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それぞれの夫婦とパンの物語。 【全国】夫婦で作るベーカリー8軒。新たなスタートに選んだのは、こだわりが詰まったパン作り。
住宅街の中でひっそり営むベーカリーは、地域の人たちのパワースポットでもある。大量消費とは違う、こだわりと想いが詰まったパンとお店を作り出す。そんな人生を歩むことを決めた夫婦で作るベーカリーに注目しよう。
〈にちりん製パン〉/神奈川
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「地元の人の日常使いのパン屋でありたい」と話す、店主の津野大吾郎さん。鎌倉の〈キビヤベーカリー〉で修業した後、奥様のこずえさんの応援もあって北鎌倉で小さなお店を始めた。元酒屋だった店舗を数軒先の設計事務所にお願いして改装。そこに古道具のショーケースやテーブルがしっくりはまる。
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人気商品の動物パンは「はりねずみ」と「猫」の2種各230円。
津野さんのこだわりは、とにかく質のいい素材を使うこと。「パン屋の味は技術が半分、後は生産者さんが作る小麦です」。国産の小麦と北米のオーガニック強力粉を使い分け、地元の湘南小麦も取り入れている。特に全粒粉は厨房で挽き、フスマを商品に使うことも。またオーガニックレーズンで作る自家製酵母で発酵を促し……と、とにかく手間を惜しまない。それが、小麦の味が生きたパン生地に繋がっている。
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〈にちりん製パン〉
■神奈川県鎌倉市山ノ内1388
■0467-67-3187
■11:00 ~17:00 木金休(休みの情報はFacebookで確認を)
〈央製パン堂〉/千葉
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のどかな住宅街に現れる真っ白な一軒家。この1階にベーカリーを作ったのが梅澤夫妻。元々、〈浅野屋〉でパン職人として働いていたご主人の和矢さんと、販売をしていた奥様の正恵さん。念願のオープンは2015年の5月。
「この辺はパン屋が少ない地域で。地元の人に愛されるパン屋にしたいんです」と、地元の流山でお店を構えることが昔からの夢だったというご主人。その言葉通り、開店1年足らずで住民が足しげく通うお店へと成長。また、週末には県外からのお客も多いそう。
カフェのような自然光がたっぷり入る店内。壁は自分たちで仕上げたりと細部までこだわりが。
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店内右側に厨房も見渡せる棚が。食パンやバゲット、カンパーニュなどの食事パンが並ぶ。
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ゴルゴンゾーラチーズをカンパーニュの生地で巻き込み焼き上げた「ゴルゴンゾーラはちみつ」280円(税込)。仕上げにかけるハチミツとチーズが相性ぴったりの大人に人気のパン。
〈央製パン堂〉
■千葉県流山市中307-3
■04-7150-2066
■9:00〜16:00(売り切れ次第終了)
日月休、ほか臨時休業あり
〈ソーケシュ製パン×トモエコーヒー〉/北海道

原野の中にある古いドライブインに古家具を置き、ベーカリーカフェに改装。今野祐介さんが薪窯でパンを焼き、妻のともえさんが、東京の名店〈カフェバッハ〉で使われていた焙煎機で自家焙煎したコーヒーを淹れる。ここで食べるクロワッサンとコーヒーは夫婦のマリアージュ。ソフトクリームがおいしいタカラ牧場も近い。
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〈ソーケシュ製パン×トモエコーヒー〉
■北海道虻田郡喜茂別町字中里185-1
■0136-33-6688
■10:00〜17:00 火水休
■14席/禁煙
〈Boulangerie Yamashita〉/神奈川
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「本当に今みたいな生き方でいいんですか?」ある人から言われた一言がきっかけで、山下雄作さんは北欧家具メーカー勤務の仕事を辞めた。
「自分でものを作っていないもどかしさがありました。銀座や青山で働くステータスで、自分を満たしていただけ。自分のまわりの人はあまり幸せではなかった。自分のためより、人のためにこの体を使いたい」
どうやって生きるべきか見失って、1年間鬱状態で過ごす。立ち直ったきっかけは、子供がパンを食べている姿だった。「親父がそんなでも、子供2人は毎日パンを食べている。日常の食に関われば人の役に立てる」
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パン職人になろうと一念発起、地元のパン屋で修業。30も過ぎて、若者に交じって、粉にまみれた。独立するまで3年と決め、必死にプロの技を学んだ。

