ハナコラボSDGsレポート “人と自然の共生”を掲げて。熊本・阿蘇〈黒川温泉〉が見据える温泉郷の未来
ハナコラボ パートナーの中から、SDGsについて知りたい、学びたいと意欲をもった4人が「ハナコラボSDGsレポーターズ」を発足! 毎週さまざまなコンテンツをレポートします。第67回は、編集者として活躍する藤田華子さんが、熊本県阿蘇にある〈黒川温泉〉に話を伺いました。
地域総出で守られてきた〈黒川温泉〉
ーー北山さんは、どうやって〈黒川温泉事務局〉に携わることに?
「2016年に熊本地震が発生したことを受け、〈キリン株式会社(現・キリンホールディングス株式会社)〉が旅館組合に対して復興支援金を助成してくださっていたんです。私は、その支援金で実施するプロジェクトの運営マネージャーとして2017年7月からご一緒することになりました。地域全体をよくしていくことに魅力を感じましたし、もともと好きな場所だったんです。旅館組合の理事や中心メンバーって若手が中心なんですよ。その意味でも、いろいろなことにチャレンジしやすいなと思って」。
ーー地域を盛り上げていくために、どんな活動を?
「旅館組合には、25の宿泊事業会社が会員となっており、旅館の数は30軒あります。事務局は温泉街全体や旅館にとって事業がスムーズに推進できるようにさまざまなサポートをしています。2021年には〈黒川温泉〉として『世界を癒す、日本里山の豊かさが循環する温泉地へ』という2030年ビジョンを発表しました。〈黒川温泉〉のように“里山全体の地域資源を循環させる”というコンセプトに取り組んでいる温泉地はあまりないかもしれません」。
ーー具体的な取り組みを教えてください。
「たとえば、“湯あかり”。竹藪を間伐をし、再生させる活動の一環です。幻想的な風景が黒川温泉の冬の風物詩になっていますね。その中の飾りのひとつ“鞠灯篭”は、旅館だけでなく、商店や地域の方が総出で一ヶ月くらいかけて作られるんですよ。コロナ前はボランティアも募集して、作業のあとに温泉に入り、夕飯を食べるなど交流も活発に行っていました」。
ーー素敵!そうして地域一丸で活動されているのは、脈々と続く伝統ですか?
「そうですね。景観を守りたいという気持ちで、地域のみんなが繋がっているのかもしれません。景観って誰のものでもない、地域の社会資本だと思っています。それを守るために景観メンテナンス活動をするなど、みんなで一丸になって取り組む風習がありますね。こうした活動を通して絆が強くなるんだなと思います。心強いです」。
ーー“入湯手形”というワードも、サイトで拝見して気になっていました。こちらはどんなものですか?
「1986年に始まったもので、旅館にある露天風呂27ヶ所のうち、好きな露天風呂を3ヶ所選んで入浴できる入浴パス券です。今年、黒川温泉街全体(旅館、飲食店・商店他)で使える“地域通貨”としてリニューアルしました。地域一丸でお客様をお迎えする“黒川一旅館”という私たちの地域理念にのっとり、露天風呂のほか、ご飲食やお土産に利用できるようになりました。地元の杉やひのきを使い、地元の林業事業者や、町内の老人会によって17の工程を経て作られています。今後は、入湯手形の売上の1%を温泉街の景観づくりや、自然環境の保全活動に還元していきます」。
若手リーダーの育成も。キーワードは“サステナブル、食、人材”
ーー旅行組合の執行部や中心メンバーは若い方が多いと伺いましたが、高齢化の問題を抱えていたりしますか?
