娘から父へ…おいしい日本酒おしえます! 『伊藤家の晩酌』~番外編/日本酒の未体験ゾーンに突入!? 土田酒造の新たなる挑戦~
弱冠22歳で唎酒師の資格を持つ、日本酒大好き娘・伊藤ひいなと、酒を愛する呑んべえにして数多くの雑誌、広告で活躍するカメラマンの父・伊藤徹也による、“伊藤家の晩酌”に潜入! 酒好きながら日本酒経験はゼロに等しいというお父さんへ、日本酒愛にあふれる娘が選ぶおすすめ日本酒とは? 番外編として、おいしくて新しい日本酒のさらなる可能性を感じる土田酒造のお酒を飲み比べ!
(photo:Tetsuya Ito illustration:Miki Ito edit&text:Kayo Yabushita)
今宵は番外編。土田酒造の限定酒5本を飲み比べて、味わったことのない奥深さを堪能!
娘・ひいな(以下、ひいな)「今回は番外編として、ぜひとも飲んでほしい日本酒を用意したよ」
父・徹也(以下、テツヤ)「おっ、楽しみだねぇ」
ひいな「本間先生もぜひ飲んでみて!」
本間先生(以下、先生)「うれしい〜!」
ひいな「じゃ、飲む前に、このお酒について説明するね。群馬県にある土田酒造は山廃のお酒を造っている酒蔵なの。この『土田イニシャル F(以下、F)』も山廃造りで、『土田イニシャルR(以下、R)』は蔵に棲みついている140種類もの酵母の中からおもしろい酵母を見つけて山廃で醸したもの」
テツヤ「どんな味なんだろう? 楽しみだな」
先生「ピンクのラベルに書いてある数字は何?」
ひいな「この数字はね、麹の歩合のことなの。普通、お酒って麹は20%しか使わないの。だけど、このお酒は麹を55%も入れて造ったお酒で、こっちは77%、これはなんと99%も入れて造ったお酒っていうこと!」
先生「麹がたくさん入っているってことなんだね」
テツヤ「麹が99%ってどういうことなんだ? よくわかんなくなってきたぞ(笑)」
ひいな「1%しか白米を使ってないってこと」
テツヤ「ほとんど麹で醸したお酒ってことか」
ひいな「そう。麹が100%になっちゃうと白米が入ってないから日本酒って言えなくなっちゃう。土田酒造は麹に注目していて、麹をメインにお酒を造ってみようっていうおもしろいプロジェクトなの」
テツヤ「麹がたくさん入っていると、味はどう変化するの?」
ひいな「いい質問! 麹を食べると甘味があるんだけど、その麹が多いっていうことは…どんな味になるか想像してみて!」
先生「う〜ん、めっちゃ酸っぱいのかな?」
テツヤ「うん、俺もそう思う」
ひいな「なるほど。酸っぱいイメージなんだね。じゃ、まずは『F』から。全部常温で飲んでみてね。そのほうが味が引き立つから」
テツヤ「おぉ! これは酸っぱい!」
ひいな「今回から造り方を山廃から生酛に全部変えたんだって。土田酒造はいつも挑戦している、すごく実験的な蔵なの」
テツヤ「潔いね。かっこいいね」
先生「私、『山廃』の読み方がわからなくて、居酒屋さんで知ったかぶりしちゃって『さんばい』読んだことがあったな(笑)」
テツヤ「小学校ではこの読み方は出てこないか(笑)」
先生「ないですね(笑)」
ひいな「次は『R』」
先生「不思議な香り!」
テツヤ「うん、日本酒っぽい味わいだな」
ひいな「次は『土田 麹Gradation 55(以下、55)』」
テツヤ「おぉ! フルーティ!」
先生「おいしいワインみたい!」
ひいな「次は『77』」
テツヤ「これ、冷酒で飲みたいねぇ」
ひいな「そう思って、ちゃんとご用意しております(笑)」
テツヤ「うわ、めっちゃうまいね!」
先生「色もだんだんと濃くなっていっている気がする」
テツヤ「どんどんおいしくなるね」
先生「麹が増えれば増えるほど…」
テツヤ「どんどん甘く、スイートになっていくってことだ!」
ひいな「サワーからスイートへ」
先生「なるほど、甘いんだね」
ひいな「『99』は…」
先生「すっっごくおいしい!! こんな味の日本酒、初めて!!!!」
テツヤ「おいしすぎる…。1%しか蒸米が入ってないってどういうこと!?」
先生「麹99%でもお酒になるんだ! これは、ヤバいですね」
テツヤ「うん、土田酒造ヤバい。攻めすぎ」
先生「飲むたびに、全部おいしいね」
ひいな「こんなに飲み比べできるなんて、私もうれしい」
テツヤ「土田酒造か伊藤家しかできないんじゃない?」
ひいな「(笑)。麹歩合の世界へようこそ」
テツヤ「違う扉を開けちゃったね」
ひいな「衝撃度がすごいね」
テツヤ「これは番外編にふさわしい酒だね」
限定レア酒5本の中から自分の好きな味はどれ? 酒の好みに人格が出る!?
