【推しマンガ】作詞家・児玉雨子さん「私が思い描く等身大のギャルが、そこにはいたんです」 | TVプロデューサー小山テリハの漫画交感 #3
CULTURE 2024.06.14
「イワクラと吉住の番組」「あのちゃんねる」などを担当するテレビ朝日のプロデューサーの小山テリハさんは実は漫画好き。毎回ゲストをお迎えして、互いに好きな漫画を交換、感想を共有し合う連載です。第3回目のゲストは作詞家・作家の児玉雨子さん!
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1.『しあわせになりたい』(児玉さん→小山P) 「幸せになることが怖くて泣く、なんてフィクションで描かれることはあまりないですよね」
中学時代は漫画持ち込み禁止だったんですけど、こっそり学校で松井優征さんの『魔神探偵脳噛ネウロ』を読んでいて。表紙も中身もおどろおどろしいから、担任の先生に没収された際に「なんか悩みでもあるの?」と心配されましたね。
『週刊少年ジャンプ』の作品にしては結構過激な内容でしたよね。ジャンル問わず昔から漫画はお好きなんですか?
好きなジャンルはやや偏っています。少女漫画は「ちゃお」作品だけを読んでいました。そのころは確か『GALS!』が流行っていたんですけど、ギャルへの憧れが強すぎて怖くて読めませんでした。
でもお薦めしてくださったのは、かなりギャルリスペクトな作品ですよね。どうしてそんな作品を選ばれたのか、すごく気になっていました。
先日一緒に仕事をした方が、ポジティブな言動に対して「ギャルじゃん」って形容していたんですね。それは褒め言葉として言ってくれたと思うのですが、こちらは「私はギャルじゃない!」とひとりで解釈違いを起こし……。「僕の考えた最強のギャル」を誰かにぶつけたくて(笑)。今回、テリハさんからお話をいただいたので、ちょうどいい!と思いこの作品を選びました。
「ギャルじゃん」と言ってきたのは10代の方ですか?
20代前半くらいの方です。“元気=ギャル”と解釈しているようなのですが、私はギャルに憧れるオタク側だったから「いや、ギャルだって病んでるときはあるよ」って思っちゃって。
マインドギャル的な解釈が一人歩きしている感覚は確かにあるし、世間的に“ギャル=メンタル最強”と思われるようになっているかもしれないです。昔はガングロメイクをしていたり、マルキューに行ってルーズソックス履いてみたいな、まさに『GALS!』に登場するような子達がギャルだと思われていたけれど、最近は見た目関係なく精神がギャルであればOKみたいな感じになってきていますよね。ただ、精神がギャルの解釈が広がりすぎていて、どこまでのことを指すのか分からなくなってきているような。
「ポジティブだね」「前向きだね」って言葉がギャルに置き換わっている。「ギャルって不景気なときに暗い世の中で暴れるように出てくる人だから、私のようなつまらん人間は簡単に名乗っちゃいけない存在なんだ……」という固執した考えを一人で抱え込んでました(笑)。
バブル崩壊後に生まれた私にとっても、ギャルは憧れのお姉さんというか。遠い存在で簡単には名乗れないと思っていました。みんな命かけてギャルやってるから、そこに入るのは結構覚悟がいる。
うんうん。私はただ元気なオタクってだけ。しかも最近はいろんな漫画で都合のいい切り取りギャルが増えてしまっているかも。作られた理想的なギャル。ただ、売野機子さんの『しあわせになりたい』には、私が思い描く等身大のギャルがちゃんといて、そこがいいなと思ったんです。
売野さんの作品集なのですが、起きたら女子高生になっていた、っていう物語が収録されているんです。“突然女子高生になってました”モノで一番好きですね。
小学5年生の真実が中学受験を目前に、ずっと憧れていた女子高生に突然なっちゃうんですよね。それなのに満喫の仕方が上澄みではなく、彼女がスクスク育っていったら、こんな女子高生になるだろうな、というのが叶ったバージョンの精神をすでに持っている。週5で塾に通う小5の真実が楽しそうにしている女子高生を羨ましいって思う感覚は、私もあったなあと思いました。今を全力で生きているのはキラキラしているように見える。ただこの物語では、援交や痴漢などの現実的な面も出てきましたね。
大人の視点からするとギョッとしますけど、真実は最初、援交や痴漢に対して憧れの気持ちを持ってるんですよね。「流行り」といった感覚で。
そう。実際は想像していたようなものじゃないんですけど、真実の気持ちも分からなくはない。私もXでパパ活をやっている子のツイートをつい見ちゃうんですよ。そういうとき、自分とは別の世界の話、として捉えてしまうこともありますが、この漫画では「お茶して1万円もらえた、ラッキ〜♪」じゃない話がたくさん出てくる。「この漫画、いつ描かれたのかな?」と確認してみたら、まさかの10年前でした。「援交って言葉がパパ活に変わっただけじゃん」という意見もありますが、まさに一周した今の時代に読んでも違和感なくハッとさせられると思います。