緑多き町で開業したいと、湘南の二宮町を選んだ。古い建物が連なる趣深き通りに、空き物件を見つけた。パン屋に勤めながら、夜は改装工事。自ら壁を塗り、小さな小さなパン屋を作った。「ずっと必死。支えてくれるお客様の期待に応えるだけです」定番だけにそぎ落としたパン。客足は引きもきらず、やがてカフェもオープン。「パン屋の食堂。ごくシンプルに。空間を五感で感じてほしい。
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〈Boulangerie Yamashita(ブーランジェリー ヤマシタ)〉
■神奈川県中郡二宮町二宮1330
■0463-71-0720
■10:00~17:00(パンの販売は売り切れ次第終了)木金休
■16席/禁煙
〈月とピエロ〉/石川

深夜2時。寝静まった集落の中に、ぽつんと灯りがともる小屋があった。外はまだ寒い。中に入ると、窯から放たれる熱と酵母の香りに、ふわりと包まれた。なぜか、2020年の光景には思えなかった。冷蔵庫やパン練り機など、電気を使う器具はそこここにあるのに、ぼんやりとした光の中でパンを捏ねる姿は、何百年も変わらない人間の営みそのものだ。人は命を繋ぐためにパンを焼く。そんな当然のことに思い当たる。

能登出身の二人。最初にパンに関わる仕事をしていたのは由香里さんだった。その頃、圭尚さんは公務員。だが、由香里さんに天然酵母パンの本を贈ったことを機に自らパン作りにのめり込んでいく。「あるイベントで自分のパンを売った時、楽しさが爆発してしまったんです。これを続けたい。心に正直に生きたい。そう、強烈に思って仕事を辞めました」圭尚さんは大阪の人気ブーランジェリー〈ル・シュクレクール〉の門を叩く。だが勤め始めて2年目、一緒に大阪に来ていた由香里さんが体調を崩し、やむなく能登に戻ることに。一旦、閉ざされたかに思えたパン職人の道。それを、圭尚さんは強い意志で切り開いていく。
「能登に戻ってからは、実家の家庭用オーブンでパンを焼き続けました。生地の発酵も、成形して焼くのも、小さなオーブン一台。でも、もともと誰かの真似をしたくて修業をしていたわけではなかったので、自分が目指す味をひたすら試作しました。焼いたパンは知人に配って回ったり。日々その繰り返し。そうやって、できることから始めていきました」味の確かさは口コミで広がり、やがて実家の納屋を改装して店を構えることに。

自分たちで壁を塗り、売り場を整え、2015年にオープンした。それから5年。パンのラインナップはほぼ変わっていないという。パンを焼く姿勢もまた、揺るぎがない。「僕らのパンを食べて幸せになってほしいんです」。圭尚さんと由香里さんは、柔らかいが芯のある口調でそう話す。「僕らにはパンを売っているという感覚はあまりなくて。〝届けている〞という方が近いかもしれない。誰かがおいしいと言ってくれたら。それで幸せになってくれたら。そう祈りながら焼いています」パンで幸せの輪をつくる。そんな小さな革命なら、自分たちにもきっとできる。そう信じる二人は、明日もまた夜明け前から、夫婦並んで工房に立つ。

量り売りするハード系食パンやクロワッサン、焼き菓子が並ぶ。パンは予約可能。2日前までに連絡を。
〈月とピエロ〉
■石川県鹿島郡中能登町羽坂2-93
■090-1635-5919
■9:00〜15:00(売り切れ次第終了)
火水休(イベント出店などで不定休あり。SNSで告知)
■4席/禁煙
〈boulangerie onni〉/神奈川

