連載「拝啓、〈星〉へいらっしゃいませんか?」 日本人がキュレーション!【シンガポール】ビデオゲームの可能性を広げる体感型アート展『Virtual Realms: Videogames Transformed』へ。
結婚を機にシンガポールへ移住することになった元Hanako編集者女子による、星(=シンガポール)通信。第34回は、ゲーム開発会社・Enhanceの代表を務める水口哲也さんをゲストキュレーターに迎え、ビデオゲームの世界観を21世紀のアートに進化させる試みの企画展、『Virtual Realms: Videogames Transformed』を訪れました。
こんにちは。数ある人気スポットの中でも、私がもっともよく訪れる場所。それはアートと文化、科学技術の融合を目指すマリーナベイ・サンズの「アートサイエンス・ミュージアム」。2016年からウルトラテクノロジー集団「teamlab」の常設展を開催するなど、メディアアートとの親和性が高いミュージアムとして知られているこちらで、2021年6月より、新たなメディアアートの企画展が始まりました。
その名は『Virtual Realms: Videogames Transformed』展。ゲーム開発会社・Enhanceの代表を務める水口哲也さんをゲストキュレーターに迎え、ビデオゲームの世界観を21世紀のアートに進化させる試みの企画展です。
本展では、世界で活躍するゲーム開発者6社とメディア制作スタジオ6組がペアを組み、6点の没入型インスタレーションを展示。各作品では6つのテーマ(シナスタジア、ユニティ、コネクション、プレイ、ナラティブ、エブリシング)が、1つずつ表現されています。
「企画展の立ち上げ時、まずは興味を持ってもらえそうなゲーム開発者にアプローチをしました。その際、ゲームが持つ、どういうエッセンスをメディアアート化したいか、と彼らに尋ねたところ、彼らから出てきたコンセプトが、ほぼそのまま、この6つのテーマになっているんです。ゲームを通して人と人や、視覚と聴覚などが結合(ユナイト)していく様子、手ざわり感のある戯れのような遊び(プレイ)など、現代のゲームが持つ顔・側面・機能・魅力を切り取りました」(水口さん)
ビデオゲームを、人と一緒に実体験しているかのよう
水口さんは、本展のキュレーションと並行し、シナスタジアのセクション(共感覚)にて、メディアデザイナー・Rhizomatiksとコラボレートしたインスタレーション『Rezonance(2021)』の発表も行っています。本作は、シナスタジア的な体験の可能性を追求して生まれたものだそう。
「インスピレーション源となったのは、ゲーム作品『Rez』。Rezは、電脳空間の中でウイルスを駆逐し、世界を浄化しながら、心地よいものに変えていくという音楽シューティングゲームです。プレイを通じ、効果音は音楽へと変化していき、音楽とビジュアルが呼応し、音楽は振動に変わっていく。自分に音楽のセンスがあると錯覚を起こすような作品なんですが、この体験は、あくまでもプレイする個人に集約されるもの。他人と共鳴しあう体験ではないんです。よってメディアアートとコラボレートすることで、複数の人が共鳴し、大きなレゾナンス(共振)を起こすような作品へと拡張させたいと考えました」(水口さん)
そこでRhizomatiksとともにオーディオや触覚、インタラクトなどさまざまな発想について議論を重ね、円形のスクリーンを床に敷いた空間をつくり、観覧者を、この空間を巡る「旅人」という位置付けにすることを考案しました。
一度に4名の旅人が参加でき、それぞれが球体を手に、スクリーン上を動き回ると、彼らの動きに呼応して音が奏でられ、足元のスクリーンはきらめき、手中の球体は輝きを放ちます。光と、脈打つようなリズミカルなビートに包まれ、自分がその一部となったかのように感じる作品です。旅人たちは、こっちに進むとどうなるか、こんな風に球体を動かしたらどうなるか、など、まずは自分ひとりであれこれ検証を重ねます。しかし、互いに行動を共にすることで大きな変化がもたらされることに、次第に気づいてゆくのです。
「発見があって、応用をする。今度は能動的に試そうとする。そうすることで派生やレンジが生まれて、世界が広がっていく。ビデオゲームならではの面白さって、こういうところにあると思うんです。Rezonanceで、この楽しさを体感いただきたいですね」(水口さん)