先生「好きなのは『F』と『99』だな」
ひいな「両極端なお酒ですね」
先生「だって、どっちも味わったことがないんだもの! 振り切ってるのが好きなんですよ、日常でも。お酒の好みって自分が出ません?」
テツヤ「そうそう。今までの連載でも、自分は意外と保守的なんだなって思うんですよ。『77』が好きだなぁ」
ひいな「そうだよね。今までの好みの感じだと、お父さんは真ん中が好きだよね」
テツヤ「振り切らずに、バランスいいのが好き♡」
先生「お酒に見る人格像とか、何だかおもしろいね」
テツヤ「俺はさ、やっぱり優等生な酒が好きなんですよ。どんなお酒を好むかによって、人となりがわかるっていうかさ。『R』が好きな人は変態だと思うな(笑)」
先生「それにしても、伊藤家はみんなアーティストだね。いいね」
ひいな「私以外は…」
テツヤ「いやいや、ひいなが一番アーティストだよ!」
先生「そうだよ! 日本酒アーティストだよ! 私も自分のことアーティストだと思ってるよ」
テツヤ「思ってるんだ(笑)」
先生「アーティストだって思いたいなって」
テツヤ「子どもたちの可能性を伸ばすも伸ばさないも先生次第ってことあるもんな」
先生「いい作品を作るとかそういうことじゃなくて、創造性のある仕事っていうか。作り直してもう一度作るとか、そういうことも全部アーティストだと思うんです」
テツヤ「人を育てるってすごくクリエイティブなことだよね。先生もアーティストだと思うよ」
先生「この土田酒造のお酒だって、通常は麹が20%の世界で、今までの造り方や考え方を壊しておもしろそうだからやってみようってチャレンジしているわけでしょう? 造ることと同じくらい壊すってすごく大変なことだと思うし、すごくクリエイティブなことだと思う」
テツヤ「こんなにうまい酒造っちゃうんだもんね? どれもこれも想像を超えた味。もはや、日本酒なの?って思いながら飲んでる」
先生「うん、どれも味わいが独特で、主張がありますね」
ひいな「じゃあさ、みんなで自分が好きなお酒、選んでみようよ!」
テツヤ&ひいな&先生「せーの!」
先生は「99」、ひいなは「F」、テツヤは「77」をセレクト!
