セコイ自己責任が蔓延!? ひろゆき&石丸現象にみる、日本社会の生きづらさ
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東京科学大学(旧・東京工業大学)リベラルアーツ研究教育院教授。京都大学大学院博士課程修了。専門は南アジア地域研究、日本思想史。著書に、『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』(朝日文庫)、『「リベラル保守」宣言』(新潮文庫)、『血盟団事件』(文春文庫)、『思いがけず利他』(ミシマ社)など。
成蹊大学文学部現代社会学科教授。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。専門はメディア研究。著書に『炎上社会を考える』(中央公論新社)、『ネット右派の歴史社会学』(青弓社)、『デモのメディア論』(筑摩書房)、『フラッシュモブズ』(NTT出版)など。
セコイ自己のあり方が日本に蔓延している!?
中島岳志さん(以下、中島):社会の底が抜けてしまったような、今の日本。若い世代を中心に、何とかして生き抜いていかなくてはいけないという状況の中で、非常に強いプレッシャーを感じている人が多くいると思います。
その中で、ある意味アイコン的な存在がひろゆき氏、そして、2024年の東京都知事選での躍進が記憶に新しい石丸伸二氏。
この二人に共通する部分、違う部分を紐解くことで、今の日本を生きる人々の価値観、そしてこのサバイバル状態を脱し、これから必要とされる人間観が見えてくるように思います。
伊藤昌亮さん(以下、伊藤):私は以前、ネトウヨ(※1)の研究をしていて、その中で彼らの背後には若い世代の苦悩や試行錯誤が見えてきて、ひろゆき現象、石丸現象についても似たものを感じています。
まず、彼らが支持される背景として、自己責任、しかも「“セコイ”自己責任」が浸透してしまった社会があります。
前提として、自己責任というのは必ずしも悪いものではありません。連帯責任をベースとし、ともすれば無責任になりがちな「ムラ社会」を改革していく動きの中で、「自己責任」は前向きなキーワードだったんです。
近代化の過程で、日本を含め世界中で、社会保障の充実した「福祉国家」から社会保障や政府の介入が少ない「新自由主義的(※2)な国家」へのシフトが進みました。
国民皆保険があったり、一見、日本の福祉はとても充実しているように感じますよね。しかし、福祉国家として成熟していた欧米諸国とは違い、日本の福祉国家は、“見せかけ”だったのです。
働き世代の男性には福利厚生と終身雇用が約束され、企業が保障する。子どもや高齢者は女性が家庭でケアをし、第3号被保険者制度(※3)という、男女差別的な仕組みが組み込まれることで女性を囲い込む。中小企業や農家は、公共事業や補助金を使い、自民党が裏でバックアップをしていた。
そんな3本柱に支えられ、社会保障費が安い、“見せかけの福祉国家”として成立していたのが日本だったのです。
ところが、バブル崩壊後の不況下で、企業は福利厚生の切り捨てや正社員のリストラなどを行い、生き残りを図る一方、国は新自由主義的な政治改革を進めていった。
結果として、本来、国がなすべき福祉政策を事実上代行していた企業主体のなんちゃって福祉は簡単に崩れ、ちゃんとした保護がある福祉国家では、到底考えられないスピードで非正規雇用が増えていってしまったというわけです。
その変化の中で、傷ついたり、生きにくさを感じた人たちが出てきて、自己防衛しようとすると、やっぱりセコく生きていかないといけない部分がでてくる。
そうして人間観の劣化が劇的に進んじゃったのが1990年代以降の日本の変化で、これは諸外国に見られないと思います。
中島:日本の見せかけの福祉国家にも、ムラ社会的なものが色濃く、本来は国民の保障に使われるべきお金が、政治家と密着している業界団体などに再分配されていたんですね。
こういった不透明な再配分がリクルート事件(※4)や東京佐川急便事件(※5)として1980年代〜90年代に噴出した。
本来なら、この不透明な再配分を制度として透明化しないといけなかったにもかかわらず、反省すべき点を見誤り、「再配分=悪い」と思い込み、公共事業を縮小したり、どんどん新自由主義的な国家に傾斜し、小泉構造改革(※6)へと突き進んでいきました。
そして現在の“セコイ自己責任”が浸透した、社会の底が抜けたような時代に生きることになったのだと思いますね。
ひろゆき的チートへの行き詰まりの先に支持される石丸氏?
