チャンスを掴むためのエッセンス 明日の転機予報/プロボノワーカー・西川千佳子さん

WORK&MONEY 2023.07.24

仕事の転機は、努力で掴み取ることもあれば、突然おりてくることもある。チャンスをものにするには、日々どんな準備をしておけばよいのか。Hanako編集部のキャリアインタビューがリニューアル。気になる人のキャリアの転換点を探ります!第2回目は、大手企業のマーケティング職をされながら「プロボノワーカー」としても活動する西川千佳子さんです。

西川さんは大手外資系消費財メーカーを中心に、マーケターのキャリアを築かれてきました。2011年からは仕事以外に「プロボノ」活動でもマーケターとして従事されています。

プロボノとは、「公共善のために」を意味するラテン語「Pro Bono Publico」を語源とする言葉。社会的・公共的な目的のために、職業上のスキルや経験を活かして取り組む社会貢献活動です。異なる専門性を持つ社会人がチームで協働し、NPOなどソーシャルセクターの課題に取り組みます。プロジェクト単位で自ら申し込み参加。1プロジェクトは長いものでは6ヶ月におよび、週1回のミーティングなど定期的なコミットメントが求められます。

参照:サービスグラントHP

つまり、仕事さながらの業務内容にも関わらずその対価は発生しません。一見割に合わないと思われる活動にも関わらず、西川さんがプロボノに魅せられる理由は一体何なのでしょうか?副業やフリーランスなど働き方が多様化するなか、プロボノという活動が、仕事とは異なるあなたの生き方の一つの選択肢になるかもしれません。

転職先の企業理念に触れ、社会貢献への意識が高まる

プロボノワーカー アートプロボノ

ーーまずは西川さんの経歴について教えてください。

新卒で入社した外資系投資銀行で5年、マーケティングリサーチ会社で4年勤務し、マーケティングのキャリアを歩み始めました。その後、夫の海外派遣を機にわたしも渡米し、2人でMBAを取得。帰国し、〈ジョンソン・エンド・ジョンソン(以後、J&J)〉にブランドマネージャーとして就職します。日本市場を重視しているという点で、日本に工場がある企業が良いと思ったことと、「クレドー」という企業理念に心を打たれたことが入社の決め手でした。J&Jはのべ12年勤め、退社。

そのタイミングで自分のキャリア開発にはピリオドを打ち、社会支援に軸足を移して、職業体験施設〈キッザニア〉や外資系医療機器メーカー〈メドトロニック〉などでマーケティング職に携わり続けています。プロボノは、仕事と並行しながらこれまでに計4つのプロジェクトに参加してきました。

ーープロボノについて伺う前に、J&J入社の決め手にもなったクレドーについて教えていただけますか?

1943年にできたJ&Jの企業理念で、「会社の果たすべき4つの責任」が明文化されているもので す。自分たちが責任を負っているのは、顧客・患者、社員、地域社会、株主の4つで、重要な順に並んでいます。社員は、これを前提に行動することが求められ、わたしも入社する際、クレドートレーニングという企業理念を理解・体現できるようになるための研修を受けました。人種も文化も異なる人々が集まって、具体的な場面を例に用いながら社員はどう行動すべきか対話をしたのを覚えています。

2009年発行の「我が信条(Our Credo)」についての冊子(赤)
2009年発行の「我が信条(Our Credo)」についての冊子(赤)

ただ掲げるだけの信条ではなく、クレドーは実際に社員の行動指針になっているものです。J&Jのマーケティングには、テレビCMなどで大きく宣伝し、新商品のヒットを狙うようなやり方だけではなく、ヘルスケアという公的基盤があります。そのため、製品を通して課題を抱えた生活者や社会に対してどう役に立てるかという視点が常に必要です。

この方針が、わたしが社会的課題に目を向けるきっかけやプロボノのスタート地点になりました。また、わたしも立ち上げに関わったのですが、J&Jには社会貢献委員会という社員が自主的に参加する組織があります。委員会では、予算化されている寄付金の寄付先を選定したり、 社員が参加できるボランティア活動のメニューを定めたりしました。誰でも社会貢献活動に関わることができる土壌が社内にありましたね。

企業で働くなかで芽生えた社会貢献の意識を、仕事以外の形で実現する

インタビュー プロボノ

ーーそんななか、プロボノ活動を始めたきっかけはなんですか?

仕事では定期的に新商品を出すなど一連の流れは決まってきます。マーケティングという役割は変わらず、仕事以外の場所で異なるアウトプットを出す経験ができないかと考えていました。

上海勤務を終えた帰国後、J&Jの同僚にその話をしたところ、「プロボノが合いそう」と紹介してくれたんです。そのとき初めてプロボノを知りました。家に帰ってすぐに調べてみたら面白そうだったので、その場でプロボノワーカーとしてサイトに登録して早速プロジェクトに参加しました。

ーー具体的に、どのような活動をされてきたのでしょうか?