ちょっとSF感もあるんですよね。タイムスリップというか、小5になったり31歳になったり。真実が時をかけていく。
今で言うマルチバースのような感じ。ただの青春ものでもないし、SFなのか、はたまたファンタジーなのか。カテゴライズしにくい作品でした。作品集の一遍なので、そこまでページ数も多くないけど、2時間の映画を観た後のような読後感がありましたね。しかも読み終わった後に改めて表紙を見ると、そのデザインの理由が判明する。売野先生は漫画が上手いと言われていますけど、ここまでこだわっているのがすごい。この作品はできれば電子ではなく紙で手に取って欲しいです。
私が中学生の頃『ギャルサー』っていうドラマが流行っていたんです。それを観るためにわざわざ習い事をサボってたことも思い出しました(笑)。もちろん親には内緒で。休む罪悪感もあったけど、流行りに乗れずにハブられる方が怖かった。そんな当時の私の気持ちがこの作品とリンクしました。
直接描かれているわけではないですが「どう考えても自分のために塾行った方がいいのに、ハブられないようにみんなに合わせてた」という感覚をひとつひとつ思い出させてくれる作品ですよね。
しかも真実と友達になる星野との関係って不思議で。最初はお互いのメリットがあって近づいて、友達かは分からないまま親友のような存在になっていく。だからこの二人の関係ってハタから見たら意味不明なんです。でも10代の頃って、一瞬めっちゃ仲良くなって、何だったんだろうっていうくらい急に距離できたりする友達がいたんです。むしろずっと仲良いってことは奇跡なくらい。この二人がこの後どうなるか分からないけれど、自分の学生時代の友人関係も思い出しました。前日まで好きな男の子の話で盛り上がってたのに、彼氏になった途端に気をつかってどんな距離感で遊べばいいのかわかんなくなっちゃう、とか(笑)。恋愛の話も、その事情にズカズカ突っ込むところもあれば、まったく触れないところもある、みたいなことは実際にありました。
星野が憧れている朝生は才能溢れるミュージシャンで、偶然真実と同じマンションに住んでいた。その生活を監視したくて真実の家に居候させてもらうことになるんですよね。あくまで才能に惚れているのであって、恋愛的に好きじゃない、って整理する感じがオタク的。「私は仕事してほしいから監視するの。邪魔をする変な女も近寄って欲しくないし」っていうの、すごく分かるなって。星野は本気でそう思っているはずなんですけど、実際に朝生と会話できた途端にドキドキしたり。その描写に共感できるからこそ苦しくなります。そして朝生との最初の大きな出来事が、キスするとかじゃなく学校のノートを貸してあげるっていう。「ヤバイ、ノート貸すことになった」って報告してる感じも「分かる、分かるよ」ってなりました。相手に好きバレはしたくない、とかあったな〜って思い出したり。側から見たら恋なんだけど、真実はそんなこと言わずに見守ってあげる。なんでこんなにリアルなんだろうって、訳がわからない。私もこれに近い行動していたな、って思います。
ク〜ッ!ってなりますよね(笑)。映画とかだとスクリーンの向こう側の物語を見ている感じになるんですけど、この作品はそばにいる友達が恋している様子を見ている感覚になる。このシーンが、とか具体的に説明するのは難しいんですけど。
はっきりとは描かれていませんが、その後、朝生はある日突然自分の選択で消えてしまう。星野はショックを受けるけど、時間が経ったら意外と生きていけることに気づいて。克服できることにまたショックを受けるシーンがありましたよね。星野とは境遇が少し違いますが、学生時代に初めて失恋を経験した時は「もう死ぬ」って本気で思っていたんです。世界のすべてが灰色に見えるし、失恋ソングも沁みる。この耐え難い現実を受け入れるまで何年かかるんだろ、とか思っていたけれど……。
そんなことないっていう(笑)。
そうそう。友達と過ごしているうちに癒えていって、忘れてしまう。そうすると、むしろ自分の感情が嘘だったんじゃないか、って悲しくなってくるんですよ。「あんなに好きだったじゃん!」みたいな。でもこれが大人になることなのかな、とか思ったり。
漠然と、この社会には“大人になる=よくないこと”という感覚が浸透しているじゃないですか。思春期の登場人物の成長を体の変化で表現することもできる中、心の成熟で描かれていることにグッときました。「どんどん大丈夫になっていくのが苦しいけど、元気になっていっちゃう」「お先真っ暗と思っていてもそれなりに楽しいことは起こる」「世界で一番悲しい存在だと思っていたら、そんなことはない」ということをすごく丁寧に描いている。さっきもちらっと話しましたが、真実ちゃんは31歳からやってくるタイミングもあって。子供が抱く「女子高生かっこいい!」の視点じゃなくて、通り過ぎた人の視点でも思いが語られるんですよね。過去を振り返る彼女を見ていると現実に戻される感覚もあって、その両方が描かれているのがいいなと思いました。なんでこんなに切実に、丁寧に描けるんだろう……。
本当にそうですよね。児玉さんは売野先生の作品は結構読んでいらっしゃるんですか?
