“あなたが悪い”のその先へ。受刑者の再生物語から学ぶ、自分の感情との向き合い方
誰しもが自分の中に自分なりの正義を持っていて、それに反すると相手を責めたくなってしまう。とりわけ、罪を犯した人への風当たりは強く、反射的に裁きを求めてしまう人は多いのではないでしょうか。その風潮に一石を投じ、自他の感情を尊重し、想像力をもつことの大切さを投げかける映画監督の坂上香さん、そして、ヨガを通して受刑者の更生支援を行う松浦亮輔さんと井上さゆりさんに、「受刑者の再生から私達が学ぶべき対話の大切さ」を教えてもらいました。
罪には罰を、を再考する
思い通りにならなかったり、期待外れだったり、損をしたり、傷つけられたり。自分にとって“正解”ではないことに対して、誰しも大なり小なり、怒りや苛立ち、嫌悪を感じ、それが肥大化すると、負の感情に飲みこまれてしまうことも。そんな時、私たちは無意識に相手を“ダメ”、“間違っている”、“悪”とレッテルを貼りがちです。
それが、人を殺めたり、暴力をふるったり、盗んだり、欺いたりする“犯罪”ともなればなおさら。強い嫌悪や憎悪、裁きを望むのは“正しい人”としての“正しい正義”。自動操縦的に、罪には罰を求めてしまうところがあります。
ただ、ここでひと呼吸。立ち止まって想像してみましょう。相手の気持ちや置かれている立場を。その背景にあるものを。すると、怒りといった強い感情に支配され、狭くなっていた視野が拓けて、新たな気づきが見えてくる感覚がなんとなく実感として理解できるのではないでしょうか。
この想像というプロセスをもって、“罪と罰”というおなじみのレトリックの死角に光を当て続ける人がいます。それが受刑者の更生プログラムにフィーチャーしたドキュメンタリー作品を撮る映画監督の坂上香さん、そして〈プリズンヨガサポートセンター〉(以下、〈PYSC〉)の松浦亮輔さんと井上さゆりさん。
受刑者、という身近とは言い難い存在に、人と人として丁寧に繋がり続ける3人が目撃してきた、対話が持つ再生力とは。罪を犯した彼らの再生は、私達に一体、何を教えてくれるのでしょうか。
“感情の筋肉”を育てることで、罪と向き合う土台を作る
坂上さんが監督を務め、2019年に公開された『プリズンサークル』では、官民協働の新しい刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」を舞台にして、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促すTC(Therapeutic Community=回復共同体)というプログラムを通して、変化していく受刑者の姿が収められています。
自身も、子どものころ、集団リンチを経験したり、家庭では虐待と言えるレベルの過剰な躾を受けるなど、被害を経験した坂上さん。「逃げ場はない。でも、生き延びなくてはいけない」、そんな切迫した環境の中で、いじめに加担したり、弟に暴力をふるうなど、加害側に立ってしまったこともあったという。
加害者であると同時に被害者でもある。だから、多くの受刑者が、『自分は被害者だ』と、自身を憐れむ“自己憐憫”を抱いているんです。通常の刑務所では、ただ社会から隔離して、もう二度とこんなところには来たくないと思わせるために、人間としての尊厳を奪うような扱いを受ける。でも、それでは自己憐憫から抜け出すことができず、当然、犯した罪に向き合う段階までいけないんです。
と坂上さんは、受刑者が再生する場として、従来の刑務所の機能不全性を指摘します。自己憐憫、つまり被害者意識が強いうちは、「自分のせいではない」と自分を守りたいという気持ちから視野が狭くなってしまい、自分の犯した罪と向き合うことはできません。
そこで、キーワードとなるのが“エモーショナル・リテラシー”。さまざまな感情を感じ取り、理解し、表現する能力のことで、感情に振り回されるのではなく、感情に対応できるようになるための方法を指します。
