夏子の大冒険 〜ちいさな美術館をめぐる旅〜 ワタリウム美術館の『梅津庸一展 ポリネーター』へ。「怖いのだけれど、ときめくもの」編
渋谷区の外苑西通り、通称 “青山キラー通り” と呼ばれる少々トリッキーな名の通りに〈ワタリウム美術館〉は位置しています。「ワタリウムってどこにあるんだろう」と思いながら、今まで何度も前を通ってきた無機質な建物が、それでした。1階にはお洒落なショップが併設されていて、とても美術館のエントランスのようには見えません。ちなみに、ワタリウムという名称は、館長・和多利(わたり)さんのお名前が由来になっているのだそう。今回は、私ひとりではたどり着くことのできなかった念願の地に潜入してきました。
魅惑の、梅津さんワールドへ。
国内外の現代アートを展示する「私設」の美術館に並ぶのは、美術家・梅津庸一(うめつ・よういち)さんの作品たち。滋賀県信楽町にこもって制作したという『花粉濾し器(かふんこしき)』や、ご自身の裸体を描いた『フロレアル』など、梅津さんの表現は、いずれもひと言で感想を述べるのが難しい、奥深いものばかりです。作品に関する「解説」が一切ない自由な空間の中で、ふと私は、幼少期のことを思い出していました。
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「怖いのだけれど、ときめくもの」
子どもの頃、近所に、いわゆる芸能人が住んでいた。彼は明らかに周りと違っていて、お洒落なハットを被り、サングラスをかけて、尖ったブーツを履き、長いストールを首に巻いていた。いつも上裸で過ごしている父(サーファーなのです!)が、世の男性のすべてだった私にとって、そのお洒落さが分からなかった。だから、彼に遭遇した日には必ず母に「今日も変な人がいた!」と報告していた。
今になって、自分もそのなんだか分からないものへの恐怖の眼差しを向けられることが多くなった。私は明るいのが苦手で、昼夜を問わず薄暗いサングラスをしている。毎日だるんと長いワンピースを着ているし、年がら年中、帽子ばかりを被っている。街でお店から出てきた私をみた母に「ジョン・レノンみたいだね」と言われた。
子どもたちは私とすれ違う時、怯えた眼差しで、しかし決して目は逸らさず、私のことをじっと見つめながら通り過ぎていく。その気持ちはすごく分かる。分からないものは魅力的なのだ。私だってあの「変な人」と出会う度、ビクビクしながらも、いつも違う色のストールを横目でチェックして、たしかにちょっとワクワクしていた。
アートも、分からないものの代表ではないかと思う。美術館に行って、一体何が分かったのかと問われれば、大変心細い気持ちになるだろう。作品を見るよりも前に、血眼になって解説を読んでいる人は、思いのほか、多い気がする。でも私は、果敢に分からないものの元へ向かう。だって分からないものは怖いのだけれど、何よりときめくと知っているから。
でなければ、こんな連載をしたいなんて申し出はできない。美術館で取材をし、それをもとに文章を書く。しかもまったく関係のないことを書いていることの方が多い。当然、原稿は美術館の担当者に読まれることは理解している。アートは分からないし、文章を書くのは未知である。大変怖い。
でも、そんなものを読んで、「よく分からないけど、なんだか楽しそう」なんて誰かの分からないものへの敷居を少しだけ下げられたら、という思いでこの連載を始めたことを思い出した。そうだ、これは分からない者が贈る、分からない賛歌だったのだ。だから私は、今日も “分からないときめき” を求めていたい。
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今回訪れたのは…〈ワタリウム美術館〉
『梅津庸一展 ポリネーター』には、花粉にまつわる作品が展示されています。驚くべきは、展示室の内装まで梅津さんご本人が手掛けていること。淡いパステルカラーの部屋に並ぶたくさんの作品は、“分からないのだけれどときめく” ものばかりで、何時間でも眺めていられる魅力的な世界観でした。
〈ワタリウム美術館〉
■東京都渋谷区神宮前3-7-6
■03-3402-3001
■11:00~19:00
■月休(12/31〜1/3は閉館)
■入館料1,200円
※『梅津庸一展 ポリネーター』の公開は、1月16日(日)までです。