まちをつなげるパン屋さん by Hanako1191 日本一を目指すベーカリーが東京に上陸!初めて出会うパンが揃う〈中村食糧〉へ。
パンラボ・池田浩明さんによる、Hanako本誌連載「まちをつなげるパン屋さん」を掲載。今回は、9月に東京に上陸したベーカリー〈中村食糧〉をご紹介します。
未来のベーカリーが和歌山からやってきた。
「いままで出会ったこともないようなパンを焼くシェフがいる」噂を聞いて訪ねた和歌山の〈3ft(サンエフティー)〉。中村隆志シェフはぶっ飛んだ人だった。看板はなし。パンは見本を飾ってあるだけ。現金も使えない。常識に合わせようなんて気はさらさらないようだ。パンはハード系。それが、ぷるんぷるんふるえたり、じゅわーととろけたり、ぶどうのような香りがしたり。一口食べると、「おいしい」と「びっくり」がいっしょにきて、思わず笑ってしまう。そんな突き抜けたパンだ。
厨房に日の丸を貼っていた。「日本一のパン屋が目標です」冗談のようだったが、私はそれを信じることにした。彼のパンを野球に例えれば、コツコツ当てにいくタイプではなく、芯を食えばボールが場外まで飛んでいくようなでっかいスイング。その心意気やよし、である。そんな彼がこの9月、突如〈中村食糧〉と店名を変え、東京に進出を果たした。「東京を経験してみたくて。若いうちしか来られないでしょうし」強豪ひしめく東京で、どこまで通用するのか腕試ししたくなったのだろう。幸先は上々。すでに開店前から行列ができる人気だ。
中村さんのパンを表すキーワードは「溶かす」。中村さんは生地を長時間熟成させる。17℃という高めの温度帯で、パンの骨格を作る小麦の中のタンパク質はどんどん溶けていく。溶けるとともにやわらかくなって、あのぷるんぷるん揺れるような食感、じゅわーと溶ける口溶け、そしてハード系としてはありえないほどの甘さが生まれる。タンパク質が溶けすぎれば、パンとして成立しない。それをぎりぎり寸止めして紙一重でパンにするから、こんな奇跡のようなパンになるのだ。
オープン直前の厨房に入って気になったことがある。日の丸がなかったのだ。それを尋ねると、「そうそう、あの日の丸、持ってこないといけないですね」日本一の夢は、まだ追いつづけている。
〈中村食糧〉
清澄庭園脇にオープン。高加水の新食感ハード、セミハード計十数種を4種の自家培養発酵種を使って焼く、中村隆志シェフの未来系ベーカリー。
■東京都江東区清澄3-4-20
■10:30~15:30火水休
※イートインなし
池田浩明(いけだ・ひろあき)/パンラボ主宰。パンについてのエッセイ、イベントなどを柱に活動する「パンギーク」。著書に『食パンをもっとおいしくする99の魔法』『日本全国 このパンがすごい!』など。 ■パンラボblogpanlabo.jugem.jp
(Hanako1191号掲載/photo:Kenya Abe)