おひとり様推奨!エンドロールが終わっても、きっとすぐには咀嚼しきれない。『ぼくのお日さま』の見どころ
デートや友達、家族ともいいけれど、一人でも楽しみたい映画館での映画鑑賞。気兼ねなくゆっくりできる「一人映画」は至福の時間です。ここでは、いま上映中の注目作から一人で観てほしい「おひとり様映画」を案内していきます。今回は映画『ぼくのお日さま』について。鑑賞後はひとりで作品を噛み締めつつゆっくりできる飲食店もご紹介。
今作がおひとり様映画におすすめな理由
まずは誰かと語り合うより、ひとりでそっと想いに耽りたくなる作品。監督が物語に込めたものや、人物たちの行動や心情についてじっくり大切に考えたくなること間違いなし。
映画を観ていると、魔法をかけられたような感覚を覚えるダンスシーンと出会うことがある。たとえば『雨に唄えば』(1952)や『レナードの朝』(1990)、はたまた『エクスマキナ』(2014)みたいに。ただただ息を呑んで、見惚れてしまうような。9月13日から全国公開される『ぼくのお日さま』も、きっとそんな映画のひとつとして語られていくことに違いない。
メガホンを取るのは、本作が長編2作目となる28歳の新鋭・奥山大史。『サンセバスチャン国際映画祭』の「最優秀新人監督賞」を史上最年少で獲得する快挙を成し遂げた長編デビュー作『僕はイエス様が嫌い』(2019)に続く『ぼくのお日さま』は、『カンヌ国際映画祭』や『トロント国際映画祭』に正式出品されるなど、世界中から熱い視線を浴びている真っ最中だ。奥山監督は幼い頃にフィギュアスケートを習っていた自らの体験を出発点に、夫婦デュオ・ハンバート ハンバートが2014年に発表した楽曲「ぼくのお日さま」の歌詞からインスピレーションを得て物語を描き進めていったという(本作の主題歌も同楽曲)。監督と脚本のみらなず、撮影と編集をも担当して追求する監督の美学はスクリーンの中で鮮やかに咲き誇る。
冒頭、野球をしている少年・タクヤ(越⼭敬達)が、降り始めた初雪で冬の始まりを予感する。そして次の瞬間、彼が暮らす町は一気に銀世界へと転換。少年と風変わりな中年男性の交流を描く『白鳥が笑う』(2015)、子どもの目線から宗教と死生観を探求した『僕はイエス様が嫌い』から一本の線で繋げるように、奥山監督は白雪が眩い冬の世界で子どもたちの心の移ろいを描写していく。
舞台となる田舎町がどこなのかは明かされないが、大雪にも慣れた様子のその地ではアイスホッケーは一般的なスポーツらしい。吃音がある小学6年生のタクヤも男子たちとアイスホッケーの練習をするけれど、意欲もない彼はキーパーを押し付けられるばかりでなかなか上達しない。ある日、練習中に怪我をしたタクヤがリンク場を眺めていたところ、フィギュアスケートの練習をする少女・さくら(中⻄希亜良)の存在に気付く。「⽉の光」に合わせ氷上を優雅に舞う彼女に心を奪われたタクヤは、その日から見様見真似でさくらの真似をしようとするが、アイスホッケー用の靴で練習しているせいで何度やっても転んでばかり。
そんなタクヤの姿を見ていたのが、恋人の五⼗嵐(若葉⻯也)と暮らすため東京から越してきた元フィギュアスケート選手・荒川(池松壮亮)だった。さくらのコーチである荒川はタクヤの恋を応援しようと、彼にスケート用の靴を貸し、練習にも付き合ってあげることに。やがてタクヤとさくらは、荒川の提案によりペアのアイスダンスを練習し始める。
「氷上の格闘技」と呼ばれる通り男性的なイメージを持たれやすいアイスホッケーを習う少年が、女性的な印象の強い(実際男性競技者の少ない)フィギュアスケートに魅せられ、自らもその世界に飛び込んでいく。その大枠から想起するのは1980年代イギリスの炭鉱町でボクシングを習う少年ビリー・エリオットが、偶然目にしたバレエに夢中になっていく名作『リトル・ダンサー』(2000)。実際、本作の制作において多大な影響を受けたと奥山監督が語っているのだから、それもそのはず。家の鏡の前で特訓するタクヤの姿、カセットテープで音楽を流すクラシカルな車、アイスリンクに差し込む幻想的な陽光など、あらゆる部分から『リトル・ダンサー』の血脈を感じ取ることができる。ジェンダーやセクシュアリティに対する鋭い洞察と自然な表象も共通項。いまだに物語を動かす装置として記号的に描写されがちな男性同士のカップルを、本作は紆余曲折ある人生を歩んできた先に田舎で同棲する実在的な存在として丁寧に浮かび上がらせる。
アイスダンスの練習を重ねる中でタクヤとさくら、そして荒川の3人は特別な絆を育んでいく。互いに眺めるだけで重ならなかった視線が次第に交差し、大雪が積もる寒々しい世界に温かみが宿っていく過程はとても愛おしい。練習後の3人が仲睦まじそうにカップラーメンを啜っている姿を見ていると、それすら特別なご馳走に思えてくる。そして冒頭に述べた通り、この映画のダンス(スケート)シーンは格別だ。祝祭的な光に照らされ、青春の輝きと喜びを全身から放つように舞う彼らの姿を、撮影を兼ねる奥山監督もスケート靴を履いて滑りながら活写していく。その瞬間に堪能できる幸福感だけでもこの映画を観る価値は十二分にあると言える。
ただ『ぼくのお日さま』は、雪が煌めく美しい田舎町でスポーツを介し子どもたちが成長する…だけの映画には留まらない。奥山監督は成長期のかけがえのない一冬を尊ぶと同時に、作品の中だけでは完結しない痛みを描いてみせる。それは田舎の閉塞感や、ジェンダーバイアス、成長過程にある子どもの戸惑いなど、覚えのあるいろんな要素が絡み合ったじくじくする痛み。だからエンドロールが終わっても、きっとすぐには咀嚼しきれない。それぞれの心情やその後を想像して、受け取ったものは何かをじっくり考えて、時間をかけて大切に呑み込んでいく。そんな映画であるからこそ、まずは観賞後静かに想いに耽るよう一人で鑑賞することをお勧めしたい。感想を誰かと共有したり答え合わせをするのは、少し時間を置いてからでも。
1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。
公開情報
9月13日(金)より全国公開
配給:東京テアトル
© 2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS
出演:越山敬逹、中西希亜良、池松壮亮、若葉竜也 ほか
主題歌:ハンバート ハンバート「ぼくのお日さま」
監督・撮影・脚本・編集:奥山大史
text_ISO edit_Kei Kawaura