ハナコラボSDGsレポート 日本発の「母子健康手帳」が世界へ!小さく生まれた赤ちゃんとママを支える「リトルベビーハンドブック」の輪が広がる

SUSTAINABLE 2022.07.01

ハナコラボ パートナーの中から、SDGsについて知りたい、学びたいと意欲をもった4人が「ハナコラボSDGsレポーターズ」を発足!毎週さまざまなコンテンツをレポートします。第63回は、ライターとして活躍する五月女菜穂さんが、NPO法人〈HANDS〉の横田雅史さんと、〈国際母子手帳委員会〉事務局長の板東あけみさんに話を伺いました。

〈母子健康手帳〉が50以上の国と地域に広がって、母と子の健康を守る

SDGs 五月女さん

ーーNPO法人〈HANDS〉がどのような活動をされているのか教えて下さい。

横田さん:〈HANDS〉は「Health and Development Service」の略称で、2000年に設立された団体です。我々が目指すのは、保健医療の仕組みづくりと人づくりを通じて、世界の人々が自らの健康を守ることができる社会を実現すること。

例えば、目の前に病気の人がいれば、当然その病気を治す必要がありますが、病気を未然に防ぐことも大切だと思います。また、医療器具や医療施設も必要ではありますが、それらをつくったり、マネジメントしたりできる人を育てることも同じくらい大切だと思っています。

HANDSは地域の人々に健康や予防の大切さを伝えたり、病院や診療所スタッフのための研修をしたり、そのような活動に力を注いでいます。その中でも、特に弱い立場にある女性や子どもを対象として、アフリカのケニアやシエラレオネ、そして南太平洋のパプアニューギニアの3つの国で活動しています。それらの活動では、あくまでも主役は現地の人たちで、日本人は黒子というスタンスです。

〈HANDS〉が母子手帳に関わるきっかけは、〈HANDS〉の前代表理事で小児科医の中村安秀先生の存在でした。中村先生が1986年からJICAの母子保健専門家としてインドネシアに赴任したときに、子どもを診察しようにも、生まれたときの体重の記録や予防接種の正確な記録がない現実を目の当たりにされた。母子手帳の素晴らしさに気づいて、途上国へと広げる活動を始めたんです。

取材に同席してくださっている板東さんが事務局長をされている〈国際母子手帳委員会〉も、そうした母子手帳の広がりの中で生まれた組織です。

SDGs 五月女さん

ーー板東さんはどういう経緯で〈国際母子手帳委員会〉に?

板東さん:私は51歳まで京都の小学校教師をしていました。一方で、並行して39歳から始めたベトナムの障がいのある子どもたちへの総合的な支援に関するNGOの活動も興味深くなってきたので、51歳で教師を辞めて、大阪大学大学院に入って、7年間勉強したのですが、そのときの恩師が中村安秀先生なんです。中村先生が〈国際母子手帳委員会〉を立ち上げられたときに、中村先生が代表で、私が事務局長になりました。

〈国際母子手帳委員会〉の存在を説明するのはなかなか難しいのですが...NPOでもないし、会員制度があるわけでもないし、どこかに事務局があるわけでもない。母子手帳に関心がある政府もしくは大学の研究者らが集まっている組織といったらいいかな。

1998年に日本で「第1回母子手帳国際会議」を開催して、だいたい2〜3年に1回ずつ世界各地を回るシンポジウムを開いています。徐々に参加国や参加人数は増えていき、今年の8月には第13回母子手帳国際会議がカナダで開かれる予定になっています。現地とオンラインで開催されます。

〈HANDS〉と〈国際母子手帳委員会〉との関係もまた説明するのが難しいのですが…別組織でありながら、気持ちと実務がつながっていると言えばいいでしょうか。

例えば、国際会議をする際に寄付を集めますが、その寄付をどこが預かるという話になったときに〈HANDS〉に口座を開設していただいたり、今回の取材のお問い合わせの窓口になっていただいたりね。一方で〈国際母子手帳委員会〉としてもアドバイザーという立場で、いろいろと情報を共有したりしています。

小さく生まれた子どもとママに届ける「リトルベビーハンドブック」

SDGs 五月女さん

ーー日本の赤ちゃんの出生時の平均体重は約3キロで、平均身長は約50センチ。しかし2019年の統計では、全体の9.4%の赤ちゃんが2.5キロ未満、内1.5キロ未満の赤ちゃんが0.7%います。そうした小さく生まれたお子さんの育児支援として、母子手帳と一緒に使う「リトルベビーハンドブック」の活動にも力を入れていると伺いました。

板東さん:母子手帳そのものを否定するわけではないのですけどね、「リトルベビーハンドブック」は既存の母子手帳が使いにくいというところからスタートしています。

例えば、一般に配布される母子手帳の発育曲線グラフは、体重が1キロから、身長は40センチからなんです。それより小さく生まれたリトルベビーちゃんのママさんたちは記録をしたくても記録ができない。それがどれだけつらいことか。あるお母さんは「日本政府が自分の子どもの存在を否定しているように感じる」と言っていましたよ。

例えば、保護者の記録として「寝返りをしますか?」といった「はい」と「いいえ」で答える欄もあるでしょう。発育がゆっくりなベビーちゃんのママたちにとっては「いいえ」が続くと、やっぱりつらいんです。