最初に参加したのは、「野沢3丁目」という世田谷区の子ども向け野外遊び場のホームページ作成のプロジェクトです。わたしたちプロボノワーカーとNPOの方々とで対話を重ねていきながら、プロジェクトが進んでいく。地域と直接関わるこのプロジェクトがとても印象的で楽しく、当時のメンバーとは今でも家族ぐるみでお付き合いをしています。

プロボノでしか得られないものがあるから、金銭的な対価は期待していない

プロボノ マーケ 西川さん

ーープロボノの魅力はなんでしょうか?

仕事ではビジネスの目標達成のために責任を果たすことが求められます。一方でプロボノでは、依頼者であるNPOの方々とコミュニティの課題解決に向けて並走していきます。仕事とは異なる取り組み方で、多様な背景と目的を持つ参加者が解決策を目指し頑張る。社会的課題に向かって、みんなで気持ちよく時間を共有できるのはいいところですね。

ーー参加するプロジェクトは仕事さながらです。副業でマーケティングに携わるという選択肢もあるなかで、金銭的報酬が発生しないプロボノを選ぶ理由はなんですか?

わたしの中で金銭をもらうことはあまり重要ではありません。最低限の生活基盤は仕事で保っているので、プロボノに期待することは仕事では得られない経験です。自分がお金を払ってでもやりたいぐらい。会社員として働いていると知り得ない世界、同じように仕事を抱え忙しいながらも一緒に乗り越える前向きなメンバーからの学び、報酬に反映されない評価、そして高い責任感とモチベーションを求められる環境は、プロボノならではだと思います。世の中がこのような地域コミュニティによって支えられているんだと視野を広げることができたのも、プロボノのおかげです。

わたしは「子ども」や「マーケティング」など、自分の好きなことに関わるプロジェクトを選んで参加しています。「次回はこんなプロジェクトに参加したい」という好奇心が、プロボノを継続するモチベーションにもなっているんじゃないかな。

ワークライフバランスは意識しない。社会での新しい自分の居場所を見つけ、心が満たされる

ARDA-事務所

ーープロボノのプロジェクト期間中は、どのようにお仕事と両立されているんですか?

リモート体制になる前は、仕事を終えて遅い時間に帰宅し、その後、もしくは休日にプロボノの作業をしていました。NPOへの提案資料の作成時期などは忙しくなりますが、メンバーとのミーティング以外は自分で時間管理をして両立しています。

ーー遅くまで働きながら並行してプロボノ活動をされるなかで、ご自身の時間は持てていますか?

もちろんプライベートの時間はあって、スポーツ観戦や映画鑑賞はとても好きです。ただわたしはマーケティングという仕事が好きなので、いわゆるワークライフバランスはあまり意識したことがなくて、「仕事もプロボノもしてたら自分の時間がないじゃない!」と悩むことはありませんでした。今は世の中全体の働き方も変わりましたが、わたしは仕事漬けの時代も経験しているので(笑)、当時と比べたら余裕があるからプロボノが楽しめるのかもしれません。

ーープロボノ含め今後取り組んでみたい活動はありますか?

今は、プロボノとは関係なく下北沢の地域コミュニティ活動に参加しています。プロボノで学んだプロジェクトの回し方や、マーケティング的なバックグラウンドが役立つ気がします。プロボノで協働していたメンバーも巻き込んでできたら面白そうですね。もう一つはクロスコミュニティネットワーキング。NPO同士が交わるような場所を設けて、より良い運営の仕方や課題解決の成功事例の共有など、学び合いができる場づくりに興味があります。

気持ちを上げるという西川さんが大切にするもの

右:「黄色は気分を上げてくれるので、黄色いアイテムばかりつい買ってしまいます。ウサギのポーチは10円玉しか入っていない小銭入れ。ここからお賽銭を出したりします」左:映画『THE FIRST SLAM DUNK』のクリアファイル。高校でバスケ部に所属していたとき、膝の怪我でレギュラーから外れてしまった経験を思い起こさせるそう。その経験で初めて試合に出られない人の立場を理解できるようになり、他者のことを考えるようになったと話します。
右:「黄色は気分を上げてくれるので、黄色いアイテムばかりつい買ってしまいます。ウサギのポーチは10円玉しか入っていない小銭入れ。ここからお賽銭を出したりします」左:映画『THE FIRST SLAM DUNK』のクリアファイル。高校でバスケ部に所属していたとき、膝の怪我でレギュラーから外れてしまった経験を思い起こさせるそう。その経験で初めて試合に出られない人の立場を理解できるようになり、他者のことを考えるようになったと話します。
photo: Gyo Terauchi, edit&text: Chika Hasebe

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