数作品読んでいます。最初は絵が好き、という気持ちで入ったんですけど、物語の構成は緻密で、ときには感情だけで流れていくシーンもあってさらに好きになりました。日常生活で「あ、このままいくと幸せになっちゃうかも」っていうような瞬間の、繊細かつ風のように通り過ぎるあの感じとか、大好きです。
もう一つ、朝生が「肉体が満足しているとマインドが欠ける」という話すシーンがあるんですよね。今の彼は女の子と遊んで肉体を幸せにしているけれど、これまでは音楽を作るために、徹底的に肉体を不幸せにしてマインドを高めていた、っていう話には共感してしまいました。
幸せな自分に耐えられなくなる人もいる、作り手あるあるだと思います。
結婚すると落ち着くってよくいわれるじゃないですか。芸人さんも含め、ものづくりしている方はよく聞く言葉だと思うんですけど、“落ち着く”って恐ろしいと私は思っていて。「それまで生きてきた2、30年がたったひとつの出来事によって変わってしまうものなのか。本当にそうだとしたら結婚なんてできないわw」なんて気持ちになる。受験と一緒で、経験のひとつとして積み重ねただけのことのような気がするんですけどね。それもあって、朝生の言葉はすごく刺さりました。不幸せだからものづくりができるっていうわけでもないんですけど。
幸せになってしまうことが怖くてたまらない、って現実では割と聞く話なのに、フィクションではあまり描かれていないような気がしたんです。「大人になることは汚れていくこと」みたいな通説に対して、私は「大人になることは幸せに慣れちゃうこと」だと思っていて。幸せな大人になっていく姿を描くこの作品は、まさに私が考えていることを描いてくれています。
児玉さんはどんなマインドで創作活動に取り組んでいらっしゃるんですか?
ちょっと前までは心身を追い込むことがあったんですけど、最近は健康であることに固執し始めてきました。映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』をきっかけに、水木しげる先生の健康オタクな考えに影響を受けまして……。水木先生のエッセイ漫画を読むと、戦争体験によって生きることへの感謝や執念を感じるんですけど、少し下の手塚治虫先生のモーレツサラリーマンのような命を削るような働き方をちょこちょこ批判していたようです。当時の漫画家や作家も寝てない自慢をする方が多かったみたいなんですけど「僕なんて10時間くらい寝ますから」と高らかに宣言できる水木先生の生き方に憧れまして。まずは寝るところから始めて、最近はこまめにジムに通う異常健康体になってます(笑)。
それって続きますか?急に変えたんですか?