妊娠が分かって、母子手帳をもらって、ウキウキしていたのに、もう見るのも嫌、開けるのも嫌。そんなママさんが現実にいるんです。SDGsにも「誰一人取り残さない」と掲げられているけれど、リトルベビーちゃんとそのママたちのことも考えて、「リトルベビーハンドブック」は母子手帳のサブブックとして生まれたわけです。

サブブックを作らなくても、母子手帳の発育曲線の数字を変えればいいじゃないかと考えられるかもしれませんが、それは大きな間違い。なぜかというと「リトルベビーハンドブック」には、リトルベビーちゃんの先輩ママたちのコメントや新生児集中治療室での医療記録、諸注意やサークルの連絡先を含むいろいろな相談先が書いてあるんです。

ママは母子手帳をもらうときに、自分の子どもを抱っこしている図を思い浮かべるでしょう。救命措置がされるギリギリの22週で生まれた300グラム、400グラムの赤ちゃんのことは思い浮かべないはず。だからこそ、とても抱っこできるサイズではないし、チューブがたくさんついていて、肌の色もイメージとはちがう色の我が子をみたときーー。リトルベビーのママさんは、保育器の前で涙を流しながら、ご自分を責められるのです。

同じ病院で、もし相部屋なら、元気な赤ちゃんの泣き声を聞くでしょう。おっぱいを飲ませているのも見るでしょう。一番つらいときに「リトルベビーハンドブック」があったら。先輩ママのコメントを読んで励まされるんです。“普通”のママさんには要らない情報でしょうけど、リトルベビーちゃんのママに届いて欲しいんです。

「しずおかリトルベビーハンドブック」より
「しずおかリトルベビーハンドブック」より

ーー「リトルベビーハンドブック」は2011年に静岡県のサークルが作り、2018年には静岡県で行政版が生まれました。福岡県や岐阜県、山梨県などと徐々に広がっているのですね。

板東さん:厚生労働省が「リトルベビーハンドブック」を作って、全国に配布した方がいいのではないかと思われる方もいらっしゃるでしょう。私も最初はそう思っていました。だけど、関わっている中で、都道府県が作成するのが一番いいと気づきました。市町村だと人数も少ないし、NICUで渡せなかったり隣の市や町の人にも渡せないですね。

県はNICUのスタッフなどの医療関係者、それから地域保険の保健師さんや開業助産師さんなどの専門家、そしてお母さんを交えて、「リトルベビーハンドブック」を作ります。大体半年前後かけて作ります。その間にみんな何回も話し合いする、そして改訂する事項が出てきたらまた話し合いをするーー。そんな活動を繰り返す中で「リトルベビーハンドブック」そのものと、関係者の相互理解によるネットワークができるんですよ。

杓子定規な「リトルベビーハンドブック」があれば全部解決するわけではない。このネットワークこそ大切なんです。

リトルベビーの家族サークル。
リトルベビーの家族サークル。

ーーちなみに「リトルベビーハンドブック」も海外に展開されているのですか。

板東さん:2018年にタイで行われた「第11回母子手帳国際会議」で私が発表した際、英語版が欲しいという声を聞きました。2020年に静岡県が県内にお住まいの外国人の方向けに、7つの外国語(スペイン語、中国語、ポルトガル語、英語など)版の「リトルベビーハンドブック」を作られたんです。それらを参考に、台湾とインドネシアが作成されました。オランダにはもともと〈リトルベビーハンドブック〉があると聞いています。

ただね、「リトルベビーハンドブック」は、その国の医療がある程度進んでいないと難しいんですよ。300グラム〜400グラムの赤ちゃんを救命できる国は本当に少ないんです。

SDGs 五月女さん

ーー最後に、これからの展望をお聞かせください。

板東さん:医療的ケア児支援法ができたように、低出生体重のお子さんとご家族のための法案成立が夢です。小さな赤ちゃんを産んで育てるということの困難はまだたくさんあるし、「リトルベビーハンドブック」が1冊できたからと言って、その苦労が完全になくなるわけじゃないですね。法律ができれば、もっと助けられると思うんです。

横田さん:リトルベビーに関してもそうですが、政府や自治体などのサポートを受けにくい人たちが、国内外にいます。我々〈HANDS〉が実際に活動している地域も、普通に日本にいたらまず名前も聞いたことないような場所、あるいは、その国でも知らない人がいるような地域がほとんど。そういうところでも、我々の経験やネットワークを生かすことで、少しでも子どもたちの栄養状況が改善したり、お母さんが安心して子どもを産んだりできたらと思っています。

今のウクライナ紛争もそうですが、世界全体のことを考えると、自分の無力さに絶望しそうになることもありますが、それでもやはり目の前にあるできることを少しずつやっていくこと。そうすることで、少しずつ世界は良くなる。その希望は捨てないようにしたいと思います。

NPO法人〈HANDS〉

https://www.hands.or.jp/

■クラウドファンディング「小さく生まれた赤ちゃんのご家族へ、自分を責めずに育児を楽しめる環境を」(7月1日~8月10日)
https://readyfor.jp/projects/littlebaby

photo:〈HANDS〉および板東さんご提供

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