実際、私が本作に参加した際、メンバー4人は一緒に観覧に来ていた者同士ではなかったため、最初は非常によそよそしく、互いに距離をとって動いていました。が、音と光を追いかけ、夢中になるうちに打ち解け、4人で動きを合わせて光を集中させることも。作品との一体感だけでなく、旅人間での一体感というか、きっと我々は今、同じことを感じているんじゃないかな? という確信にも似た感情すら芽生えました。
また、特に具体的なストーリーが示唆されているわけではないものの、音楽が時に穏やかに、時に激しく壮大に変化するため、旅人それぞれが心の中に物語を描くことができ、ビデオゲームの冒険をしているかのようなドキドキ感もありました。
ビデオゲームの立体化。制約がなくなり、制作自由度が上がる一方……
ビデオゲーム=画面の中の世界。それを立体化し、体感できるものにしたのが本展なわけですが、2Dを3D化するのは、簡単なことではなかったと水口さんは話します。
「2Dのビデオゲームには、画面という枠の制約があります。『こういう空間が広がっていてほしい』という作り手の気持ちがあったとしても、それを四角い画面に収めなければならない。しかし360度を見渡せるバーチャルリアリティ(VR)の出現で、その制約がなくなりました。制作の自由度が上がる一方、制作側の意図ではなく、体験者の主観を基に行動が発生するので、それに対応する世界を構築する必要が出てきました。今回の企画展では、ミュージアムの空間を観覧者が自身の意思で動き回るだけでなく、その動きに応じて変化が起こるインタラクトの要素も加えることになりましたし、まったく新しいメディアやアートを作るのではなく、ビデオゲームでなくてはならないので……難しくもあり、大変でもあり、幸せな制作でした」(水口さん)
その他のセクションも、「体験」要素がいっぱい
たとえば「プレイ」のセクションでは、観覧者はトラッキングヘルメットと呼ばれる黒いヘルメットをかぶり、三角錐や四角柱など幾何学型のツールを抱えてゲームに参加します。動き回り、ツールを振り回すと、壁に映し出される映像が連動して動く仕組み。映像内の高いところにある光の点にタッチすべく、参加者同士で協力プレイをするなど、ビデオゲームらしい遊び要素にあふれています。
また「ナラティブ」では、観覧者がスポットライトの当たる場所に立つと、それに応じてシーンが展開します。自分や、ほかの観覧者の動き次第でストーリーは異なる展開を迎えるため、永遠に続く物語(ナラティブ)を感じることが可能。
名だたるゲーム開発者とメディアアーティストが参加し、たとえビデオゲームに詳しくない人でも楽しめる、充実した体感型アート展となった本展。その準備期間中、新型コロナウイルスの影響から、チームで集まって議論・作業ができないこともあったと言います。
「ミュージアムの空間をVR上につくり、そこに試作してシミュレーションしてみたりしたんです。そこで何か月もかかって検証したことが、実際に集まって試してみるとすぐに解決される、なんてことが多々ありました。少ない情報で問題解決をはかる一連の作業は、火星に探査機を送って作業をするような思いでしたね」(水口さん)
パンデミックを乗り越え、ようやくお披露目に至った本展は、2022年1月まで開催予定。シンガポールは、現在、外国人の入国が未だ制限下にあります(2021年8月4日時点)。とはいえ、ワクチン接種が急ピッチで進んでおり、年末までに旅行での渡航再開予定との話が持ち上がっていますので、再開を果たした暁には、ぜひとも足をお運びいただきたいです!(1月以降は世界を巡回予定なので、日本でお披露目となる可能性もありそうですが)
ちなみに私、その昔は、ひとたびRPGで旅立てば、一晩中でも冒険を続けてしまっていたタイプです。どっぷりハマってしまうので、ここ最近はビデオゲームを控えていたのですが……本展により触発されまして、夜な夜なピコピコする日が再び始まりそうな予感がしています。
『Virtual Realms: Videogames Transformed』展
■会期:〜2022年1月9日
■場所:アートサイエンス・ミュージアム(6 Bayfront Avenue, Singapore 018974)
■時間:10:00〜19:00(最終入館時間18:00)
■料金:一般チケット 大人SGD19(シンガポール居住者は大人SGD16)