まちをつなげるパン屋さん by Hanako1178 どん底の自分を救ったパンで人を喜ばせる。人に寄り添うベーカリー〈nichinichi〉へ。
パンラボ・池田浩明さんによる、Hanako本誌連載「まちをつなげるパン屋さん」を掲載。今回は、新百合ヶ丘にある〈nichinichi〉をご紹介します。
どん底の自分を救ったパンで人を喜ばせる。
小学生の頃から夢は芸人。18歳で養成所に入った。そこで見たお笑いの世界の現実。自分よりおもしろい先輩が、40、50になっても光が当たらず、バイトしている。そんな生き方をできる自信もなければ、輝かしい未来も描けない。24で芸人の道をあきらめた。喪失感。
寝ても覚めてもついネタばかり考えてしまうが、発表する場所はもうない。生きる意味を見失い、すべての人との連絡を絶って、閉じこもった。何も食べず、体重は20キロ減った。心配した彼女が訪ねてきて、何度もドアを叩く。会いたくなかったが、心配させたくなくて、ドアを開けた。
彼女が買ってきた、たくさんの食べ物。食べるふりをして帰ってもらおうと、ふと手に取ったパンをひと口頬張る。「なんだこれは!」。体中を満たしていく幸福な感情。その瞬間、パン職人・川島善行が誕生した。
有名店の厨房で、現場責任者として目立つ存在だった彼に「川島さんのパンが食べたい」と私は伝えた。彼は生真面目にも悩んだ。「俺のパンってなんだろう?」シェフとして独立するとき、自らが上がる舞台として選んだ、新百合ヶ丘の丘の上は、4人家族が多い場所。イメージした4枚の食パンを表す「日日」を店名に。
子供でも食べられるよう、もそもそを感じさせないほど耳が薄い食パンを焼けないか?水分は通常の倍近い90%以上。あまりにもやわらかく、形を保ったまま持って帰れないため箱に入れた。川島さんの狙い通り、「nichinichi食パン」は、子供に大人気の名物となり、人気店になった。そうなのだ。お客さんに何がよろこんでもらえるか考え抜く。それが芸人の頃と変わらない、川島善行のやりたいこと。
洗わず食べても安心の栽培で地元のシェフから大人気。
〈市川進養鶏場〉の黒川卵で作る「だし巻きサンド」など地元産の素材も積極的に使用。「しんゆりフォカッチャ」にのる四季の野菜は、〈いのうえのうえん〉から。いっしょに店頭でマルシェ、畑でパーティを開く。地元の人たちを共によろこばせる仲間だ。
傘みたいな葉っぱを引っこ抜くとでっかい京芋!見たことのない野菜ばかり、なんと100品種以上も減農薬で栽培。「いちばんおいしいとれたてを食べてほしいから、売り先はほぼ地元です」。
・いのうえのうえん〈柿生野菜生産者直売会〉(神奈川県川崎市麻生区万福寺1-13-10日休)で買えるほか、地元で多くのマルシェに出店している。
〈nichinichi(ニチニチ)〉
子供が大好きな菓子パン、ふわふわ食パン、地元野菜の惣菜パン、本格的ハード系。家族が好きなものがなんでもそろう。
■神奈川県川崎市麻生区万福寺4-8-4 ペルナ101号
■044-819-6631(新百合ヶ丘)
■10:00~18:00、土日祝9:00~19:00(なくなり次第終了)
■不定休
池田浩明 いけだ・ひろあき/パンラボ主宰。パンについてのエッセイ、イベントなどを柱に活動する「パンギーク」。著書に『食パンをもっとおいしくする99の魔法』『日本全国 このパンがすごい!』など。 パンラボblog
(Hanako1178号掲載/photo:Kenya Abe)
☆前回のパン屋さん〈VANER〉はこちらから。