気がつけば、あれも、これも、同じマンガ誌の作品だった。 江口寿史「僕が編集長だったら頼みたい!と思うマンガ家ばかりが載っている!」|マンガ好きがこぞって読むマンガ誌『コミックビーム』|レーベル推し #2
CULTURE 2024.07.10
5月某日、マンガ家・イラストレーターの江口寿史さんのインスタグラムに3枚の写真が投稿された。ピンク色の題字が躍る『コミックビーム』6月号の写真とともに掲載された《コミックビームは近頃ますます尖ってきた。バンドデシネの雑誌かというほど、流し見できない個性の作家ばかり集まってて眩暈がする》という言葉にビビビときたHanakoは、江口さんを誘ってコミックビーム編集部を訪問。秋元みなみさんと山本年泰さんが出迎えてくれた。
ギャグマンガ界のレジェンドたる江口寿史さんに流し見をさせないマンガ雑誌こと『月刊コミックビーム』(以下ビーム)。アスキー→エンターブレイン→KADOKAWAと版元名を変えながらも来年創刊30周年を迎える月刊誌だ。マンガ好きが熱視線を送るビーム連載陣のなかでも、江口さんをして、《この人の面白いところは絵に対する個性と思い入れのなさを逆手に取って、テッテ的に無機的記号的にし、熱を排除したことが全て逆に「おかしみ」「面白み」になっているという所だ。ものすごく計算され尽くしたギャグ漫画。その計算づくがまたおかしいという、すごいとこまで来たよこの作者は》と言わしめたのは、おおひなたごうさん。連載中の『レコード大好き小学生カケル』を皮切りに、ビームの現在地に切り込むべく鼎談インタビューを行った。
おおひなたごう作品は、今が一番おもしろい!
いろいろ届くマンガ雑誌のなかでもビームはちょっと特別なんですよね。パッと見ただけで読みたくなるマンガばっかりで、特に『レコード大好き小学生カケル』はおもしろすぎて単行本も買ってしまいました。
ありがとうございます。編集を担当している秋元です。おおひなたさんも、江口さんのインスタ投稿を喜ばれていました。
おおひなた君、『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』『星のさいごメシ』の食ネタも好きだったけど、今回はアナログレコードっていう非常にマニアックなところに来たなと嬉しくなっちゃった。狭くて深い話なのにギャグだけじゃなく、カルチャーの入り口に立つ人向けの入門書としても成立してる。
レコード初心者の私にもわかるお話を描いてくださっている、というのをいつも実感しています。この作品から新たにおおひなたさんのファンになったという読者も多いんです。
僕が責任編集長をやった『COMIC CUE』(イースト・プレス)に描いてもらったこともあるんですよ。最初に会ったときに作品を全部見せてくれて。絵はダメだし、ギャグだって見たことあるようなのばっかりでつまんない、と散々酷評したの。だけど描き続けて“つまんない”と言ったところを突きつめて自分だけのおもしろさを確立しちゃった。
ちなみにビームでの連載は『銀河宅配便マグロ』が最初で、担当編集は私で確か6人目になると思います。
ずっと読んできてるけど、おおひなた君は今が一番おもしろいんじゃないですか? 僕は絵の人だけど、おおひなた君はそもそも絵に思い入れがないというか、個性がないというところで開き直って、人物を記号として扱うことをおかしさに直結させる。昔からそういう感覚を持ってたけど、これってなかなかできることじゃないんだよね。それにしても、ビームという媒体だからここまでのびのびできてるんじゃないかな。今、ギャグマンガのオファーなんてぜんぜんこないもん。
江口さんの目が喜ぶ、絵に力のある作品も。
絵のトーンにしても世界観にしても、ビームにはいろいろな作品が載りますよね。名物編集長だった奥村勝彦さんの時代だと、桜玉吉さんのマンガを筆頭に“秋田書店系”とも表現したくなる“暗い熱さ”が充満していたけど、あるときガラッと変わったのかな。『カラオケ行こ!』の和山やまさんが、続編の『ファミレス行こ。』を連載していたり。
和山やまさんは密度の高い絵を描いてくださいますね。背景も空気感も、セリフを置く位置も、すべてが計算されていて、画面がとにかく美しいです。
台湾出身の高妍(ガオイェン)さんの『隙間』も好きです。もともとイラストから知ってSNSをフォローしていたんですけど、フランスのアングレーム国際漫画祭に僕が行ったときに来てくれて、『緑の歌 - 収集群風 - 』の元になった同人誌のような冊子をくれたんです。
そうなんですか! 高妍さん、『緑の歌 - 収集群風 - 』はブックデザインまで全部ご自身でされているんです。
描かれている土地の湿度や空気までパッケージされてるんだからすごいよね。『隙間』で描く沖縄もすごくいい。あとは伊図透さん。この人の絵も好きなんです。
伊図さんの『オール・ザ・マーブルズ!』は、副編集長の青木香里が立ち上げて、今は僕と秋元の二人で担当しています。『銃座のウルナ』以来の長編作品で女子野球をテーマにしています。嬉しいです!
