児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#1「魔女、新しい靴、スイスパン」――京都・北山、京都府立植物園

小説家・児玉雨子さんの「街歩きエッセイ」が始まります。ぶらり訪れた場所で何を食べ、何を
感じ、何を思うのか。雨子さんが軽やかな筆致で綴ります。第1回目は雨子さんの父方の祖母の
法事で訪れた京都にての「ひとくち分の記憶」。
今春は法事が多い。去年は暖かくなってきたことにわくわくしていたら、まさに冴え返るような知らせに沈んでいた春だった。父方の祖母が亡くなって、あれからもう一年が経ったのか、と時の流れの速さにただただ驚いていたら、お寺での法事が終わった。
父方の祖母は裕福な上に買い物やおしゃれが大好きで、話すとコテコテの京都弁でやわらかい印象だけど、黙っていると『ハウルの動く城』の荒野の魔女のようなオーラを放っていた。お屋敷みたいな家にひとりで住んで、孫たちにはいろんな物を買ってくれた。ただ、本当に無尽蔵に買い与えてしまうのが危うくもあった。子どもたちが「これかわいい」と言っただけで、すぐに会計へ持っていってしまう。
小六くらいのときに、祖母の付き添いで行った百貨店で8万もするスラックスを買わせてしまった。当然、それを知った父に烈火のごとく怒られた。ただ当時の私からすると、確かに「かわいい」とは言ってしまったが「欲しい」とねだったつもりはなかったので、気づいたら祖母が会計を済ませて店員が大きい紙袋を渡してきて、どうしてこうなったのかこっちはこっちでパニックになっていたのだ。

以来、京都市内で買い物をするときは「かわいい」よりも「いらない」を言う頻度が増え、そうすると買い物自体がストレスになり、どうしてこんな嫌な気持ちにならなきゃいけないのか、としばらく祖母にも反抗心をこじらせ続けた。
そうこうしていると祖母があっという間にアルツハイマーになってしまって、コロナ禍もあって、精神的にも物理的にもどういうふうに関わればいいか狼狽えているうちに、風邪をこじらせて死んでしまった。
(ちなみにスラックスは今でも現役だ。小六の頃には今くらいの身長があったのでほとんど直さずにずっと着られている。むしろアラサーになってから大活躍中で、いい服は何十年単位で保つことを実感中)。

法事が終わったあとは手持ち無沙汰に父と河原町をぶらぶらして、トイレのために百貨店に入った。ちょうど、8万スラックス事件のあったところだ。用を済ませたあとに一階にあるカンペールの新作のスニーカーが目に入って、思わず手に取った。真っ黒の革製で落ち着いているけれど、デザインが今どきで、歩きやすそうだった。それに今持っている靴が白いものばかりで、黒い靴も欲しいなとちょうど探していたところでもある。
「いいじゃん、履いてみれば?」と、昔に比べて丸くなった父が気を遣って言ってきたけれど、試着もせず「いらない」と言って棚に戻した。
しかし、ホテルに帰っても、翌朝ごはんを食べている間も、ずっとカンペールの靴が頭から離れなかった。
この冬はあまり物を買わなかったし、もうすぐ春だし、もう祖母に買ってもらうわけじゃない! と奮起して、朝一で昨日の百貨店へ再訪しスニーカーを購入して、そのまま履いて店を出ることにした。足にフィットしていて、いつまでもどこまでも歩けそうだった。

新しいスニーカーを履いて向かったのは、北山の京都府立植物園だ。
昔から気になっていたものの、足腰の悪い祖母を連れてゆくのは気が引けてなかなか行けなかった場所だった。

三月の府立植物園は梅が見頃だった。小さくころんと咲いている白梅を見ると、なんともいえないうれしい気持ちになる。酒が飲めず今まであまり花見に縁がなく、その代わりというほどでもないけれど、ひとりでふらっと梅を見に出掛けるのが私にとって春の小さな楽しみでもある。
そして当たり前だけど植物園という名の通り、道なりにぶらぶら歩いているだけで知らない花や植物にたくさん出くわすことができる。こんな咲き方をする黄色い梅もあるのかぁと感心して調べてみると、蝋梅(ろうばい)という梅とは別種の花であることを知った。残念ながらこの日は薄曇りだったけれど、よく晴れた日なら透けた花びらと青空との対比がとても映えそうな花だった。
しばらく歩いていると、大きな観覧温室の前に到着する。まだ今は花が咲く季節じゃないので、今回は暖かい温室の植物をぐるっと回ることにした。