ひいな「私はダントツで『F』の酸味が好き♡」
先生「やっぱり私は『99』が群を抜いて好きだなぁ」
テツヤ「最初から俺は『77』に惚れた!」
ひいな「どうしてそれが好きなのか、理由を教えてほしいな。まず私から。『F』のおいしさは飲んだ時のこの甘酸っぱさ。もう例えられないくらいおいしい!」
テツヤ「米ってこんなに酸っぱいものなの?って思うよな」
ひいな「余韻も“立つ鳥跡を濁さず”みたいな、きれいにまとまってる感じもあって、推しの一本です」
先生「うん、私も好き♡」
テツヤ「ヨーグルトみたいな感じもあるよな」
ひいな「そうそう。山廃もそうだけど、乳酸菌を使って造っているから、ヨーグルトっぽさを感じるのは間違ってない」
先生「乳酸菌が入ってるの?」
ひいな「そう、乳酸菌が生酛や山廃には必要不可欠なの。お米自体には糖分がないので、でんぷん質を糖分に変えなきゃいけなくて。その糖分をアルコールに変える過程があるんだけど、その時に乳酸菌ではなく乳酸を入れて発酵させるのが『速醸』。でも、この土田酒造は、蔵に棲んでいる菌を取り込みながら作っていて。『山卸(やまおろし)』っていう長い棒で米と麹をすり潰す作業をやっているのが『生酛』で、その作業が大変だからとなくしたのが『山廃』。『山おろし』を廃止したから『山廃』なんだよ」
先生「なるほど! 何かをなくしたんだろうなとは思ってたけど、造り方のことだったんだね」
テツヤ「ひいなが先生に教えてる(笑)。『ひやおろし』にしても『山廃』にしても、言い方がまどろっこしいよな(笑)」
ひいな「『山卸』を廃止したのは、すごく大変な作業が省けたってことだから、前向きなことなんだよ。生酛造りをしている蔵は全体の1%しかなくて、残りの9%が『山廃』、90%が『速醸』なんだよ」
テツヤ「その速醸の技術でも、今はうまい酒が増えてるってわけだ」
ひいな「おいしくなってきてるけど、やっぱり『生酛』とか『山廃』が好きっていう人もいる」
先生「味の違いって何なんだろう?」
ひいな「やっぱり独特な酸味かな」
先生「そこなんだね。すっきり飲みたい人と、お酒を酸味も雑味も丸ごと味わいたい人と好みが分かれるのかな。ガンガン飲む酒好きな友だちに山廃はダメって言う人がいたの。でも私は自己主張が強い方が好きだな」
テツヤ「ワインもコーヒーも最近、酸がポイントなのかも」
ひいな「この記事を読んだ板前さんと話をしていたらね、『酸味』じゃなくて『酸っぱ味』って言ったほうがいいよって言われたの。酸味っていうと、レモンだったり、ヨーグルト系の乳酸系だったり、それぞれ想像するものが違うからって」
テツヤ「じゃ、今日から酸っぱ味、で」
先生「それは学校では教えてくれないもんね。お酒はいろんなことを教えてくれるね」
テツヤ「本当に。とりあえず20歳まで元気で生きてないと酒飲めないわけだけだし。ひいながここまで元気に育ってくれてよかった!」
テツヤ「俺は『77』だね。甘味だけじゃなくて、酸っぱ味も感じられるから。でも『55』よりも圧倒的に甘みが増してる。なんかね、ブランデーを飲んでる感じかな。『99』までいっちゃうとポートワインっぽいから。『77』だったら食事中も飲めるし、ワイングラスで飲めば味も変わるかなって。いろんな可能性を秘めた感じで俺は好きだな」
ひいな「食中酒でもいけるし、ちょっとチーズとかと合わせてワイン的にも使えるかも」
テツヤ「そうそう、酸が消えてないからね」
先生「私はもともとすっきり辛口が好きなんですよ。米の味がしっかりする甘みのあるものも好きなんですけど、『99』はお酒だけでいけて、他はいらないなって。つまみと合わせなくてもいい」
テツヤ「どんだけ飲んべえなんですか、先生!」
先生「この子を受け入れるしかない、君と対峙したい!みたいな。とことん向き合いたいお酒ですね。今までは常温で日本酒を飲むことはなかったんだけど、最近、常温で飲むおいしさを覚えてきたところにこの感じ! たまらないです」
テツヤ「大人の酒だよね」
先生「お酒ってこっちが選んで飲むじゃないですか。でも、これは飲んでくれよって、向こうから寄り添ってくる感じ(笑)」
テツヤ「ひいなが選んだ『F』も先生が選んだ『99』も、思いっきり振り切ってるのがいいよね。俺だけバランス取っちゃったな(笑)」
先生「なんかね、これは1回しか会えない感じがするんですよ」
テツヤ「俺はね、毎日会いたいんですよ。だから毎日一緒にいたいんですよ!」
先生「私もそうですけど(笑)。たまにありません? 思わず浮気しちゃう時」
ひいな「それが『99』だと(笑)」
先生「こんな世界があるんだっていうのを知られたのがうれしい。こんなお酒があるんだっていうことがね、もう驚きです」
テツヤ「びっくりしたね。これも日本酒なんだもんな」
先生「ひいな、新しい日本酒の世界を教えてくれてありがとう!」
ひいな「どういたしまして!」
(次回からは第五夜。11月10日更新予定です)