わたしたちの無加工な「独立」の話 #10 〈inagawa yakuzen〉「あんぎゃ対話」稲川由華さん

WORK&MONEY 2024.12.02

どのように働くかを考えるとき、選択肢の一つとなるフリーランスや起業などの「独立」という働き方。では、実際に独立して働いている人たちは、どのようにその働き方を選び、「働くこと」に向き合っているのでしょうか。さまざまな状況のなかで「独立」という働き方を〈現時点で〉選んでいる人のそれぞれの歩みについてお話を伺っていきます。
漢方を通じた表現を行うinagawa yakuzenや、自身が気になる人との対話をテキスト化した「あんぎゃ対話」などの活動を、京都を拠点に行う稲川由華さんは、「どこにもいない人になりたい」といいます。フリーランスとして、あえてわかりやすい肩書きを設けず、「自分である意味」を追求する稲川さんの思いを聞きました。

──いまの活動を始めるまではどんな道を歩まれていたんですか?

稲川:服飾の大学を卒業後、歌舞伎の着付けをやる会社に入ったんですけど、すぐに辞めて。ものづくりが好きだから、オリジナルのグッズをつくる部署がある印刷会社にアルバイトとして入って、1年後に社員になりました。そこでは営業として、グッズ制作に限らず、あらゆることをやっていて、アルバイトの期間も合わせて6年ぐらい働いていたんですけど、コロナ禍が始まった年の12月に辞める決断をしたんです。

わたしたちの無加工な「独立」の話#10 稲川由華さん

──それはどうしてですか?

稲川:もともと1人でなにかしたいと、ずっと思っていたんです。常に組織に関わっていないといけないことや、受注業だったので、自分のタイミングで動けない状況が私には苦しくて。独立するためには、なにか武器が必要だと思っていたので、それを探すために、会社員時代は、いろいろな人に声をかけたり、自分のためになりそうなことをしていました。

そんななか、当時働いていた印刷会社で、東洋医学も勉強された薬剤師さんのプライベートサロンの看板をつくる依頼があったんです。興味本位でお客さんとして行ってみたら、体の状態をすごく的確に指摘されて。それから、漢方に興味が湧いて、コロナ禍に入ってから漢方スクールに通ううちに、私が武器にできるのは、もしかしたら漢方かもしれないと思いました。

──漢方のどんなところに魅力を感じますか?

稲川:漢方って、自然という計り知れないものがあって、その中に人間があり、体は全部繋がっているという考え方なんです。だから症状のある箇所だけを治せばいいわけじゃないし、根本の原因も、人によって違うんです。私は物事の道筋を知ることが好きだから、答えが一つじゃない、人それぞれであるという自由さや、それを自分なりに解釈して繋げていく過程が面白くて。会社を辞めてから、やっぱりもう少し勉強しようと思って漢方スクールに通いつつ、バイトをしたり、前職で縁があった人からお仕事をもらったりして、なんとか食いつないで、1年後ぐらいに〈inagawa yakuzen〉を始めました。

──〈inagawa yakuzen〉としてはブレンドティーやチャイシロップなどのプロダクトをつくったり、ワークショップをされているんですよね。

稲川:はい。ただ、まだ迷いもあって、私と漢方を掛け合わせたときに、自分がやる意味のある活動はどんな形なのか、いまもずっと考えています。大事にしていることは、絶対にお客様と対面で接することで、商品を売るだけだと、私は多分楽しくないんです。売ることよりも、人と接して話すときにエネルギーを与えあいたい気持ちが強いんだと思います。

わたしたちの無加工な「独立」の話#10 稲川由華さん

──「あんぎゃ対話」という活動をされているのも、いまのお話とつながっているのでしょうか?

稲川:〈inagawa yakuzen〉をやっているなかで、初めのうちは、漢方と私がセットになって横並びで歩いている感覚だったんですけど、だんだんと漢方が目の前に立ちはだかって、前が見えづらいような感じがしてきたんです。それに、私は独立するにあたって武器がないといけないと思っていたけど、活動を続けるなかで、別に武器なんてなくたっていいと思うようになって。

私丸ごとを活かす活動ができないか考えていたときに「あんぎゃ対話」が生まれました。気になる人や好きな人と会って話したいという思いを、こういう企画があれば叶えられるかもしれないと思って。まったく根拠がないですけど、「あんぎゃ対話」は、絶対に意味のあるなにかになるという自信があるんです。やっていて楽しいばかりだし、そういう気持ちが乗っている状態だから、スムーズに前に歩んでいられる感覚がすごくあって。

──プロダクトブランドという、ある意味わかりやすく形あるものではなく、対話という形のないものの方がスムーズだと感じているんですね。

稲川:いま言われて気づいたんですけど、私、得体の知れないものが好きなんです。わかるものより、わからないものの方が好きだからかもしれないですね。

──稲川さんの活動も、一言では言い表すのが難しいですよね。

稲川:「結局なにやってるの?」って言われることがあります。

──そういう言われたときはどうしているんですか?

稲川:「いや、なんだろうね」って(笑)。自分を説明する時に「これ」って言えることは伝わりやすいからあった方がいいんだろうけど、それはきっとやり続ける先にあるものかなと思います。

わたしたちの無加工な「独立」の話#10 稲川由華さん

──いまは主な拠点が京都なんですよね。

稲川:生まれが新潟というのもあって、東京は暮らすのに、ちょっとストレスが多いと感じていて。そんななか、京都でイベントをさせてもらったカフェの人が、ゲストハウスも経営していて、家付きでスタッフとして働かないかと言われたんです。これは乗らないと自分の心がなくなっちゃうと思って、京都から帰って、夫に「ごめん、京都に住みたい」と言ったら、すぐに「いいよ」と言ってくれました。だから仲はいいけど、いまは別々に暮らしているんです。

──一般的に、東京の方がフリーランスの活動の場が多いイメージがあると思うのですが、移住することに不安はなかったですか?

稲川:京都に引っ越したテーマが、「考え直す」ということでした。これから自分の活動をどういう風に展開していくのかをとにかく考えようと思って。京都の方が考えることはしやすくてよかったと思うんだけど、同時に、東京のよさも感じるわけです。やっぱり、圧倒的に人が多いしイベントもたくさんある。だから、ちょっと言葉が悪いかもしれないですけど、東京は出稼ぎに来る場所で、考えるのは京都という、いいとこ取りをいまのところはできているかなと思います。交通費はばかにならないですけど……(笑)。

──東京が肌に合わないと感じているけれど、仕事のことを考えて住み続けている人もいるのではと思います。

稲川:難しいですよね。働き方も、安定的な収入があった方がいい人は会社員を選ぶだろうけど、私は、お金よりも自分の気持ちを優先しないと生きていけないからそうしていて。自分がどこにいると気持ちいいのかが重要で、きっと人それぞれ生きやすいポイントは絶対に違っていますよね。

──今後やっていきたいことはありますか?

稲川:とにかく風来坊でいたいですね。いまはいろいろな土地と、その土地の人たちのことを知っていきたい気持ちが強くて、実際に足を運んでそれをなんらかの形でまとめたいです。私はストレス耐性がないんですよ。だからこそ、いい流れの方向に泳がざるをえないなと思っています。

わたしたちの無加工な「独立」の話#10 稲川由華さん
text_Yuri Matsui photo_Mikako Kozai edit_Kei Kawaura

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