六本木一丁目をぶらり。都会の中心でパリを叫ぶ|花井悠希の「この街この駅このパン屋」
ヴァイオリニストの花井悠希さんがお届けする、新しいカタチのパン連載。1つの駅、1つの街にフォーカスを当て、ここでしか出会えないパン屋さんを見つけていきます。
今回の街は…「六本木一丁目駅」周辺
いつからこんなに立派なビルとビルの間を迷わずスイスイ歩けるようになったのか。ましてや車も人も忙しなく行き交うビジネス街で、パリからやってきたパンを求めてうろうろお散歩するなんて、上京したばかりの18歳の私が見たら、「しっかりして!!」とお叱りを受けてしまうかもしれません。でも安心してください、正気です(謎の宣言)。
どこを見渡しても、建物も行き交う人々もキリッとしていて、大阪弁で言うならば「シュッとしてる」。まさに東京らしい風景の中で、なにやらパリの本場の味が息づいているらしいとの情報を片手に、どこでもドアを手にしたような気持ちで向かったのは六本木一丁目駅。〈泉ガーデンタワー〉に直結し、憧れのクラシックホール〈サントリーホール〉もおとなりの〈アークヒルズ〉にあります。
1軒目:〈PIERRE GAGNAIRE PAINS ET GATEAUX(ピエール・ガニェール パン・エ・ガトー)〉
〈アークヒルズ〉のもう一つのシンボルといったら〈ANAインターコンチネンタル東京〉。その中に入っているのが〈PIERRE GAGNAIRE PAINS ET GATEAUX〉です。
パリの三つ星レストランのオーナーシェフで、世界的な美食の巨匠ピエール・ガニェール氏が手掛けるパティスリー専門店。パリ本店と同じレシピで作られるパンがいただけるとのこと。
黒にピンクのカラーリングが映える店内は、ホテルらしい心地いい緊張感も伴って、ハイヒールで背筋を伸ばしたくなる雰囲気です(サンダルで行ったけどね)。
季節限定の抹茶クロワッサン。パリの巨匠がプロデュースする抹茶クロワッサンは、え?円形!?想像できないままカプッと一口。いやはや恐れ入りました。こんなに濃くてふくよかな抹茶の味わいが、こんなに小さなクロワッサンの中に閉じ込められているだなんて。まあるい形ですが紛れもなくクロワッサンです。
京都の巨匠でもあるのか(“巨匠”使いすぎ)!?と慄くほど、とろりとコクのある抹茶クリームからは、抹茶のふくよかで苦味も予感させるしっかりとした味わいと香りが届きます。ぷわわわーんと鼻に抜けていく爽やかな香りに、生地のバターの味わいが並走。鼻に抜けていく瞬間も一緒です。どこまでもクリームと寄り添います。
クリームが入っていますが、リベイク狂の私は慎重にリベイクを試みます。温めてから放置して冷ますのがポイント。これ、テストに出ますからね(何の)。
クロワッサンのパリパリ感シャクシャク感が見事復活!大成功!惜しみなく使われたバターが幾重にも層となってサクサクと弾けるたびに、抹茶クリームのまったりとした質感と和の風味が合わさって、まさに“和と洋のマリアージュ”です。
ひゃー、なんだこれは!なんて美味!これは芸術品です。リベイクしたらパリパリ、中はふわふわ。バターの香りも遠慮なしで、高貴な気分にさせてくれます。ここは“パリ”なのねと、例え見慣れた部屋でも気持ちをあげてくれる味わいです(想像力に乾杯)。
素朴なパンや粉の味わいを楽しむパンとは真反対に位置するであろう、華やかでアートのようなピース。フランボワーズソースが中心に入り、幾重にも重なる層のバターでコクが掛け算させていく中に甘酸っぱさが花開き、クロワッサンの新しい扉が開かれていきます。
トロッと流れるフランボワーズソースがなんとも甘美で、パティシエールが作るケーキのような美しい余韻を残します。ホテルの中にあるにふさわしい品格!ちなみに私は漫画『ガラスの仮面』の姫川亜弓が思い浮かびました(謎の報告)。
「あなたって全くもう!」って唸ってしまった(怪しい人)。表面はサクッと、内側は細かい気泡の繊細な口当たりでブリオッシュのよう。
表面の塩が先頭を切って、内側のバター滴るトリュフゾーンへといざないます。溜まっているバターのコク深き塩気とトリュフペーストが少量忍ばされたラグジュアリーな秘境を、繊細で柔らかな甘みのある生地がそっと包みトリュフの香りを上品に纏わせる。時に刺激的に感じることもあるトリュフの香りが、ふわんとワンピースの裾をひらっとさせるくらいの軽やかさで届いてきたから、うっかり一緒にステップを踏んでしまったのは不可抗力です(内緒)。
こんなにエレガントで一口の驚きがつまったパンが〈サントリーホール〉のとなりにあっただなんて。もっと早く出会いたかった(通います)!
2軒目:〈MAISON LANDEMAINE(メゾン ランデュメンヌ)〉
「パリ最高パン屋賞」を受賞したパリを拠点にフランス国内16店舗、日本国内に3店舗展開するブーランジェリー・パティスリー〈MAISON LANDEMAINE〉。Amazon プライムの番組『ベイクオフ・ジャパン』で審査員を務めていらっしゃる石川芳美さんのお店です。日本一号店である麻布台のお店にはテラス席も用意されていて、パリらしい雰囲気。六本木一丁目駅からてくてくオフィス街を抜けて、朝ごはんをいただきに行ってきました。
“パリで最もおいしいクロワッサン”と称されたことでも有名なこちら。フランス産バターが惜しみなく使われています。
サックサクの軽快さ。大きいサイズ感なのにその大きさを感じさせない軽やかさで、バターの香りを纏った空気が一緒にくるまれ弾むよう。
内側は波に揺れるいそぎんちゃくみたいに、そよそよと柔らかくなびきます。意図的な塩味ではないバターの塩味が染み出てきて、甘さも心地いい。こんなクロワッサンを朝にいただいたら、今日一日頑張れそう、あるいは休日モードに突入しそうですね(賭けですね)。どちらにせよ気分が上がること間違いなし!
〈MAISON LANDEMAINE〉パリ本店のシェフ・ヴァッシ氏直伝のスリランカカレーパン。親ムネ肉とたくさんの野菜を煮込んだトマトベースのカレーは酸味が爽やかで、朝から気持ちよくいただけます。細かいチキンがごろごろと入っていて食べ応えも十分!パン生地はというとモッチモチで、カレーと一緒に空気もたっぷり含まれているから、カレーパンなのに一口が軽くて爽快。そんな様子を揚げられたパン粉がトップからジャンキーな微笑みで見守っているので、ウインクで返しましょう(誰も見ていないところでね)。
絶え間なく届くピスタチオの香り。なるほど、パリの店舗と同じレシピで作られたパンとのこと。惜しみなく広がるピスタチオの豊かな風味からパリの風景がみえてくるようです(本当か?)。アクセントになっているアプリコットはジューシーでリッチな甘酸っぱさ。その贅沢な果肉感に頬を緩めていると、忘れるなよ?と念を押してくる青々としたピスタチオの風味が炸裂します。いいねいいね、そういうの好きよ。よく焼かれたクラストの苦味がキリッと輪郭を作りまとめあげます。
朝のテラスでクロワッサンだなんて、まさに私の中のパリの朝食風景。テラスの向こう側とこちらでは別の時間が流れているようでした。都心の真ん中で佇むパリの味。ついつい人波に合わせて急ぎ足になってしまうけど、ふと足を止めて立ち寄ってみてくださいね。