伊藤:そういった偏った形で“自由”が拡張する中で、元来目指していた「強く、堂々として、自由で、自立した自己」というものが押しのけられ、自分だけが生き残っていくための手札を見つけていくという次元に「自己責任」が減退してしまったと感じています。
そんな中で登場したひろゆき現象や石丸現象。一見すると、どちらも新自由主義的な、自己責任を土台とした生き残り術なんです。しかし、どういうところに自分の道を見出すか、ひろゆき氏と石丸氏で分岐点があるように思います。
ひろゆき氏はどちらかというとやり方がセコイ(笑)。“裏道”的なハックやチートを提供する今風のサバイバル術ですよね。
一方、石丸氏は面白くて、「勉強して、いい大学に行きなさい」という非常に真っ当なことを言うんです。ひろゆき的な「ハックやチートって結局なかなかうまくいかないよな」という行き詰まりの中で、もう一度「“普通”に頑張ってみよう」と正道に立ち返るような生き残り術を訴えているのが石丸氏。
「“普通”に頑張ろう」と言える大人がもはやあまりいない今の日本社会で、このメッセージは10代、20代の若者だけではなく、これまで頑張っても対価を得られたり、報われた経験がなかった30代、40代、50代といった幅広い世代に響いた。
そして、彼は「自分も地方の公立学校出身だったけれど、頑張ればこんなふうになれる」と、自分自身をロールモデルとして提示し、共感の構造を作り上げていくんです。そして“僕ら”の頑張りを阻む存在としていわゆる“老害”を設定し、攻撃することで、“かっこいい大人”として戦う姿を見せるというわけです。
中島:「自分はこんなに頑張ってきた。できない人は自己責任だ」という成り上がりの自己承認欲求が弱者に対して厳しく向かう従来の新自由主義的な政治家とは違い、石丸氏は応援型。とてもJ-POP的で、〈湘南乃風〉の歌を聞いているような感覚に近いかもしれません(笑)。
また、「恥を知れ、恥を!」といったような老害批判と、「頑張ればできるよ」という若者応援メッセージが一体になっているというのも石丸氏ならでは。
敵を攻撃するだけではなく、それが自分たちの頑張る原動力になるということが一体化して表明されることにより、人々の感情が動員され、彼の支持に繋がっていくという構図です。
伊藤:まさにそうですね。石丸氏の応援動画をたくさん見たんですが、老害批判と若者応援が一体になっている動画が多く、そこに感動型や応援型のBGMがつけられている。
石丸氏の動画を見た人は、「半沢直樹(※7)みたいな石丸さんが、我々のために戦ってくれている。我々が成長するうえで障壁となっている老害を一緒に倒そう」という感覚になり、その応援団と石丸氏で、熱血な応援共同体のようなものができていくわけです。
ここが、クールで冷笑的なひろゆき氏とは違うところ。一見冷笑的に見えますが、実は熱血型なんです。
政策がないからこそ支持された!? 社会への絶望感と石丸支持の関係
伊藤:この石丸現象の背景にあるのが、フォロー関係によらずコンテンツを提供するTikTok型のアルゴリズム。
感動的なBGMがついたドラマのような30秒動画が流れ込み、それを見た人が「こんな人いたんだ!」「面白い」といった発見への驚きのコメントをして、フワーっと動画が広がっていく。
通常、政治的な広がりにはインフルエンサーがいる。一方、石丸氏の場合は、インフルエンサー不在で、面白いコンテンツを作って再生回数を稼ごうとする切り抜き職人たちが作った面白い動画とTikTok型のアルゴリズムが見事にマッチした。
意図したわけではないと思うのですが、彼の応援団たちが結果として上手に活用したわけです。
中島:伊藤先生が石丸現象について分析された論考の中で、石丸氏のメッセージは政治的ではなく、前政治的な領域に対する呼びかけと書かれていました。
つまり、政策や社会の話ではなく、「自分を変えよう」といった自己啓発的な語りなっていて、僕は、これもTikTokと非常にうまく連動し、彼のベタなメッセージがTikTokの中で再生産されていくという構造に繋がったと感じてます。
