嵐と希望の日々を綴った作家のノンフィクション。/第14回 ヒコロヒーのナイトキャップエンタメ
『くもをさがす』
この本のことをなんて紹介したらいいのか本当に悩む。カナダ在住時に乳がんが発見された西加奈子さんの、闘病と日常生活に対する思いが綴られている本作。しかしこれは病気の経緯を記した、いわゆる「闘病記」ではまったくないのだ。もちろん病気のことで傷つき落ち込む日々のことも書かれている。でもそれ以上に、筆致からはご本人の面白さや明るい人柄の方が伝わってきた。それに、出会った外国人との会話文がすべて関西弁で書かれているところにもユーモアが感じられる。移民や外国人に寛大なことで知られるカナダ。そこに集う人々の陽気さやフレンドリーさを思えば、関西弁話者のような語り口になっていても違和感はない。西さん自身、そんな異国の友人らの心根に救われていたことだろう。
病気は大きな出来事ではあるけれど、長い人生の一部分であることに変わりない。私は本作を読んでいて、西さんという人が他者に対してどれだけ美しいまなざしを向けているかということに一番感動した。それは西さんが自身の人生をかけて培ってきたもので、その思考の断片を知れるところにも本書の重点が置かれているように思う。死生観は人によって異なるだろうけれど、この本に描かれるそれは、兎にも角にもむきだしで、それでいて美しい。死を意識せず生きているあいだのこと、意識してからのこと。ひとつ、こういう本に出会えて良かったと思う。