温室は八つの部屋で構成されていて、4500種もの熱帯植物を眺めることができる。(この日は夜に咲く花を展示する「昼夜逆転室」が残念ながら休みだった)
所狭しに咲く知らない花に圧倒されながら順路を歩いていると、後ろのほうから「かあいらしなぁ」という声が聞こえてきて、おもわず振り返った。高齢女性が車椅子で中年の女性と一緒に温室を回っていた。久しぶりに聞いたコテコテの京都弁に、祖母がやってきたのかと思った。

8万スラックス事件の後味の悪さもさることながら、祖母の死もかなり私には衝撃的だった。
祖母はとても美人だったし、おしゃれが大好きだった。思春期の頃はそういうところが苦手だったし、大人になってからは距離感を掴めないながらも、一方でちょっとかわいらしくも感じていた。アルツハイマーになった後も百貨店に足繁く通い、次から次に物を買いまくっていたと知った時はちょっと頭を抱えたけれど。
どんなに綺麗なひともいつか荼毘に付されるという、逃れられない運命のことはもちろん理解していたものの、やはりそんな祖母が骨になった姿にはショックを受けた。そしてそれ以上に驚いたのは、関西式の納骨方法である。
関西は部分収骨のため骨壷も小さいのだが、さらに納骨となると遺骨を麻の納骨袋に包み直して墓の下で土に還すのが一般的だ。現在は多様な葬送方法があるものの、やはり骨壷のまま墓の下に納める関東文化で暮らす私は、どんどん小さくして最後は土に混ぜる、という合理的な段取りに軽い衝撃を受けてしまった。あんなに立派なワードローブがあって、たくさんの物を所有し、舞台女優かとツッコミを入れたくなるほど着飾っていたばあちゃんが、文字通り「無くなって」しまった……。一年経った今でもまだ信じられない。
もちろん、お寺の方々はすごくよくしてくださった。風習がどうのこうのという話ではなく、私はどこか祖母の魔女的オーラに甘えていて、あくまで私のタイミングで、いつか祖母と素直に話せるときが来るとすっかり思い込んでいたことに気づいて、ひとりで思いあぐんでしまった。
さっさと私が大人になっていれば、もしかしたらあんなふうに一緒にこの植物園に来ることもできたのかもしれないな。さきほどの女性二人組を眺めて、うっすら後悔しながら順路を進んだ。

園内をひと通り観て回って小腹が空いてきた。植物園の目の前にある人気ベーカリー「Briant」が奇跡的に行列のない時間帯だったので、その隙にパンを買いに飛び込み、植物園併設のIn the Greenのホットカフェオレを持って再入場する。適当なベンチに座りながら、パンスイスとソーセージロールを食べて、しばらくだらだらする。パンスイスとはクロワッサン生地でチョコやクリームを巻いたものだ。私が買ったのは紅茶味で、中にオレンジピールが入っていてさわやかな味だった。
三十歳くらいから、緑のある(というにはまだ寒い季節だっただが)公園で、パンやおやつを食べて暖かい飲み物でひと息つくことが好きになってきた。それまではこういうのんびりした行楽って、なんだか限りある人生を無駄にしているようにしか思えなかったけれど、今はむしろ正反対の考えになってきた。この有限性の塊である体で、気分の赴くままに歩いて、買い物でもして、花でも眺めて、ものを食べたり飲んだりできるのって、どれほどかけがえのないことだろう。死んだらこの体ではどこにも行けない。何も着られない。ごはんも食べられない。知らない花の名前を知ることも、後悔することも、たぶんできない。死んだことがないからわからないけれど。
しんみりしつつ、ゴミをまとめてベンチからゆっくりと腰を上げた。いい靴を買ったおかげで、まだまだ今日は歩けそうだった。


京都府立植物園
〒606-0823 京都府京都市左京区下鴨半木町
*京都市営地下鉄「北山駅」下車3番出口すぐ
(公式サイト)https://www.pref.kyoto.jp/plant/
Briant 北山本店(ブリアン きたやまほんてん)
〒603-8053 京都府京都市北区上賀茂岩ケ垣内町33-39
**京都市営地下鉄 烏丸線「北山駅」から徒歩1分
アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。17人の作家によるリレーエッセイ集『私の身体を生きる』(文藝春秋社)に参加。