TCで用いられるワークブックの中では、「“感情の筋肉”を鍛えること」と表現されています。感情の筋肉を育てることで、被害者として持っている自己憐憫の感情と正面から向き合う。そうして、感情の土台を作り、加害者として自分がやったこと、感じていることを少しずつ確かめていき、被害者の感情にも思いを馳せていくのです。
松浦さんが代表、井上さんが副代表を務める〈PYSC〉の取り組みも、まさにこの部分に重なる。〈PYSC〉では、刑務所の中でも実践できるように配慮されたヨガや瞑想のやり方をまとめた冊子を受刑者に送り、本人の希望に合わせて、専門知識を持ったパーソナルサポーターによる文通を行っています。
ヨガはボディメイク、フィットネスといったイメージがすっかり定着していますが、本来的に重要視されているのは、自分の内面と向き合うこと。
心ではどんなことを思っていて、体では何を感じ取っているのか。思考や理性で動くことばかりを求められる私達が忘れかけている、自分の感覚や感情を感じ取る練習といえるのです。
もともと坂上さんも参加していた国際人権団体〈アムネスティ・インターナショナル〉で共に活動していた松浦さんと井上さん。
一方、井上さんに大きな影響を与えたのは元死刑囚の永山則夫さん(※)の存在。当時の感情の変化を井上さんはこう振り返ります。
※永山則夫さん:4人を殺害した罪で収監された死刑囚。虐待、貧困、児童労働、教育、愛情、人間関係の欠如といった、壮絶な少年時代を送った彼は、獄中で学び、1997年の死刑執行までの間にベストセラーとなった『無知の涙』をはじめ数々の文学作品を発表した。
罰することでは何も変わらない。彼らに必要なのは、ストレスや不安に振り回されない安定した心。自分を愛し、他者を慈しむ穏やかな心であり、ヨガはそれらを育て、再び犯罪に関わることのない生き方を後押しすることができる。そう二人は自身の実践から感じ取り、今の活動の原動力となっていると言います。
言葉を手に入れ、暴力を手放す
方法は違えど、自分の感情との対話を大切にしているTCとヨガ。その背景を深掘りしていくと、坂上さん自身も経験したような“暴力の連鎖”という考え方があります。
かくゆう、アリス自身も“暴力の連鎖”に警鐘を鳴らしながら虐待を行っていたことを、彼女の死後、息子で精神分析医のマーティンが告白してます。アリスは戦時中に過酷な目に遭い、戦後も封印し続けたんです。
救いなのは、マーティンは母親としてのアリスを糾弾しつつ、その連鎖を断ち切るためには、『被害を受け続けることも、加害に加担することも拒み、真実を語る必要がある』という彼女の理論を支持し、実践したところ。
TCの参加者も暴力の連鎖の中で生きてきた人が多いから、最初は自分の感情が全然わからない。でも、『これはどう思う?』『 あれはどう?』 と対話を重ね、それをまわりが受け止め、自分も自分を受け入れる。そうする中で、感情の筋力を取り戻していくんです。
でも、暴力に関わらなくても、その人がこうありたいと思っていたものを形にすることができれば、自然と犯罪から遠ざかっていきますよね。
受刑者の方のお手紙からも、体の変化だけではなく、『瞑想を通して、今まで目を向けてこなかったり、気づいていなかった辛い部分に気がついて涙が出てきた』など精神面での変化、他の人との関係性が良好になったという報告をいただいています。
受け入れてもらえるという安心感が人を変えていく
他者、そして自己との対話を通して、これまで蓋をしていた感情を少しずつ解放していく。この癒しのプロセスで欠かせないのが、安心感。TCの中では、本人が感じていることを安心して語り合える場を「サンクチュアリ」と呼んでいます。
坂上さんは映画の内容や舞台裏をまとめた自著、『プリズン・サークル』の中で、TCが提供する「サンクチュアリ」について、支援員の言葉を借りてこう記しています。