徐々に、です。一個一個幸せになっていく、っていうことを私はしています。確かに不幸、不健康そうな人の方がクリエイティビティありそうな気がしちゃうけど、それっていいものを書いているというより、危うさでハラハラさせて他人の気を惹いているだけかなと。今は「より幸せな状態でよりいいものが書けるように」っていう修行をしている感じです。メンタルも安定しているような気がしています。
しあわせになりたい 売野機子作品集・3
作者: 売野機子
出版社: 白泉社
発表期間: 2013年
巻数: 1巻
「楽園」誌上で発表された6本&他誌1本に描きおろし作品を加えた作品集。女性が主人公の恋愛や友情にまつわる話を主に収録している。そのほか作品集として『薔薇だって書けるよ』『同窓生代行』を発表している。
2.『恋とか夢とかてんてんてん』(小山P→児玉さん)「アラサーが暴走する姿は正直グロテスク。とはいえ共感もできてしまう」
私もひとつの恋愛が終わったら「もうこの世界は終わりだ」と思う派なんです。アイドルの曲はラブソングが多いので「うわぁ〜これが叶わなかったら、死ぬ〜〜〜!」という勢いで書くことが多いのですが、フッと「いや、こんなんじゃ死なねえから」「何回世界終わってるんだよ」と冷静になる瞬間もあって。
その力強さは児玉さんの曲に出ていますよね。「私もたくましく生きていこう!」と、聴いてる側は元気をもらえます。
それをいうと『恋とか夢とかてんてんてん』はかなり激動的な作品ですよね。『しあわせになりたい』の主人公・真実は12歳だった一方、この作品の主人公のカイちゃんは私と同世代で、でも真実より大慌て……。テリハさんはどうしてこの漫画をおすすめしてくださったんですか?
この漫画の苦しさを誰かと話したかったんです。
なるほど。実は以前、Xの試し読みで読んだことがあったのですが、そこに出てくるシーンは胸がせつなくなるような美しい描写なんですよね。だから内容もキラキラしていると思いきや、全然そうじゃない(笑)。見事に釣られました。ざっくり言うと主人公のカイちゃんが高円寺くんという名の好きな男の子を追いかけて大阪まで行く物語。アラサー女性が好きな人とのベッドインまで想像して、最終的に鼻血まで出しちゃうっていう。リアルで考えると正直精神的にグロテスクなシーンなんですが、どうしても可愛いんですよ。いわゆる「オタクくん向けに作られたオタクくんに都合のいい漫画」を反転して読んでいる感じというか。脳内でガーッと一人で勝手に物語を進めて「この世界で君と出会えたのは運命」とキラキラを振りまきながら突き進み、高円寺くんがSNSで可愛い女の子にリプライしているのを見ると「誰だこいつ」と、どろどろした嫉妬に燃え始めてしまうという……。
リアリティがありますよね。
すごいのは、片思いのくせに勝手に暴走してることを、カイちゃん自身がちゃんと自覚してるんですよ。そのギャップを含めて自分で自分に絶望してる。そういう部分にリアリティを感じるしグロテスクなんだけど茶化すことができないんですよ。自分の一番見たくないところを見ている感じというか。女である自分が、キモいって言いながらも性的対象として求められることに笑顔が止まらない描写とかあって。
そうそう、ちょっと共感もできてしまうんですよね。
夢追い人のことを笑う顔が、まさに自分がつまんねえって思っていた大人たちの顔になっていたとか、明るく振る舞いすぎて空回るとか……。実際にあることだから、いちいち「ウワ〜〜〜」ってなりながら読みました。
自分の昔やっていた行動を思い返して赤面する感じはありますよね。考えすぎた結果、絶対その一言じゃない、って発言をしてしまったりとか。今思えばやってた、と、思う……。みたいなことがたくさん描かれている。ただ、そのほとんどが思春期の頃に経験していたことなので、それをカイちゃんはアラサーになって初めて経験しているっていうのがもうなんか……。
「やめろ!」って思いますよね。アラサーとはいえ1回目だからもちろん暴走するし(笑)。これが10代の暴走として描かれるものであれば成長の過程として消化できるし、大学デビューや社会人デビューも「まぁ、あるよね」と思えるけど、年齢とともにその“ある”って一個ずつなくなっていくものなのに、同世代の子が現在進行形で経験しているから苦しくなる。現実でもカイちゃんのような人がいることを知っているから特に。
私も読み進めるほどに胸が苦しくなっていきました。でも、好きなもののためなら急に動き出すこともできる、みたいな軽さを発揮してしまう部分には共感できました。カイちゃんは行動力がありますよね。
