馬との暮らしを実現するために、家を建てることを決意。文筆家・佐々木ののかさんの選択【前編】|私を生きる、ワタシの選択 Vol.6
結婚や妊娠、家庭とひと口に言っても、その在り方は人それぞれ。“普通”とされる選択“じゃない方”がしっくりくる人だってたくさんいる。そして、そのどれもが正解であり、自分らしい生き方。カップル間でのコミュニケーションや心理学を学んでいる、工藤まおりさんが、そんなあらゆる価値観や選択を掬い上げ、言葉として綴ります。今回は、東京を離れ、北海道へ移住というを選択をした、文筆家・佐々木ののかさんに話を伺いました。
コロナ禍をきっかけにリモートで働くことができる企業が増え、移住を考える人も少なくない。しかし、住み慣れた土地を離れるには相当な覚悟が必要だ。仕事の人脈は?新しい土地での人間関係の構築はどうするのか?そして重要な決断をした先に、人生がどう変わっていくのだろうか。
文筆家・狩猟者の佐々木ののかさんは、2021年に東京から北海道に移住。現在はシングルで子育てをしながら、猫2匹と馬一頭とともにに生活している。
前編では北海道に移住を決めた理由、後編では地方でのコミュニティ形成について話を聞いた。
一時の休息のつもりで、故郷・北海道へ
──まず、東京から北海道への移住を決意した理由を教えてください。
「“移住”というほど、立派な覚悟や計画性はなかったんです。2021年に北海道へ引っ越したんですけど、当時一緒に暮らしていた人との同居をスタートさせてから、1ヶ月半で解散してしまったのが大きな理由です。住み慣れたお気に入りのアパートも解約して、家具もすべて捨ててしまったあとだったので、同じ場所でまたスタートをする元気がなかったんです。行く場所もなくなったし、一旦ちょっと実家に戻ろうと思い、地元・北海道に帰りました」
──引っ越した当初は、移住することは考えていなかったんですね。
「そうですね。当初は、東京に戻るためのエネルギーを充電するために一時的に実家に帰るという感じで、元気になったら絶対東京に戻るぞという野望があったんです。
でも、その野望も1年ほどで薄れていってしまいましたね。北海道で何とか楽しく暮らしたいと、あれこれ試行錯誤するうちに北海道での暮らしが結構気に入って、移住した2年後に馬も迎えて。家を建てる頃には戻りたいという気持ちはほとんどなくなりました」
──北海道に移住することに対して、仕事に対する不安はありませんでしたか?
「なかったですね。というのも、引っ越した当時は住む家がなくなってそんなことを考える余裕がなかった、というのが正直なところですが(笑)。でも実際に移り住んでみたら、コロナ禍ということでリモートでインタビューさせていただく機会が増え、東京にいた時よりも仕事が増えました。移動の時間を全て作業時間に充てられるようになったので、収入も安定したんです」
馬と一緒に暮らしたくて移住を決意
──佐々木さんは、もう東京に戻ることは考えていないんですか?
「移住した2年後に馬を迎えることにして、家を建てて、東京に戻りたいという気持ちはほとんどなくなりました。でも、一生ここに骨をうずめるという感じでもないので、今後はどうなるかわからないです。もしこの先、出会ったパートナーの希望や子供の進学の都合で、移り住まなきゃならない理由があれば引っ越すかもしれません」
──当初東京に戻ることを希望していたのにも関わらず、なぜ家を建てることにしたのでしょうか?
「馬と一緒に暮らしたかったんです。通っている乗馬クラブのオーナーさんが、家で馬が飼えるようにとたくさんサポートしてくださったので、使っていなかった亡き祖母の土地を譲り受け、馬と住むための家を建てることにしたんです」
──馬のために家を建てたんですね。佐々木さんの意識をそこまで変えた馬って、どんな魅力があるんですか。
「数年前に銀座の〈エルメスギャラリー〉でシャルロット・デュマの馬の映像作品を観て、与那国馬とその土地で暮らす人々の関係がとても親密で、羨ましいなって思ったんです。乗馬クラブに入会してからは元気がなくなるたびに馬に会いに行ってたんですけど、その度にすごく癒されたんですよね。愛嬌があるけどちょっとずる賢い部分もあったりして、人間模様ならぬ、馬模様が見えたりして。あと、本気で向き合わないと力が強くて吹っ飛ばされるじゃないですか。そんな部分に人間との対等さを感じるんですよね」
人付き合いの幅が減って、気楽になった
──東京から北海道に移住して、生活はどんなふうに変わりましたか?
「経済面も食生活も、人間関係も大きく変わりました。
東京にいたときは、毎日のように呑みに行ったり、髪の毛を赤く染めて派手にしたり、ネイルに毎月通ったり、整体やカウンセリングに通ってたり…固定費がめちゃくちゃ高かったんです。
でも移住してからは自分へ投資する場所が少ないので自然とお金を使う機会も減って、代わりに猫や馬など自分以外の存在に時間とお金を使うようになりました」
──食生活や人間関係は、どうですか?
「東京にいた時は、本当にひどい食生活でした。23時まで仕事をして、そのまま呑みに行くか、スーパーに駆け込んで深夜にお惣菜を食べて寝る、みたいな生活だったんです。
今は18時頃までには夕食を終えています。夏場は家の庭で育てた野菜を食べる機会もありますね。
人間関係は、本当に仲の良い友人と週に1回電話でするかしないかで、ときどき家に人を招くくらい。人付き合いの幅が狭くなりましたが、個人的にはちょうど良いです」
──東京での生活に比べると、正反対くらいに大きく変わったんですね。
「今の生活に華やかさはないかもしれないですが、心は穏やかになりましたね。その代わりに、東京にいた時のような刺激は失いましたが(笑)」
──もの足りなさを感じることはありませんか?
「テンションが上がるのはやっぱり東京なんですけど、精神的に安定するのは今の家です。東京に住んでいると、すごく楽しすぎて、テンションがどんどん加速して苦しくなっちゃう時もあるんです。もちろん今でも東京が好きだし、行ったらここに住みたい!って思うんですけど、その楽しさや刺激が疲れちゃう時もあるので。数ヶ月に一回くらい東京に行って刺激をもらって帰ってくる、くらいが今はちょうど良い感じがします」
一時的に北海道へと引っ越したつもりが、馬と一緒に生活するためにそのまま定住することになった佐々木ののかさん。では移住先では、どのように新しい人間関係を構築していったのか。
後編記事では、移住先でのコミュニティ形成について話を聞いていく。