店名の〝オンニ〞は、フィンランド語で「幸せ」という意味。店名の由来を聞くと、「独立するなら、この名前をつけようと妻と話していたんです」とオーナーの近賀健太郎さん。パン職人を目指していた修業先で奥様と出会って結婚。あるとき、松戸の人気店〈ツオップ〉に夫婦で訪れた際、その魅力にはまったという。その魅力を知るため〈ツオップ〉で修業した後、夢だった店名を掲げて2015年7月にオープン。

修業時代に惚れ込んだというアンティークの扉を開けば、パンに囲まれた夢の空間が広がる。近賀さんのこだわりは、すべてがお客さん目線。70種もの種類豊富なパンは、食感のメリハリを大切に。また、必ずひと工夫加えて驚きを与えている。

毎日訪れる人のために決められた時間に焼き上げ、地元のおいしい食材に出合えばどんどん取り入れていく。そういった姿勢と確かな味が評判を生み、客足の途絶えない街のパン屋として愛されている。
〈boulangerie onni〉
■神奈川県横浜市港南区上大岡西3-10-1
■045-367-8501
■8:00~18:00 日月休
■6席(店外含む)/禁煙
駐車場2台あり
〈Le Pain Gris * Gris〉/茨城
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夫婦ともフランスに渡った夫妻のお店は、パリの子供部屋に迷いこんだようなかわいさ。ブルーのタイルに手書きのプライスカード。

パンの形も然り。小さなパン1個1個に心をこめてかわいく作る。たとえば、生ハム、カマンベール、マッシュポテトと、丸パンサンドを3つつなげて1 本にしたサンドイッチがあったり。木いちごとチョコレートのデニッシュは、生の木いちごとチョコクリームをさくっとした生地でサンド。かわいい酸味とほろ苦い甘さの愛おしいランデブー。
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〈Le Pain Gris * Gris〉
■茨城県つくば市桜2-14-5
■029-857-7538
■8:30~18:00(土日祝9:30~17:00、売り切れの場合は早めに閉店も) 月、第2火休、月1回不定休あり
■7席/禁煙
〈picnics*〉/東京
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バゲット、サンドイッチ、ピザ、食事パン。棚いっぱいに、いろんな味や形のパンが。ただしその数は厳選された売り切り。「だいたい2~3種類のパンの元から作ってるんですよ」と話すのは、オーナーの髙木文介さんご夫妻。2001年のオープン以来、周囲にあった商店もほとんど閉店してしまい、いまや陸の孤島状態に。でも、ランチタイムには次から次へとドアが開き、常連さんが訪れます。
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雑貨やインテリアの会社に勤めていたご夫妻。パン店を始めたのは、「在庫を抱えると大変だって知ってたから、商売をするなら消えてなくなるものがいいなと思って(笑)」
もともと食べるのが好き。でもパンを作るのは苦手だったから、あえてそれを極めたいと思ったそう。誰かに習うわけでもなく自分たちの感覚でパン作りを始め、魚が入った食事パンは魚を一から捌いたり、ルールにとらわれずに好きな形のパンを焼いたり。
「とくに修行をしなかったのが良かったのかな」。二人が独学で作るパンの評判はじわじわと広がり、今では雑誌のパン特集の常連に。
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コーヒーは、最近近所にオープンしたコーヒーロースター〈ドルチェ バッハ〉の、〈picnics*〉オリジナルブレンド。400円。カレーパンは220円。
よく催事に誘われたり、もっと手広くやってみたらと言われることもあるそうですが、「借金するならやらないほうがいいし、自分たちにできることを自分たちのペースで続けたいから。100人が100人気に入るパンじゃなくても、売り上げが少なくても、体を壊さずに続けられることが大事だなって」
「サステイナブル」という言葉が世の中に広まるずっと前から、二人はそれを自然に実現していたのです。
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「単に忙しいのが嫌いなだけなんですけどね」と笑う姿は、パンと同じくルールに縛られない自由そのものでした。
〈picnics〉
■東京都品川区西品川1-9-1
■03-5740-8410
■11:00~18:30
■月火休