伊藤:まさしくその通りで、みなさん「石丸さんには政策がない」と批判するのですが、支持者にとっては“政策がないのがいい”んですよ。
例えば、東京都知事選では、蓮舫氏が「若者の手取りを増やす」と言っていて、若者支援ということ自体はいいなと思いました。
ただ、東京都が発注する公契約(※8)を若者を支援する企業に振り分けていくといった内容で、聞いている当事者としては、自分には関係がないように感じてしまうんです。言ってしまえば、発注者の目線なわけです。
じゃあ、石丸氏はどうか。彼は、むしろ「一人ひとりが頑張りなさいよ。その総和として社会全体が成長していくんだから」と言い続けるんです。
社会はずっと停滞していて、よくなるイメージが持てない。いろんな政治家がいろんなことを言ってきたけれど、今更何かをすると言われてもピンとこない。
それなら、社会を変えるよりも、まずは自分をどう変えるかということを言ってくれた方がずっとリアリティがあるんです。だからこそ、石丸氏はずっと自分語りばかりして、政策は語らない。
これが、若い人だけではなく、中年も含めた広い世代が置かれている今の自己責任社会のあり方と非常にうまく合致したのではと思います。
中島:ここ30年間の日本経済の停滞の中で、世の中がよくなる実感はほぼないですよね。加えて、自分が生き残るだけでみんな四苦八苦している中で、例えば政治家に「こんなことしてあげる」と上から目線で言われても「なんだよ。どうせ自分には届かない」と思うのは当然。
それよりも「あなたが変われば」という自己啓発的なシンプルなメッセージのほうが世代を超えてウケたというのが今回の石丸現象の非常に面白いところだと感じています。
みんな政治に何とかしてもらおうと思ってない。政治的なメッセージが空白な新自由主義時代である今を象徴するのが石丸現象なのです。
後編として「彼らが支持される日本の現在地から見据える、新たな社会の在り方」について考えます。そちらもぜひ、ご覧ください。
※1:ネトウヨ|ネット右翼の俗称。ネット掲示板やブログなどで、保守、国粋主義といった立場をとり、反中国、反韓国的な攻撃的なコメントを展開する人。
※2:新自由主義|政府による市場または個人への介入を最小限とする思想。自由競争により、商品やサービスの質向上や、経済の活性化が期待できる一方、社会保証が少ないため、格差や貧困が生まれやすい。
※3:第3号被保険者制度|会社員や公務員の配偶者のうち、年収が130万円未満で、扶養されている20歳から59歳までの人が、自ら保険料を支払わなくても基礎年金を受け取ることができる制度。
※4:リクルート事件|〈リクルート社〉会長の江副浩正が自社の政治的・財界的地位を高める目的で、グループ企業〈リクルートコスモス〉の未公開株を、政治家、官僚をはじめ経済界やマスコミ界の実力者にばらまいた汚職事件で、政治とカネの関係を正すきっかけになった。
※5:東京佐川急便事件|自民党・経世会(竹下派)の金丸信会長が、〈佐川急便〉から5億円の闇献金を受領した汚職事件。
※6:小泉構造改革|「聖域なき構造改革」をスローガンとして掲げ、郵政民営化、道路関係四公団の民営化、政府による公共サービスを民営化などにより削減。いわゆる「官から民へ」、また、国と地方の三位一体の改革、いわゆる「中央から地方へ」を改革の柱とした。
※7:半沢直樹|TBS系列「日曜劇場」枠で放送された、池井戸潤の小説「半沢直樹シリーズ」を原作としたテレビドラマの主人公。バブル経済末期に大手都市銀行の東京中央銀行に入行した銀行員・半沢直樹(堺雅人)が、組織や体制に挑み、奮闘する姿を描いている。
※8|公契約|国・地方自治体が行政目的を遂行するために民間企業や民間団体と締結する契約。
illustration_Natsuki Kurachi text&Edit_Hinako Hase