大阪まで移住するくらいですからね。正直、客観視したらもう読めなくなっちゃうと思います。「あ、カイちゃん一番ダメな道行った。でもこれは『やめなよ』って言っても、燃え尽きるところまでやめないだろうな」っていう感じとか。
心情とともに景色は全部ぐちゃぐちゃに描かれたり、携帯持っている手が震えている感じとか、結構リアルですよね。
「だっっっ」とか、走るの速さの表現もすごい(笑)。
でもこんな風に急にキモい動きしちゃうこともあるあるなんですよね。エレベーター来ないならもう階段で行くわ!みたいな。
このダッシュをする瞬間が何度もあって。服を買いに行く勢いもすごい。お金なんてないはずなのに。
いきなり思いついて「それだ!」ってなったらもう真っ直ぐ。
しかも高円寺くんがまた、キラキラしてるんですよね。彼のような、美しきトラウマとも呼べるモテるやつの解像度もすごいですね。カイちゃんはすごくいい子で、大学くらいまで結構自分の世界を大事にできた人だからこそ、大人になってはじめて彼にその世界をぶっ壊されてしまうわけです。大人だからこそ、色々すっ飛ばして性的関係にもなれちゃったりするのがタチ悪い。中学生くらいだったら憧れでそっと終われたのに、大人になってからの“コレ”って苦しいよな……と。
キラキラとしたシーンだけ見たらロマンチックだし、生々しいところは可愛くラッピングされている。後書きを読むと、作者の世良田波波さんって優しそうな人なんですよ。だからこそ、なんでこんな人からこのストーリーが出てくるのか、ってちょっと怖くなる(笑)。心臓の鼓動の描写なんて、すごくないですか?「ドキドキ」や「トクン、トクン」じゃなくて、掠れた筆で「どっく、どっく」ですよ? ときめきじゃなくて動悸だよ!
少女漫画にはない書体ですよね(笑)。血みどろに描かれる。
少女漫画のネガフィルムのよう。それなのに絵は可愛いし、主人公にとってどうでもいい男の子は顔すら描かれずに徹底してモブキャラとして登場する。それがたとえ初めてキスした相手だとしても。バイトの夢追い人の友達はちょっと文化系イケメンに描かれることもあって。自分がみっともない瞬間を見られるし、他人の夢を笑ったり、性的対象として求められていることにちょっと笑顔になっていたり、自分が嫌だと思っていた存在に自分がうっかりなっている瞬間が描かれていて、これまた……。
この漫画を読むこと自体が半分自傷行為なのかもしれないけれど、私はカイちゃんのことをずっと応援しているんですよ。「頑張れ!」っていう気持ちで読めているので、私の周りの方にも一緒に彼女を応援してほしい、っていう気持ちもあります。そして男性とはこの気持ちを共有するのが難しい気がするので、女性同士で話してみたかった。
男性は「怖ぇ〜」の一言で片付けちゃう人もいそうですよね。読み進めるとカイちゃんは意外と、自分がもうすぐ30歳になり、世間一般でいう「若い女の子」じゃなくなることを気にしているんだろうな、って思いました。可愛い女の子にもどこか嫉妬があるだろうし。気にしていないように見せて本当は気にしてることが滲み出ているので「ぁあ〜〜!いいんだよ!自分をもっと大事にしてよ!セルフジャッジなんてしなくていのに!」ってヤジを飛ばしたくなる。
自分で自分を愛してほしいけど、なかなか難しそう。だから代わりに私がすごい応援してあげたい。どんな形でもいいから、どうにか幸せになってほしい、っていう気持ちで読んでいます。ドキュメンタリーを見ているのと近い気持ちですね。バトル漫画よりも手に汗握る感じ。
脂汗がじっとり出てきますよね(笑)。昔、カイちゃんは絵を描くのが好きだったけど最近は描かなくなってしまって。「絵を描くこと好きじゃなくなっちゃったんだね、他人に認められることが一番の目的になってしまったんだね」と、過去の自分が言ってくるっていう。こんな残酷なことあるかい、みたいな描写もあったり。
「そんなこと言わないでよ!」って思うことが全部描いてある。
バッサリ言われたときの粉々になった気持ち、どうやってかき集めればいいんだろうって。
でもカイちゃんの経験していることはきっと、男性も通った道だと思うんですよね。
「話してくれた」「消しゴム貸してくれた」「俺のこと好きかもしれん」……。
告ったら振られて「なんで?!」とかね。
