【起業家・ハヤカワ五味さんインタビュー】持病を打ち明け、パートナーと信頼関係を築くためにできること
活動的になる躁状態と、気分が落ち込むうつ状態が繰り返される「双極性障害」。100人に1人が発症する精神疾患と言われていて、起業家・ハヤカワ五味さんも双極性障害を抱える1人だ。
精神疾患があることで、恋愛や結婚を諦める人もいる。そんな中、ハヤカワ五味さんはどのように恋愛をして、パートナーと関係性を構築しているのだろうか。2024年に結婚を発表した彼女に、双極性障害を抱えた上でのパートナーとの過ごし方について話を聞いた。
持病を持っていることで恋愛を消極的に考えてしまう女性に、届いて欲しい。
1995年、東京都生まれ。双極症Ⅱ型。高校生の頃からアクセサリー類等の製作や販売を行い、多摩美術大学入学後にランジェリーブランド〈feast〉を立ち上げる。2019年からは生理から選択を考えるプロジェクト〈ILLUMINATE〉を立ち上げ、2022年にM&Aでユーグレナグループにジョイン。同年に〈feast〉を㈱ブルマーレに事業譲渡。2024年7月から、某社で生成AI関連の仕事。週末は、趣味のコスプレに必死。
当初は彼に深刻度が伝わりづらかった
──お付き合いをしたキッカケについて教えてください。
「出会いはマッチングアプリです。初めて会った日に2人でラーメンを食べて、それ以降、何度か会ううちに落ち着いているところや、価値観や仕事観も含めて人として尊敬できるところに惹かれていきました。
すぐにお付き合いしても良かったのですが、変に時間を使うのはリスペクトがないと思って、交際前に長時間一緒にいるタイミングを作ってから結婚前提に付き合おうと話し合ったんです。それで、片道3時間くらいかかる山形へ旅行をして、お互いに違和感がないかを確認した上でお付き合いを始めることにしました。そして約半年の交際期間を経て、結婚しました」
──持病の双極性障害のことはいつ頃パートナーさんにお話したのでしょうか。
「自分的には付き合う前に一番すり合わせたいポイントでしたし、山形旅行をする前くらいに話したのかな。
旅行の計画を立てる前に「これは伝えておかないとフェアじゃないと思うから」みたいな前置きをして、LINEで伝えました。
──そのとき、パートナーはどんな反応でしたか。
「最初は『そうなんだね』ってくらいの薄い反応でした。
双極性障害は、自分の中では『症状が出たら面倒だけど普段は大丈夫』みたいな花粉症的な持病の一種と考えている部分もありますが、その一方で一歩間違えれば命に関わる病気でもあります。
最初は、そのような持病の深刻度が伝わらず、少しすれ違うこともありました。例えば、私は病気が悪化しないために薬を飲み忘れないことを大切にしています。花粉症の人なら体がきついから薬を飲むことを忘れにくいと思うけど、双極性障害の場合は調子がいい時だと忘れやすくて。そういったことって、病気の治療経験がない人からしたら理解が難しいんですよね。その温度感が伝わるまでには、なかなか時間がかかったなと思います。
そこで《Notion》で私の取扱説明書を作って、薬飲み忘れてないかを一緒に見てほしい、こんな症状が出たらこうして欲しい…みたいなことを彼にリクエストしました」
行動を相手に任せない
──取扱説明書を拝見しましたが、対応方法がかなり具体的ですね。特に、症状が出た時の緊急連絡先として友人の連絡先や病院の電話番号も書いてあることが印象的でした。
「ほかにも、9時間以上寝ていて起きない、シャワーを浴びなくなる、身だしなみを整えなくなる…そんな状態になった時には、こう対応してくださいってことが書いてあります。
今までお付き合いした人には、口頭やLINEのノート機能で伝えてたりはしたんですけど、口頭だと誰も覚えてないし、LINEのノートも機能しなくて。
多分、仕事のマニュアルと一緒で、トラブルがあった時に見ることを想定して作った方がいいのかなと思ったんです。今までは『こういうことがあるので注意してください』くらいにしていたのですが、Notionで作った取り扱い説明書は『こういう状況だったら、こうしてください』って行動の判断を相手に任せないようにしました。 小学生であっても、日本語が読めればその通りに動ける内容になったと思います。