見逃せない作家がどんどん入ってきて、ビームはとんでもないことになってますね。僕が今『COMIC CUE』やってたら頼みたかった作家ばっかりだもん。“読み捨てにできない漫画雑誌”が編集方針だったあの感じを、今、紙の雑誌でやり続けていることが頼もしいです。
『EVOL(イーヴォー)』のカネコアツシさんは、絵が日本人離れしているというか、もう世界レベル。いや前からずっとそうなんですけど。福島聡さんも好きで読んでました。今は連載してない?
弊社のマンガ誌『ハルタ』で、『バララッシュ』や『対岸のメル-幽冥探偵調査ファイル-』などを発表されています。
ビームは以前からカネコさんや福島さんのような作家を入れてきた歴史があるけど、ここにきて選ぶ基準がかなりはっきりしてきたのかなという印象も受けます。
編集部員の入れ替わりもあったので、その影響もあるかもしれません。新しい作家さんはコミティアやSNSを中心にいつも探しているんですが、絵の強さに惹かれることもあれば、お話がおもしろくてお声がけすることもあります。
ビーム発世界行き。海外でも愛される作家たち。
最新号、7月号の表紙は田辺剛さんです。田辺さんも、仏アングレーム国際漫画祭での受賞、米アイズナー賞へのノミネートなど、世界中で評価が高まっています。
海外市場はやはり大きくて、翻訳されて広く読まれることは利益としても重要なんですけど、かといって海外を意識して作ることはあまりないですね。とはいえ、立ち上げ時に担当させていただいた関野葵さんの『歌舞伎町ヒステリックドリーマー』のように、海外の読者に刺さるのではないかと明確に意識した作品もあります。
6月号の表紙のシマ・シンヤさんの絵もかっこいいですね。単行本買ってみようかなと思ってたんだけど、これまで何作出てるんですか?
『ロスト・ラッド・ロンドン』『GLITCH - グリッチ -』と短編集『Gusty Gritty Girl - ガッツィ・グリティ・ガール -』が既刊で、連載中の『Void: No. Nine -9番目のウツロ-』の1&2巻が7月に刊行となります! フリーの編集者の吉原伸一郎さんがシマさんにお声がけした時、シマさんはアニメーターをされていて。その時のお仕事で大量の枚数のイラストを描かれていたので、「マンガなら30枚でいいんですよ」と口説いたとうかがいました。
『多聞さんのおかしなともだち』の方はどこから?
トイ・ヨウさんは4代目編集長の清水がお声がけした作家さんで、テーマやセリフ、物語ももちろんですが、特に絵に惹かれて依頼したと聞いています。
羽生生純さんもずっと描いてらっしゃいますね。
はい。もう20年以上、いろんな作品を描いていただいています。現在連載中の『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 【口裂け女捕獲作戦】』は白石晃士さんの映像作品のコミカライズです。初めて羽生生さんの作品に触れる読者の方々にも楽しんでもらいたいです。
マンガを読むのも体力と気力がいるんで、なかなかじっくり時間をかけて読むっていうのが難しいんだけどね……でも気になった作家は、たとえ名前をすぐ忘れちゃったとしても絵は忘れないから、単行本が出てたら買うし、SNSのアカウントを見つけたらフォローもして追っています。
江口さん、1日のスケジュールでマンガを読む時間を決められていらっしゃるんですか?
いやもう、不意に、不意に訪れますよね。読み出したら止まらなくなっちゃうこともあるし。ただ昔のように1冊の雑誌を隅々まで読むとか、暇さえあればマンガを読むとか、そういうのはなくなりましたね。インプットが追いつかないの。SNSでも気になる絵が飛び込んでくるし。
そんななかでもビームを読んでいただけてとても嬉しいです!
本当にいいマンガってもうマンガだけでいいの。マンガを原作にした映画や映像作品も増えてるけど、映像作品のシナリオみたいになっちゃってる作品がある一方、ビームはなによりもまずマンガとして完成された世界を作れている作品ばかりなのがすごいと思う。これからも毎月楽しみにしています!