ーー問題には、みんなで対処し、失敗しても解決に向けて努力すれば許され、傷ついたと言う権利が認められ、それを語れば耳を傾けてもらえ、包摂される場所。
「私は出所した人からいっぱい、いろんなことを教えてもらっている」と坂上さんは言います。
でも、彼らからそういう言葉がでてくるのは、彼らにとってTCは本当に充実した場で、本人たちは『何も撮れていない』というくらいたくさんのことを学び、獲得したということ。
互いに耳を傾け合い、安心して自分をさらけ出せるサンクチュアリは、彼らにとって、人生で初めて出合ったといっても過言ではないくらいありのままの自分を受け止めてくれた環境。だからこそ、出所後も共に分かち合った仲間との絆は強い。
確かにヨガや瞑想は自分との対話なのですが、井上が先ほど触れたように、他者との関係性にも大きな影響があることが報告されています。例えば、これまでは、喧嘩したら懲罰房に入っておしまい、ということを繰り返していたのが、ヨガや瞑想の実践により、喧嘩しそうになった時に一度立ち止まって、ひと呼吸置いて、自分から謝り、関係性を修復することができたという事例がありました。
また、他の受刑者さんにヨガや瞑想を教えているなんて人も。自分が変わることで自分のまわりに、自分を受け入れてくれる環境が醸成されてくる。そんなよい循環につながっていくと感じています。
ちょっとのリスクを背負う勇気を
壮絶な経験の中で、感情の筋力が弱りきってしまい、自己や他者との関わり方に問題を抱えていた受刑者の方々。でも、これは決して彼らだけの物語ではありません。
自分を省みた時、私たちは本当に自分の感情を理解し、他者に伝えているでしょうか? また、他者の感情やその背景に目を向け、きちんと対話をできているでしょうか?
罪を犯した人はもちろん、貧困をはじめ苦しい環境に身を置いている人への自己責任論は根強く、彼らへの風当たりの強さや助けが届かないことが、厳しい状況から抜け出すことを困難にしてしまっている現状があります。そんな状態が強固に維持されてしまう背景には何があるのでしょうか。
抑圧されていて、『沈黙が美』みたいなところがあるじゃないですか。それはいわば文化。でも文化は変えられますよね。私は、1990年代からこの活動を続けているけれど、大きく進歩したとは言い難い。だから、もうあまり大きなことを期待していなくて。
でも、小さなことならみんなできる。自分の感情を観察して、自分のそばにいる人に気を配る。そして、みんながほんのちょっとのリスクを負う勇気を持つことが大切な気がしています。みんなリスクを負うのが怖い。そりゃ、従順でいるほうが楽だし。でも、それじゃ何も変わらない。ネットにはいろんな言葉が溢れているけれど、まずは自分が今いるリアルな世界を大切にしたいですね。
例え小さくたってリスクを負うのは誰だって怖い。でも、自動運転になっている自分の思考のスイッチを一度オフにして、その深層にある自分の感情と向き合ってみる。「自分は何を感じ、どうしたいのか」。「相手は何を思い、何を求めているのか」。
それを重ねた先に、自分にとっても相手にとっても納得のできる選択があり、分断の時代とも表現される、今を生きるうえで大切なサンクチュアリという土壌を育むことに繋がっていくのではないでしょうか。
News!
*坂上さんの新著『根っからの悪人っているの?(創元社)』が発売中
映画『プリズン・サークル』を手がかりに、坂上さんと10 代の若者たちが「サークル(円座になって自らを語りあう対話)」を行った記録。映画に登場する元受刑者の2 人や、犯罪被害の当事者をゲストに迎え、「被害と加害のあいだ」をテーマに語りあう。
*2023年12/2(土)〜『プリズン・サークル』をアンコール上映!
場所:シアター・イメージフォーラム
住所:〒150-0002東京都渋谷区渋谷2-10-2
参考文献:プリズン・サークル(坂上香著/岩波書店)