「過疎化が進んでいる地域でもあり、年配の方が多くて、人口は少しずつ減っている状況です。とはいえ、〈黒川温泉〉には、670名くらいの従業員が働いています。彼らが誇りを持って働き続けていただくために、“次世代リーダー研修『黒川塾』”という、旅館のリーダー育成研修や、里山の魅力を知る『里山研修』などを推進しているんですよ」。
ーー本当にたくさんのお取り組みがあるんですが、Hanako編集部では「黒川温泉一帯地域コンポストプロジェクト」について注目が集まりました。旅館の料理を食べきれなくて残してしまうのが心苦しいという声からです。
「食品残さを堆肥にして、また野菜を育てるという循環づくりを推進しています。はじまりは、2018年に〈黒川温泉〉の旅館組合や、観光協会、自治体の三者で、これからの〈黒川温泉〉について話す『黒川みらい会議』を開催したこと。これまでは先輩方が“入湯手形の導入”、“景観づくり活動”、“共同資源の活用”などを通じて、〈黒川温泉〉の基礎を築き上げていただきました。黒川みらい会議では、これからの激動の時代、改めて黒川が次の世代に継続していくために何ができるかを半年かけて話したんです。その時に見えてきた方向性が、サステナブル、食、人材の3つ。それをひとつずつアクションに繋げていこうと」。
ーーすべてが未来を見据えての取り組みなんですね。
「そうです。コンポストプロジェクトのきっかけとなったのは、サーキュラーエコノミー研究家の安居昭博さんや、コンポストアドバイザーの鴨志田純さんとの出会いです。私たちの課題として、食品残さや、温泉街の落ち葉が多いなどの現状を話したところ、おふたりから『堆肥事業どうでしょうか』とご提案いただいたんです」。
ーー「黒川みらい会議」をやられた2018年って、まだ世の中では今ほどSDGsというワードは一般的ではなかったお思います。そのキーワードを掲げたきっかけは?
「2018年当時、南小国町の政策顧問として、〈有限会社イーズ〉の枝廣淳子さんが定期的に街へ訪問されていました。枝廣先生は、地域内経済循環の専門家でもありましたので、『町に来たときには、ぜひ黒川に泊まってください!』とお声がけしてみらい会議に参加していただきました(笑)。そこで初めて、SDGsの基本を伺って。みんなで知識を共有して、黒川としてできることを探っていきました」。
ーー「黒川みらい会議」では、サステナブル、食、人材の3つのキーワードが挙がったということですが、食についてのお取り組みは?
「まず課題として、お客様の頭の中で想起される〈黒川温泉〉には、食のイメージが弱い状態であるということ。加えて、料理人の人材不足も課題でした。“泊食分離”のように食事と宿泊を分けたいと考えても、対応できる飲食店も少ないんです。そのような課題が顕在化されました」。
ーー面として組合ができることは何かを探ったんですね。
「そうですね。コンポストプロジェクトも『食』の取り組みですが、もうひとつ、あか牛をこの街で育ててお肉にしてこの街の旅館や飲食店で召し上がっていただくような循環が作れないかと考えたのが『あか牛つぐもプロジェクト』のはじまりです。地域の牧野で放牧飼育することで、草原維持にもつながりますし、あか牛のフンや草原のカヤを活用する阿蘇の循環型農業も継続できます。利益だけではなく、地域の大切な資源を守っていくことにつながればと思います。『つぐも』は、この景観を100年後まで継いでいくの『継』と、牛の鳴き声『モ〜』からとった造語です(笑)」。
ーー足を運ぶ観光客からは、どんな反響がありますか?
「〈黒川温泉〉の取り組みを応援していただくことが増えたように思います。また、写真映えするスポットが多いと言ってもらいます。温泉街全体、統一感があって『里山に来たな!』と世界観に入り込めるところがあるのかなと」。
ーー素敵です!今後の展望を教えてください。
「コンポストプロジェクトやあか牛“つぐも”プロジェクトなどを推進しながら、並行して、各旅館のサステナブルな取り組みに対してのフォローを組合ができたらと思いますね。アメニティは必要な分だけを用意するとか、ビニール袋を極力減らすとか、小さなことではあるんですけど、そういったひとつひとつも大切にしたいです」。