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苅田梨都子の東京アート訪問記# 11 シュルレアリスム漂う絵や原色の色遣いに惚れ惚れ。『デ・キリコ展』東京都美術館
ファッションデザイナー・苅田梨都子さんが気になる美術展に足を運び、そこでの体験を写真とテキストで綴るコラム連載です。第11回目は、東京都美術館で開催中の『デ・キリコ』展へ。
今回は上野にある東京都美術館『デ・キリコ展』へ訪れる。ジョルジョ・デ・キリコを知ったのは、数年前のこと。私はスキンケアブランドAesopのファンで、愛用している”Tacitタシット”という香水を作る上でジョルジョ・デ・キリコの絵もインスピレーションの元になったそうだ。私はそこからデ・キリコの存在を知り、シュルレアリスム漂う絵や原色の鮮やかな色遣いに惚れ惚れした。しかし、そこまでデ・キリコの絵について詳しく知らなかった。この展示開催が決まった頃からとても楽しみにしていたので、こうして記事として紹介できることも嬉しくて堪らない。
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東京都美術館の外観には大きなポスターが掲示してありとても印象的。ビビッドなベースのオレンジカラーに黒とのコントラスト。エッジが効いており、入場チケットも同じビジュアルで、会場に入る前から気持ちも沸々と高揚する。
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ジョルジョ・デ・キリコはイタリア人の両親のもと、ギリシャに生まれる。ミュンヘンの美術学校で絵画を学び、ニーチェなどのドイツ哲学に影響を受け1910年ごろから簡潔明瞭な構成で広場や室内を描きながらも、歪んだ遠近法・脈略のないモティーフの配置・幻想的な雰囲気によって日常の奥に潜む非日常を表した絵画を描き始める。のちに、「形而上(けいじじょう)絵画」と名付けられ、サルバドール・ダリやルネ・マグリットといったシュルレアリスムの画家をはじめ、数多くの芸術家に衝撃を与えた。
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会場に入ってみてまず感じたのは、デ・キリコの絵画だけではなく、室内のカラーが鮮やかで、章ごとに異なる色の空間であることに感動した。まるでデ・キリコの絵画の中に迷い込んだようなワクワクする気持ちでいっぱいになった。
ここで私がみている絵画は、 《福音書的な静物I》というタイトルで、鮮やかなグリーンとブルーが映える。ビスケットや地図など、身の回りのものが配置されており、複雑なようで親近感も与える印象を受けた。
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
展示会場を歩きながら、印象的だった作品の一つは《神秘的な水浴》の挿絵だ。幼少期、シチリア人の父親はときどきデ・キリコを海水浴場に連れて行った。服を着た人物と脱いだ人物の違いを目にした衝撃の記憶。幼少期に感じた記憶と結びつけて描かれたという遊び心も垣間見える作品には、思わず頷いてしまうほど。素直に納得できるデ・キリコらしい独特な雰囲気が漂っていた。
私は普段ファッションデザイナーをしていることから、人間が服を装うことで生まれ変わるような気持ちや自身の体験がある。デ・キリコが衝撃的に感じた裸である人間と衣を着た人間の違いの違和感と、私が常に考える肌が見えること・隠れることでのデザイン論について少しばかり思想を重ねてしまった。
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デ・キリコは絵画だけでなく、立体作品である彫刻にも挑戦する。絵は平面的で柔らかく、彫刻は立体的で硬さがある。
私も服を作りながらジュエリーを職人に依頼してバングル、リング、ブローチとまだ3作品だが展開している。布の柔らかさに相反するように硬さのあるジュエリーのデザインをしていることから自分と重ねて鑑賞していた。しかし1940年にデ・キリコが発表した論文の一節から、「彫刻は柔らかく、温かくなければならない」「美しい彫刻は、常に絵画的なのである」などと述べており、私にはない感性でデ・キリコワールド全開に、うっとりとしてしまった。
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《谷間の家具》は、家具をコラージュさせたような作品がいくつか並ぶ。個人的にとてもフェティシズムを感じた。こちらはアテネで頻発した地震に関するものであり、そこでは家具が路上に運び出されていたそうだ。デ・キリコは「室内で見ることに慣れているからか、屋外では奇妙な効果を浴びる。」と語る。そうして描き始めた家具を主題にした絵画を《谷間の家具》と呼んでいる。
実際の家具は人間が生活するための道具として一つ一つに多少の空間・余白が必要だが、デ・キリコの描く家具はレイアウトが窮屈で、そのリズムも面白く感じさせている一つの理由だと私は感じた。
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© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024 右上《「アムピオン」の衣装スケッチ:下半分が建築になっている女性の衣装》、右下《「アムピオン」の衣装スケッチ:女性の衣装》 ともに1942年、ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団、ジョルジョ・デ・キリコ
© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024"
© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024
後半には、舞台美術と衣装を手がけた展示があった。個人的に尊敬する画家の描くデザイン画を見られることは稀で貴重であるので、このブースも心がざわついた。実際の衣装は、ファッションデザインとはまた違った制作の仕方で、平面の絵を描くデ・キリコならではの衣装で、個性を放っていた。奥には実際の衣装も飾られているので、ぜひ足を運んで確かめて欲しい。

また、個人的にジグザグとしたモチーフがメインの《城への帰還》が可愛くもお気に入りで、お土産コーナーでマグネットを購入した。今は部屋の冷蔵庫にポストカードと合わせて飾っている。
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デ・キリコ展はとにかくボリューム満点で、今回紹介できなかった自画像やマネキン(マヌカン)シリーズなどまだまだ魅力的な作品がたくさんある。だからこそ実際に直接訪れてみてほしい。東京は8月29日まで開催しており、巡回展として神戸で9月14日から始まるそう。関西方面の皆さまも是非チェックしてみては。