TVプロデューサー小山テリハの漫画交感 #6(ゲスト:水野しずさん) しんどかった思春期を思い出して苦しくなる。漫画『ぷらせぼくらぶ』談義
CULTURE 2025.01.15
「あのちゃんねる」「サクラミーツ」などを担当するテレビ朝日のプロデューサーの小山テリハさんは実は漫画好き。毎回ゲストをお迎えして、互いに好きな漫画を交換、感想を共有し合う連載です。第6回目のゲストはコンセプトクリエイターの水野しずさん!
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少し前に、喫茶店でお会いして以来ですね。
仕事でもないし、遊びでもないような。不思議な会でしたね。でも、その日の水野さんのお話が楽しくて。配信や水野さんの著書『親切人間論』も面白くて、もっと話したいと思って今回お声がけさせていただきました。
呼んでいただいて、あのときのお茶会大丈夫だったんだな、っていう(笑)。若干気まずかったのがよかったかもしれません。初回で盛り上がりすぎていたらきっと、話すこともなくなっていたと思うので。
第一印象がマイナスの方が、かえっていいときもありますよね。初対面だとズカズカお聞きすることもなかなか難しいのですが、今回は2回目なのでパーソナルな部分にまつわるお話もぜひお聞きしたいな、と思っています。
1.『ミューズの真髄』(小山P→水野しずさん)「主人公を見ていると『巨人の星』の星飛雄馬を思い出します」
『ミューズの真髄』はご存知でしたか?
知りませんでした。話題作なんですかね?
SNSでは話題になっていたような気がします。私は表紙に惹かれて手に取りました。可愛いけれど、ダークさも兼ね備えている。
少女漫画のテンプレと少年漫画のテンプレを集めて、美大受験に落ちた日から人生うまく行かない主人公の美優を描いた作品。凡人を描くことに終始していますよね。
こんなにはっきりと凡人を描いている漫画はそうそうないな、と思いました。TikTokやInstagramなどのSNSを見ていると「何者かにならねば」と思っている人が本当に多くて。その忙しなさがキツイなと思っていましたが、「私は今のままでいいかも」と励ましてもらえたような気になれましたね。
美優は“特別な私”を追い求めているわけですけど、今の時代って繊細な感受性を持つことで人生の足を引っ張ることもあれば、表現の才能にもなるじゃないですか。必ずしもアートや表現者になってその感受性を表す必要はないけれど、個別性が問われるような付加価値の高い仕事をすると、どうしても高度な感受性とか自閉傾向的な感性がある程度必要になってくる。でも美優はそんなことないというか。
ものづくりをしているからこその目線なのかもしれないのですが、才能があるかわからない。でも好きだからやっているし、好きなことをしている自分を肯定してあげたい、という美優の気持ちには共感できてしまいます。
なるほど……。私はこの作品が漫画版の『巨人の星』に似てると思ったんです。読んだことがある方なら分かると思うのですが、『巨人の星』では父性の欠如や家父長制の挫折が描かれている。
そうなんですね、恥ずかしながら知りませんでした。
美優には父親がいないし、最終的に過去にいい感じになった男性に鼻であしらわれたりする。美優の世界では父性がごっそり抜け落ちているんですよね。社会に適合していく過程で父性は必要になってくると思うのですが、完全にそれが抜け落ちた状態で世の中に飛び込んでいくからどんなところでも限界の先までは行けない、という状態になってしまうのかな、と思いました。
この作品ってスポ根でもないですもんね。結果的に得られたものは似ているかもしれませんが、スポ根の回路にハマって救われることもないから『巨人の星』より辛いかもしれません。
テレビを作っている方も同じことを感じるかもしれないですけれど、人は見たことや消化の仕方がわかっているもの以外を簡単には受け入れられない、という性質があると思うんです。気色の悪いものとみなしたり、商品価値がないと思ったり。“ウケる”といった回路にはまらないものとみなされてしまいがち。
主人公は、男性から自分がどう見られるのかも分かっているタイプだから「こっちにいったら多分ウケそう」っていうことには気付いているんですよね。でも結果的には自分の信念を捨てない生き方を選んだ。
