【東京開運ルート】「芽吹き稲荷」の別名がある神社は?旅立ちの季節にお参りしたい神社3選。

【東京開運ルート】「芽吹き稲荷」の別名がある神社は?旅立ちの季節にお参りしたい神社3選。
【東京開運ルート】「芽吹き稲荷」の別名がある神社は?旅立ちの季節にお参りしたい神社3選。
FORTUNE 2026.02.26
あっという間に3月が目の前。二十四節気では“雨水(うすい)”の候。降る雪が雨に変わり、山の雪が解けはじめて大地を潤す頃、眠っていた動物が目を覚まして草木の芽もやわらぎ、山も里も春へ向けて動き出します。私たちも冬籠りでためこんでいたエネルギーを解き放つ時。新しいスタートを切るのに良い頃合いです。こんな時は、門出を寿ぎ進む先を明るく照らしてくれる神々のお膝元へ。日本橋の福徳神社、佃島の住吉神社、大森の大井鹿嶋神社に詣でるべし。まもなく訪れる春、新しい年度に向けて軽やかに動き出せるよう、心の準備体操を!

▽その一 別名「芽吹き稲荷」の日本橋【福徳神社】で生命力をチャージ。

福徳神社の鎮座は1000年以上前。かつて人家もまばらな漁村だった江戸が世界屈指の大都市に成長する姿を見守り続けてきました。鎌倉幕府を開いた源頼朝の祖・源義家や江戸城を築いた太田道灌ら武将からの崇敬も厚く、徳川家康も数度に及び参詣したと伝わります。

日本橋【福徳神社】
福徳神社ご社殿。主祭神は五穀豊穣を司る倉稲魂命。相殿には太田道灌や徳川家康も祀られている。

福徳神社の別名「芽吹稲荷」は、徳川二代将軍・秀忠による命名。参詣した時、皮をつけたクヌギの鳥居に春の若芽が萌え出ていたのを見て、名付けたものだと伝わります。

この故事にちなんだのが「芽吹き守」。新たな可能性の芽生えや成長を祈るもので、新しいことを始める時にご利益ありです。

日本橋【福徳神社】 お守り
若緑色の芽吹きが可愛らしい芽吹き守。

福徳神社が鎮座する日本橋は江戸と日本各地を結ぶ五街道の起点だけに、多くの人が旅立ちに際して道中の安全を祈ります。人生もまた旅に似たもの。その門出にお参りするに相応しい神社です。

日本橋【福徳神社】
広重『東海道五拾三次 日本橋・朝之景』。国立国会図書館デジタルコレクション。早朝に出立する大名行列と、魚河岸で仕入れを終えて商売に急ぐ棒手振りが描かれる。

真新しい高層ビルの合間にぽっかり開けた境内から、福徳神社の神々は行き来する人を今日も見守り続けています。

日本橋【福徳神社】
地域の再開発に伴い2014年に遷座。鮮やかな朱色の鳥居が結界を守っている。

福徳神社

住所:東京都中央区日本橋室町2-4-14
公式サイト:https://mebuki.jp/

▽その二 江戸湊への入舟出舟を見守った佃島【住吉神社】で人生の航海安全。

佃島の住吉神社も、海上安全、渡航安全の守護神です。

もともと佃島は鉄砲洲沖、隅田川河口の干潟でした。それを徳川家康の関東下向に伴って摂津国佃から江戸に移り住んだ漁師たちが幕府から拝領し、周囲を石垣で固めて100間四方の島を築いたもの。漁師たちの故郷にちなんで佃島と名付けられたといいます。そして正保3(1646)年に、住吉三神と神功皇后、徳川家康を祭神として創建されたのが佃島の住吉神社です。

佃島【住吉神社】
嘉永年間に描かれた初代歌川広重による「江戸名所 佃島住吉の社」東京都立中央図書館所蔵。画面左手奥に鳥居と社殿、幟旗が見える。

住吉三神は伊邪那岐命が禊を行った時に海中から出現し、古くから渡航安全に霊験あらたかとされ、航海や漁業に携わる人々から絶大な信仰を集めた神さま。佃島は江戸湊の入り口に位置していたこともあり、住吉神社は海運業や荷運びを海上輸送に頼る問屋組合をはじめ、多く町衆の崇敬を集めました。

その例祭である佃祭は錦絵に描かれ、落語に語られるほど江戸っ子に愛されました。寛政年間に幕府の許可を得て建てられるようになった幟旗は、当時としては規格外の高さ18メートル。この幟旗は江戸城からも見えると言われたとか。

佃島【住吉神社】
広重「名所江戸百景 佃じま住吉の祭」国立国会図書館デジタルコレクション。画面中央に大きな幟旗、その奥に宮神輿の海中渡御が描かれている。

例祭が行われるのは夏。蔭祭りと3年に1度の本祭りがあり、2026年は本祭りにあたります。6本の幟旗が立つ町中を宮神輿が巡航する様子は実に勇壮。宮神輿を乗せた御座船が隅田川を渡って氏子地域の佃、石川、晴海を巡る船渡御も見応えあり。海と深い繋がりがある神社らしいお祭りです。

佃島【住吉神社】
宮神輿は関東圏では珍しい八角形。天皇の座る高御座を模したものと伝わる。

まずは春先、のんびりと江戸の情緒と海の気配を楽しみながらお詣り散歩とまいりましょう。

住吉神社

住所:東京都中央区佃1-1-14
公式サイト:https://www.sumiyoshijinja.or.jp/

▽その三 旅の安全を祈る「鹿島立ち」にゆかりの大森【大井鹿嶋神社】へ。

その昔、大陸からの侵攻から日本を守るため東国から九州へ赴いた防人。彼らが常陸国鹿島神宮に集まり旅の安全と武運長久を祈って出発したことから、遠方へ旅立つことを表す「鹿島立ち」の言葉が生まれました。

その鹿島神宮の御分霊を勧請して祀ったのが大井鹿嶋神社のはじまり。「鹿島立ち」の故事にちなみ、旅行や交通安全にご利益ありと伝わります。

大森【大井鹿嶋神社
旧大井村の総鎮守。かつては祭礼で相撲が奉納されていた。「江戸名所図会」には桜の名所として紹介されている。

境内には文化8(1811)年に造営された旧御本殿が末社として残されており、江戸の面影を感じることもできます。鎌倉彫りの紋様や立体的な彫刻が見事です。

大森【大井鹿嶋神社
雨風から守るための覆屋におさめられた旧御本殿。昭和6(1931)年に現在の社殿が竣工されたことに伴い移設された。
大森【大井鹿嶋神社
胴羽目に彫られた麒麟。

旧御本殿前の狛犬も天明年間に奉納されたもの。小さな角をもち尾を立てて向かい合う姿と表情がなんとも味わい深く、どんな人が彫ったのだろうと気になりました。

大森【大井鹿嶋神社
この狛犬も震災や戦災で損なわれることなく、参拝する人々を見守り続けてきた。

大井鹿嶋神社

住所:東京都品川区大井6-18-36
公式サイト:https://www.kashimajinja.tokyo/

江戸時代の人々も私たちと同じように行く手を案じ、門出に際して幸あれと祈ったにちがいありません。たくさんの願いを受け止め、叶えてきた神社にお詣りを!

text_Mutsumi Hidaka

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