ジェンダーやセクシュアリティは関係なく、誰にだってこういう暴走はありますよね。この作品では笑いや教訓は一つもないまま、ただただ突っ走る姿を描いている。毎回毎回、ときめく瞬間の描き方はキラキラしていて可愛いのに、好きな人から振られた瞬間は全身ビリビリビリってすごい勢いになっている。そこからいきなり飛んで飛んで、妄想の中で高円寺くんとピクニックに行って結婚して、子供産まれて、最後は猫に包まれて幸せに暮らしていたり。
好きな人に呼び出されたら私もすぐ行ってたな、みたいなあるあるも出てきましたね。
「今暇?」って連絡に「すぐ行ける!」とか、ラーメン食べた後でも「お腹空いてる!」みたいな、すさまじい反射力。
思い返すと都合のいい女だったけど、そのときの自分はただ全力出しているだけで駆け引きとかではまったくない。本当にこれ、あるんです。
どうしてこんな形で閉じ込めるの。こんなの突きつけて、私たちをどうするつもり……って、もうひどい仕打ちです(笑)。でも確かにずっと見守っていたくはなりました。
私は自分と同じタイムラインで生きていてほしい、って勝手に思ってるくらいです。
現実の私は、友達の彼氏っていう存在が大嫌いなんです。恋してる友達はめっちゃ可愛いのに「この人だよ〜」って写真を見せられると冷や水をかけられたような気持ちになる。そして私は水を差す気質があるので、もしカイちゃんが身近にいたら、高円寺くんがキラキラして見える気持ちは理解しつつも「本当にそいつ大丈夫なの?」ってきっと言っちゃってますね。というかすでに「高円寺は絶対ダメだろ!逃げろ!」って、紙に向かって語りかけてますね。「こいつなんていろんなキープしてるよー!仕事できるかもしれないけど所詮空っぽだし、どうせ趣味はサウナしかないよー!」って。
高円寺くんがSNSで知らない女性に話しかけているのとか本来であれば「ん?」ってなりますよね。でもカイちゃんにとっては希望であり運命。
うん、だからやっぱり「そんなやつやめろー!」って言っちゃいたい。
私自身、プライベートで幸せを感じることがほぼないんです。だからカイちゃんが今この瞬間にすべてを賭けてサバイブしている姿を見ると、言い方は悪いかもしれませんがほっとする。「苦しんでてもいいよね」って。でも、苦しんでいることを生きることって錯覚していたら、マジで負のルートに入っちゃうかもしれない。
「星って燃えつきて消える瞬間の光ですから!美しいのは苦しみの光ですからね!」みたいなね。そんなルートに入る前に、まずは飼っている犬をとにかく愛してあげてください。
そうですよね。私、側から見ると「すごく仕事頑張ってるよね」「楽しそうだね」ってよく言われるんです。でも“苦しい”がたくさん募っているし、その気持ちはあまり理解されない感じがしていて。だから好きな人とラブラブで幸せ、っていう漫画を読んでも身が入らない。自分と同じくらいドロドロともがいている人を見て「私も頑張る!」ってなってしまっています。
確かに実際の作業って地味なことが多いし「華やかな世界だよね」っていう言葉に「いや、そうでもないよ」って返すと「またまた〜」って言われてしまったりする。きっとそれはテレビ業界以外でもあることで、高円寺くんにも当てはまるかもしれないですね。「一流企業で、高学歴で、イケメンで、これ以上何が悩みなわけ?」みたいなことを、多分何度も言われてきたと思うんです。あぁ、彼の悲哀も伝わってくるのがさぁ……!
アハハ(笑)。昔は高円寺くんもカイちゃんと同じ側にいて、それを抜け出した今、カイちゃんを俯瞰で見ている可能性もありますよね。
うんうん。カイちゃんの行動も見越してやっている、っていうのはあると思います。
その好意を向けられて気持ちよくなっているからこそ呼んでいる。自分のコンプレックスを満たしてくれる相手として扱いつつも、俺は与えないぞ、みたいな。高円寺くんも人間味はありますよね。
分かっててやってるからこそ、こんな残酷なことをできるのかこいつは、って思っちゃいますけどね。やっぱり、カイちゃん、そんなやつ好きになるのやめろよ!
恋とか夢とかてんてんてん
作者: 世良田波波
出版社: マガジンハウス
発表期間: 2024年〜連載中
巻数: 既刊1巻
漫画家、世良田波波の初連載作品。上京して10年、大好きだった絵を描くことも、SNSで反応がないことが辛くなってやめてしまった。バイトして、家で一人質素な食事をして、寝るだけの生活。そんなカイちゃんが、憧れの“高円寺くん”を追って大阪での生活を始めることに。WEB
漫画サイト『SHURO』にて連載中。
小山テリハさんから児玉さんへのメッセージカード