自己プロデュース能力はすごく高いと思います。
本来モテの方向にも行けたけどあえてそれもやめたら、結果過去の自分がなりたくなかった方に行ってしまっているような気はしました。ただ、最終巻の先の世界ではどうなるか分からないですよね。テレビって視聴率が取れなかったり、見られないものを作り続けることはできない。極論ではありますが、見てもらえて面白いと思ってもらえるものじゃないと、作ることができないんです。アートの世界では“好き”に振り切ることができるかもしれないけれど、大衆にウケることを考えながら好きなものを作る、というのは結構難しいとも思います。
この発言は少し限度を超えているかもしれませんが……マジレスすると、美優は絵じゃないといけないのかな?と思いました。多分これまで生きてきた環境や経験、知識の中で自分を表現するものといったら、と考えて“絵”に辿り着いたんだと思いますが。
そうかもしれませんね。好きと向いてる、って違うじゃないですか。好きではないけれど……なところで、もしかしたら才能が開花する可能性もある。
そう!また『巨人の星』の話に戻りますが、それこそ星飛雄馬的。彼も野球じゃないところで才能が開花していた可能性が十分にあったと思うんです。でも野球で自分を壊していく方法に向かってしまった。美優も絵を描いて自分も壊していってしまっているように見える。そして悲しいのが、彼女が個性を発揮しようとすると絶対どこかで搾取されてしまうんですよね。そんな過酷な状況で自分をカスタマイズして、最終的にその構造の中にハマらないと決めた美優はすごいと思いましたが。やっぱり彼女は絵じゃなくてもいいかも(笑)。途中、すごい勢いで独白するシーンがあったし、めちゃくちゃいろんなことを考えている姿がよく描かれていたので漫画の方が向いているのでは?と私は思いましたね。
たしかに……!自身の言葉をたくさん紡いでいたように思えます。
芸術の世界ではこういうのってあるあるで。表現をしたい若者の中には表現=絵、絵=表現と思ってしまう人がいる。でも実際に絵を描く人は、絵が描きたいわけではない。絵はあくまで、自分が中身を表現するための手段なんです。
そう考えると、すごくリアルに描いていますね。彼女はわざわざ自分から過酷な環境に自分を追いやっているけれど、あそこまで身を削る必要はないし、もっと楽しくやっていい。
うん。幸せになっていいんです。
ミューズの真髄
作者: 文野紋
出版社: KADOKAWA
発表期間: 2022〜2023年
巻数: 全3巻
美大受験に失敗した瀬野美優は、それ以来自信をなくし母親の敷いたレールの上を歩いていた。しかし、あることがきっかけで再び絵を描こうと決意する。母親と激しくぶつかった彼女は、大きなキャンバスを手に裸足のまま2階ベランダから飛び降り、人生をリスタートさせることに。
2.『ぷらせぼくらぶ』(水野しずさん→小山P)「思春期に経験した、思い出したくないことが全部ここに描かれていました」
純粋にこの漫画を読んで小山さんがどんな感想を抱くかお聞きしたくて推薦しました。
実はこの作品をすでに持っていたんですけど、数ページだけ読んで終わりにしていたんです。ちょっと苦しくなってしまって。
最初から「ウッ……」と苦しくなるの、分かります。
一回寝かしていた中でお話をいただいたので「今、向き合うときなのかも」と思えて、すごくよかったです。とはいえ、かなり苦しかったのですが。原体験というか、学生の頃に持っていた感情をたくさん思い返させられる。「この感情、知ってる!」ってなることが多すぎて、ページをめくるたびに心臓がギューっとなりました。なんでこんなに私たちのことを描けるんでしょうね。10代ってオブラートを知らないから、発言する言葉のエッジがすごくて。絶対こんなこと言ったら相手を傷つける、ってことを言っちゃったり。仲良い子に彼氏ができた途端、一緒に帰らなくなったり。「私って友達にとってこんなに優先順位低かったっけ」と思ったことや、友達とギクシャクしたこと。思い出したくない出来事が全部描かれていました。
この作品で描かれていることって、ほとんどの大人が味わっていると思うんですけど、これを忘れるテクノロジーが人それぞれあると思うんです。小山さんは、この当時の苦い経験をどうやって忘れていましたか?
