おひとり様推奨!じっくり反芻したくなるソーシャルメディア時代の悲喜劇『ドリーム・シナリオ』の見どころ
今作がおひとり様映画におすすめな理由
現実離れした物語でありながら、現代社会においては自分ごととなりうる含蓄のある物語。まずは一人でじっくり反芻して、本作が内包する教訓を噛み締めたい。
たった一度の“バイラル”でインスタントに有名人を作り上げるソーシャルメディア。一晩で夢を手にする可能性を秘めるツールである一方、炎上というかたちで瞬く間にすべてを失ってしまった人がここ最近だけでも何人いただろう。最初は好意的に拡散されていた人物も、些細なことがきっかけでその人気が反転することも少なくない。それでも、もし明日無条件に全世界から注目を浴びられるとしたら……その危険な果実を口にするだろうか?
11月22日公開の映画『ドリーム・シナリオ』は、“夢”というギミックを用いて、ソーシャルメディアに人生を左右される人々やそれを助長する社会、そして有名人崇拝を鋭利なユーモアと独創的な語り口で風刺する。メガホンをとるのは、激しい自己愛と承認欲求で身を滅ぼしていく女性を描いた『シック・オブ・マイセルフ』(2022)で注目を集めた気鋭クリストファー・ボルグリ。彼の才能に惚れ込んだ鬼才アリ・アスター(『ミッドサマー』)が製作として参加し、主人公のポールを出演作の幅の広さで知られるニコラス・ケイジが熱演。ミームとして誰よりもネットで消費されてきたケイジがこの役を獲得したことは必然であり、その完璧なハマり役は第81回『ゴールデングローブ賞』主演男優賞にノミネートされるなど高く評価されている。
主人公は進化生物学を研究する大学教授ポール・マシューズ(ニコラス・ケイジ)。妻ジャネット(ジュリアンヌ・ニコルソン)と2人の娘と暮らす彼は、「自分が何者にもなれていない」と感じる中年の危機に差し掛かっていた。研究内容を書いた本を出版したいと公言しているが、口ばかりでなかなか実行には移せずにいる。
そんなある日、ポールは人々が自分を見て噂をしていることに気付く。なんと何百万人もの夢の中に、彼が一斉に現れたというのだ。共通しているのは彼が夢の中で「何もしない」ということ。知らない人の夢にも登場する不可解な現象にメディアも注目し、有名人となったことで生徒や知人たちからも持て囃されていくポール。その様子を見てジャネットは心配するが、念願の本の出版まで持ちかけられた彼は妻の懸念をよそに調子に乗るばかり。
しかしある日を境に、突然夢の中のポールが悪事を働き始める。凶暴化したポールに夢の中で襲われ、トラウマを植え付けられた人々は現実の彼を大バッシング。人気者から一転、世界一の嫌われ者となってしまったポールに“悪夢”のような日々が待ち受ける——。
『シック・オブ・マイセルフ』もそうであったように、ボルグリ監督は他者や社会からの承認を渇望する人物を物語の中心に据えるのがお好きなようだ。ただ本作の主人公ポールは承認に飢えてはいるが、大学教授という権威ある職業に就き、広々とした一軒家に暮らし、自分を愛してくれる妻と仲の良い娘のいる白人男性……という明らかに社会的に恵まれ、認められている特権的な存在。それでも自我が肥大化したポール(それは彼愛用の大きなジャケットにも表れている)は、そのありがたみに気付かず隣の芝にばかりに目を向ける。見栄で話を盛る彼に「アピールしなくても愛してる」と言ってくれる素晴らしい妻がいるにも関わらず。
対照的に妻のジャネットは今を大切にする人物。家族や何気ない毎日を愛し、地道な努力によってキャリアを形成しようとする彼女は、根拠のない名声を恐れて「行動する前によく考えるべき」とポールに助言する。それでもポールは承認欲求の赴くまま突き進み、大炎上ですべてを失いかけてはじめて自分がいかに恵まれていたかを知ることになるのだ。ポールが抱えるような他者に対する劣等感や嫉妬は、ソーシャルメディアで世界と繋がり他者と自分を比べやすくなった現代社会において格段に肥大化しやすくなった。だが遥か遠くの世界に目を向けすぎて半径1mの幸福を見逃してやいないかと、ボルグリ監督はこの奇怪な寓話を通じて投げかける。
同時に本作はキャンセルカルチャーや有名人崇拝が孕む恐怖を明快に提示する。もちろん問題のある言動に対するボイコットは、社会的に弱い立場にある人々が特権的な組織や人物に抗う数少ない手段。これは権力勾配のある社会で当然あってしかるべき闘い方であり、ボルグリ監督はそれ自体を否定していない。
本作で重要なのはポールが現実には無害で何もしておらず、夢という一方的な虚像により社会から排斥されようとしているという点である。情報源のわからない言論や、PV数を稼ぐための切り取り、印象をねじ曲げるための嘘など、信用に足らない情報が氾濫する昨今、まったく身に覚えのないことである日突然大罪人のように扱われることも往々にして起こり得る。虚像が原因で社会的なイジメを受けるポールを見ていると、果たして自分は曖昧な情報で罪なき人を断罪してきてはいないか、これまでを顧みずにはいられない。
「世界中の人が自分の夢を見る」という現実離れした設定でありながら、ソーシャルメディア社会では誰しもが自分ごとになりうるテーマを内包する『ドリーム・シナリオ』。ネガティブな話題を見るとつい反射的に食いついてしまいそうになるが、その前にすべきは慧眼を養い、それが信頼しうる情報なのか、勝手なイメージを抱いていないか自問するところから。その人物はもしかするとポールかもしれないのだから。そんなこの時代に必要とされる教訓を噛み締めるためにも、まずは一人で鑑賞してこの喜悲劇をじっくりと反芻することをおすすめしたい。
1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。
公開情報
11 月 22 日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
監督・脚本:クリストファー・ボルグリ
出演:ニコラス・ケイジ、リリー・バード、ジュリアンヌ・ニコルソン、ジェシカ・クレメント、マイケル・セラ ほか
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text_ISO edit_Kei Kawaura