わたしたちの無加工な「独立」の話 #9〈tukifune〉代表・月舟蘭さん

WORK&MONEY 2024.09.27

どのように働くかを考えるとき、選択肢の一つとなるフリーランスや起業などの「独立」という働き方。では、実際に独立して働いている人たちは、どのようにその働き方を選び、「働くこと」に向き合っているのでしょうか。さまざまな状況のなかで「独立」という働き方を〈現時点で〉選んでいる人のそれぞれの歩みについてお話を伺っていきます。
財布や鞄、キーリングなど、機能的で、澄んだ美意識に貫かれたプロダクトブランド、〈tukifune〉を主宰する月舟蘭さんは、「苦手なことが多い」と自身について話します。ものづくりや、仕事のなかで、月舟さんはどのように「苦手なこと」と向き合ってきたのでしょうか。

──ものづくりをするようになったのはいつ頃からですか?

月舟:さかのぼると、中学生くらいの頃からずっとものづくりが好きで、服や小物をつくっていました。高校生のときに自分でつくった鞄を使っていたら、友達からお金を出すからつくってほしいと言われたのが、人からお金をいただいてものをつくった最初の経験です。

わたしたちの無加工な「独立」の話 #9 月舟蘭

──大学時代から〈tukifune〉として活動を始めたそうですね。

月舟:〈tukifune〉という屋号を決めたのは2013年で、長野の大学で繊維工学の勉強をしていたときでした。大学1年のときに個展をやる機会があって、帆布の鞄を販売したんですけど、いろいろな方に買っていただけたことで、ちょっと自信になって。活動を続けていきたいなという気持ちになりました。

──繊維工学というと、どんな勉強をされていたんですか?

月舟:卒業研究では、消防服のための、燃えにくくて瓦礫でも傷つかない、耐久性に優れたハイスペックな糸をつくりました。実家がニットの工場をやっていたので、機械でものをつくるような、工学的なアプローチが身近だったんです。大学時代にはプロダクトデザイナーの方のところでインターンをしたり、人間工学の勉強をしたりもしていました。

わたしたちの無加工な「独立」の話 #9 月舟蘭

──卒業後はどうされたんですか?

月舟:セミオーダーの鞄の工房に就職しました。小さい工房だったので、接客や裁断、ほかの店舗とのやりとりなど、いろいろなことができて、貴重な体験ではありました。ただ、対面での接客が向いていなかったみたいで、結果的に寝たきりになるぐらいまで体調を崩してしまって。1年で退職して、実家に戻って療養することになりました。

──大変でしたね。療養されている期間はどのように過ごされていましたか。

月舟:最初は本当になにもできなかったんですけど、ちょっとずつものをつくることができるようになって。そのときに、いまも販売している「money case clear」や、鞄をつくり始めて、なにかがつくれたという成功体験が、自分のケアに役立ったような気がします。

そうするうちに少し元気になってきて、「money case clear」をSNSにアップしたところ、ちょっと反響があって。おっかなびっくりで販売してみたら、いろんな人が使いやすいと言ってくださって、たくさんご注文いただくようになりました。それからちょっとずつせっせと新しいものもつくっているうちに、ネットでものを売って生計を立てていける見通しが立って、東京に出てきました。いまも病気の治療を続けているのですが、東京の方が病院もありますし。

「money case clear」
「money case clear」

──会社を立ち上げて今年の7月で4年目だったそうですね。

月舟:やっぱり個人だと取引ができない場合があるので、じゃあ会社にしようかなと。

──個人の体調や事情と、社会から求められるリズムが噛み合わない場合があると思うのですが、月舟さんはご病気の治療を続けられているなかで、仕事とのバランスは取れていますか。

月舟:いまはかなり自由にできている感じはします。アルバイトさんに来てもらっていても、体調が悪かったら、「ごめん、ちょっと仮眠するね」って、お任せして休んだり。アルバイトさんもお昼寝することがあるし、いつ来ていつ帰ってもいいという形で働いてもらっているので、お互いにストレスなくやれていると思います。

──お昼寝、いいですね。

月舟:せっかく自分が代表なので、それならみんながやりやすい形がいいなと。アルバイトさんは、知人の紹介の方もいれば、応募して働いてもらっている方もいるんですけど、私の周りには障害がある子も多いので、特性として苦手なことがあったら配慮したくて、面接のときに事前に教えてもらうようにもしています。

わたしたちの無加工な「独立」の話 #9 月舟蘭

──制作のアイデアはどんなところから生まれてきますか?

月舟:私自身も発達障害のグレーゾーンで、苦手なことが多いので、「ちょっとしんどいな」という部分を解消するためにどうしたらいいかを考えて生まれたものが一定数あります。

たとえば、私は確認の脅迫性があるので、お財布やスマホが鞄にちゃんと入っているか、外出先で5分に1回くらい確認したくなってしまうんです。でも、お財布を極限まで小さくすればポケットに入るから、そこにあることが感触でちゃんとわかります。自分がつくったプロダクトで、ちょっとでも生活しやすくなればという思いがあるんです。

──実際に購入して使われている方から感想をもらうことはありますか?

月舟:使いやすいと言っていただくことが多くて、ボロボロになりつつも使い続けて、最近ようやく買い替えたと教えてくださった方もいます。長く使っていると言ってもらえたときが、この仕事をしていて一番嬉しいです。見た目だけが良くて使い勝手が悪いものは、結局使わなくなるので、そのために販売前に1ヶ月間ぐらいは自分で使ってみるし、冷凍庫に入れたり、真夏に外の直射日光の下に置いてみたり、いろんな検証をします。

わたしたちの無加工な「独立」の話 #9 月舟蘭

──もともと個人的なものづくりから始まったプロダクトを製品化していくことの大変さはありましたか?

月舟:自分の手を離れてしまうことで、クオリティを保つ難しさはありますね。最初のうちは自分でミシンをかけてつくるところから始まって、いまは工場にお願いしている部分もあるんですけど、全部をお任せせずに、すぐに私が確認できる環境でアルバイトさんにお願いする部分を設けることで、納得できる品質のものをお届けできていると思っています。

──今後はどんな風に活動していきたいですか?

月舟:これまでしばらくは量産して販売する前提でものづくりをしていたので、この辺りで、売ることや量産することを考えずに、自由に作品をつくりたいなと思って、来年ぐらいに展示をする予定です。やっぱりどうしてもだんだん枯渇してきてしまうところがあるので、自分の中に栄養を蓄える時期がいまは必要かもしれないと思っています。

text_Yuri Matsui photo_Mikako Kozai edit_Kei Kawaura

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