結構覚えちゃってるかも(笑)。傷ついた経験も、自分がやってしまったことも覚えてる。でも実際、親友ほどの存在でも「あれ?」と思うことはあるじゃないですか。だから傷つけたかもしれない相手が今も仲良くしてくれている場合は「それっていろいろあったけど許してくれてる、もしくはそもそも向こうは気にしてなかったのかな」と思うようにしていますね。「結婚式も呼んでくれたし、いろいろあって大切に思ってくれてるんだよな」と。
自分の推論なので当たっていないかもしれませんが、結婚式に呼んでくれた友達は、なんらかのテクノロジーで忘れている可能性も十分あるんじゃないかな。忘れるよりは“書き換える”の方が正しいかもしれませんが。それこそ、卒業式に全員で言う「楽しかった」、『修学旅行』みたいな掛け声とか嘘だし。実際はそんなことないと思うのですが、楽しかったことにしてしまう。小山さんのように、細かいことまで覚えたまま生きているのは結構大変なように思えます。
だから中学の同級生にはあまり会いたくないです(笑)。
それだけ抱えている人がテレビ業界という真逆のような場所で活躍されている、っていうのは興味深いですね。ギャップがすごい。
テレビを作りたい、と思ったというよりはたまたまテレビだったんです。大学の友人が隣でエントリーシートを書いていて、その質問が結構面白かったんですよね。中に入ってみると、イベントを開催したりゲームを作ったりと、思っていたよりいろんなことができる。他の会社だったらこんなに自由にやらせてもらえなかったんじゃないか、とまで思います。
水野さんは、ご自身なりの“忘れるためのテクノロジー”ってあるんですか?
私はグロテスクな記憶と過去をデフォルメしたポップな世界の両方を持つようにしています。普段は『ちびまる子ちゃん』のような、ポップな絵柄で過去を再現するようにしているんですけど、ここぞというとき。例えば、文章を書くときなどにグロテスクな方を取り出している。今こうやって生きていられるのも、その両方があるからですねきっと。
そんなことができるんですね!この作品でも描かれている“昨日まで友達だったのに、今日から違う”みたいなことが私は耐えられなくて。そういう状況になったときは、アニメや漫画などの別のものに逃げるようにしていました。小学生の頃は男女関係なく「イエーイ!」って遊んでたのに、中学になった途端別々になるのも嫌だったな。思春期の時代って本当にしんどい。もう戻りたくはないです。
社会に出ると、上手くいっていようがなかろうが、どうでもよくなるんですけどね。当時は学校で起こることがすべてだったから。そんな場所で上手くやれていた人は本当にすごいなと思います。学校がまったく辛くなかった人もたまにいるじゃないですか。あれ、かなり謎です。
義務感で行く、って感じでしたよね。
読んでみてこのイラストのタッチで、ギャグじゃないっていうことにも驚きました。
ですよね。この作品に出てくる中学生はみんな誰も心から楽しそうではない。しかも主人公の岡ちゃんはこんな見た目の自分が誰かと恋愛するなんてありえない、って自覚しちゃってるじゃないですか。切ない。
全体的にずっと切ないんですけど「こういう瞬間、気のせいじゃなかったよね」って心強さを感じさせてくれる描写もあって。たとえば、自分がクラスに花を飾っていたことを見ていた子がいたシーンとか。学生時代は見た目がいちばんな気もするけれど、それよりも自分の中身を見てもらえてることの方が嬉しいし、そういう人にそばにいてもらえるのがいちばんいいと思うんです。「可愛いね」じゃなくて「面白いよ」って、内面まで踏み込んでもらいたいですよね。
大人になったら特にね。正直、大人になったら“ちょうどいい学生の感じ”って役に立たないじゃないですか。カラオケがちょうどよくできる、とか。ボウリングがちょうどよくできる、とか。
組織に必要な人間関係の潤滑油とは違いますかね?「あいつがいると明るくなるよね」みたいな。
この作品で描かれる中学時代の能力とはちょっと違うかもしれません。社会や組織の中で潤滑油となるには、もっと自分がないといけない。中学時代の“ちょうどいい”感じは、頭の中は空っぽでリズム感だけで動く、みたいな感じ。身近なコミュニケーションでは役に立つかもしれないですけどね。だからこそ、こんな限定的な能力に必死にならないといけないのはなぜ?!と読みながら改めて思いました。
なるほど。中学時代って目立ちたくもないけれど、浮きたくはない。みたいなときは確実にありますよね。
うんうん。この作品は読んだ人の感想がすごく気になっちゃいますね。密度が高すぎて正直最後まで読むのが大変ですが。16ページくらいで十分なのに、何百ページもあるんだもん(笑)。
ぷらせぼくらぶ
作者: 奥田亜紀子
出版社: 小学館
発表期間: 2014年
巻数: 全1巻
「平凡だけど、ほんのちょっとだけ特別でありたい。でもやっぱり特別なんかにはなれない」。ネガティブでナイーブな中学2年生の岡ちゃんほか、多感な中学生達を独特のタッチで描き出した連作短編集。
小山テリハさんから水野しずさんへのメッセージカード