このような対処方法って、真剣に治療をしていたら本人の中で確立されてフォーマットが決まっているし、双極性障害の場合は過去の事例などもあるので作りやすかったです」
──パートナーさんはこの取扱説明書通りに対応してくれますか。
「そうですね。薬を飲んだかの確認もしてくれますし、この前、生成AI関連のツールにドハマりして深夜に作業しようとしたら、止めてくれたりもしました。
自分の場合、生活習慣を崩すと良くないので、絶対に寝る時間と起きる時間はズラさないようにしたいんです。『もう休んだ方がいいんじゃないか』『仕事を減らした方がいいんじゃないか』みたいな感じで声をかけてくれると助かります」
多くの人が不安をパートナーに直接伝えられるわけではない
──とても理解してくれてるんですね。でも、そんな関係性に行き着くまでに、大変だったことはあったのではないでしょうか。
「結婚を具体的に考えはじめたタイミングで、彼が『双極性障害の人が結婚して子供を育てられるのか』『子供に遺伝しないのか』などを不安に感じていたことが分かって、当時は大変でした。
その時は、私の友人が間に入って彼の悩みを引き出して聞いてくれたり、医学的な知見もある人だったので遺伝についても説明してくれたりしたんです。ただ、それらの不安の中には事前に私に聞いてくれていたら、解決できた話もありました。
以前から週次で振り返り会をとっていたのに、それでも出てこなかったので、場があれど私に対して話しづらいこともあるんだなと新しい気づきがありました。
悩みを全て2人で解決することは難しいとわかったので、それ以降は周りの友達との接点を積極的に作ったり、2人ではなくコミュニティとして悩みが解決できるような仕組みを作っていきたいと思いました」
──週次の振り返り会では「不安に思ってることはある?」と、パートナーからヒアリングしていたのでしょうか。
「『不安に思ってることないの?』と聞いて、不安に思ってることを具体的に言える人って上級者だと私は思ってて。会社の中とかでも、それがスムーズに言えたら何の問題もないじゃないですか。なのでヒアリングするというよりは、普通に話していくなかで、相手が気にしてそうなものを拾ってあげたり、察してあげたり見つけたりするという感じです。
そんなことをしなくても思ったことを話し合える夫婦はいると思うんですけど、私たちの場合は、明らかに私の方が発言力が強いのが特殊ケースだと自認しています。それがわかってるからこそ、私から積極的に歩み寄らないといけないと思っています。
夫婦といえど「他人」
──お相手はハヤカワさんの持病のサポート、ハヤカワさんはパートナーのモヤモヤを察して動く努力、お互い支え合ってる感じで素敵です。特に、結婚生活の中で大切に思っていることはなんですか?
「相手も一個人であることを忘れずに尊重することですね。
周りで破綻した関係性を見て思うのが、よく自他境界が曖昧な人っているじゃないですか。パートナーも自分の一部のように感じている人。そうなってしまうと関係性が悪くなると思ってます。
夫婦といえど、他人。なので、自分と違う価値観かもしれないし、嫌なことがあるかもしれないし、一緒であることを強要しない…みたいな考えがすごく大事なのかなって。
ご家庭でも色々あると思うんですけど、私たちの場合だと、趣味の合致は求めてません。彼は1人で筋トレをしにジムへ行って、私は友達とコスプレをして…と、完全に分けてるんです。 お互い『一緒に来てよ』みたいな感じも一切ない。程よい距離感っていうのは大事にしてます。
いきなり完成度の高い、自分の取扱説明書を作るのは少し難しいかもしれない。しかし「こうなった時はこう対処してほしい」とテキストで相手に提案するだけでも、関係性が良くなる気がした。
自分の特性や相手の特性を理解し、噛み合わないところがあればどうすれば良いのかを思考し、改善する。そんなことを繰り返していく中で、心地よいパートナーシップを築けていけるのかもしれない。
text_Maori Kudo photo_Wataru Kitao