って喜ぶ作家さんの姿を何度も見てきたんです。なかには、「書いたのは自分なのに、どうしてこんなセリフが出てきたのか分からない部分があったけど、あなたの感想を聞いて、この人物の心に近づけた気がします」みたいな告白までしてくれる作家さんもいて」
阿部「え、すごいです!読者と一緒に作品に向き合う作家さんも素敵だし、作り手に自分の意見を伝えた読者の方の勇気も本当にすごい。感心します」
木村「阿部さんももっと自由でいていいと思うんだけどな…。自分の感じたことに不正解なんてないですよ」
木村さんが処方した本は…『翻訳問答2 創作のヒミツ(鴻巣友季子)』
木村「この本は、翻訳家の鴻巣友季子さんとゲスト作家さんが、お題として出された作品をそれぞれに翻訳して、その後で、「どうしてこう訳したの?」って対談が続く構成です。ゲスト作家は、奥泉光さん、円城塔さん、角田光代さん、水村美苗さん、星野智幸さんと、贅沢すぎるメンバーです」
阿部「有名な作家さんばかり。それにすごく面白い企画ですね!」
木村「もう少し詳しく説明すると、お題になる本は、「海外で翻訳出版されている日本文学作品」で、「異言語に翻訳されたものを、もう一度日本語に翻訳し直しなさい」ってのが課題として与えられるんです。…これが面白いほどに、まったく元通りには戻らなくて!(笑)」
阿部「留学していたとき、考えるのは日本語だけど、発するときは英語だから、その変換作業が本当に難しくて、でも楽しくもあって…。実体験に寄り添って読めそうです」
木村「違う言語に変換する作業には、訳者の解釈が必ず反映されるから、人それぞれの受け取り方の違いを楽しめるし、物語を読むことはこんなにも自由なんだって気づかせてもくれると思います」
エピソードその3「なんで世の中が物語で溢れてるんだろうって不思議になる」
阿部「いろんな現場でお芝居のお仕事をしていると、人はなんで物語を作りたくなるんだろうって思うことがあるんです。物語はすごく好きなんですけど、映画にしても本にしても、なんでこんなにも世の中は物語で溢れてるんだろうって不思議になることもあって。木村さんはどう思いますか?」
木村「うーん。今まさに阿部さんが何度も口にしてる、「なんで?」があるからじゃないかなって、いま聞いていて思いました。「なんで?」っていう気持ちが起こると、人って答えを探し始めるじゃない?「なんで?」と向き合っていく中で、なにかを見出したり、反対に、いままで分かってたことが分からなくなってしまったり…。そういう心の反応や道のりを追いかけたものが、物語になるのだとしたら、そりゃ世の中物語だらけにもなるよなって(笑)」
阿部「すごい…。なんだか今私、泣きそうです…」
木村「泣かないで(笑)。逆に、先人が残してくれた物語は、自分の中に生まれた「なんで?」と向き合うための手がかりにもなりますよね。阿部さんはすぐに「なんで?」と考える人だから、きっと根っからの物語の人なんだと思いました」
木村さんが処方した本は…『たのしい暮しの断片(金井美恵子)』
木村「「なんで?」の連鎖から物語が立ち上がっていく様を文章で楽しませてくれるのが、金井美恵子さんという作家です。映像や小説、夢や記憶の断片をコラージュして物語を編んでいくような文体が特徴的で、ものすごい情報量に溺れてしまいそうになることもあるんですが、この本は、生活に寄り添ったエッセイ集なので、金井美恵子さんを初めて読むなら、この作品から入るのがオススメかな」
阿部「造本や挿絵もすごく素敵ですね」
木村「そうなんですよ!これは美恵子さんのお姉さまである久美子さんの作品です。金井姉妹が日常で何を思い、時間の流れをどう捉え、それが絵や文章になるとどんな「物語」の顔を見せるのか。日常こそが物語だっていう感覚を、ぜひ堪能してください」
阿部「映画のお話も出てくるんですね。私も見たことある映画を金井さんはどう捉えたかを読めるのも、楽しみです!」
今回、ご購入いただいたのは…
対談後、木村さんが処方した本すべてをご購入いただいた阿部さん。「それぞれにまったく違った面白さがありそうで、ページをめくるのが今から楽しみ。何より、私の心に寄り添うようなチョイスをしてくれた木村さんのお心遣いが嬉しかったです!」と話してくれました。2020年には、三吉彩花さんとのW主演映画『Daughters』の公開なども控えている彼女。今後の活動にも要注目です!
☆前回の「光永(ひなた)さんのために選んだ一冊とは?」はこちらから