ハナコラボSDGsレポート 着たい服を着るために。体の不自由な人のための服のお直しサービス〈キヤスク〉
ハナコラボ パートナーの中から、SDGsについて知りたい、学びたいと意欲をもった4人が「ハナコラボSDGsレポーターズ」を発足!毎週さまざまなコンテンツをレポートします。今回は、ライターとして活躍する五月女菜穂さんが、服のお直しサービス〈キヤスク〉の代表・前田哲平さんに話を伺いました。
体が不自由な人が、既製服を着やすくするための服のお直しサービス〈キヤスク〉。元々〈ユニクロ〉で働いていた前田哲平さんが、誰もが着たい服を自由に着られる社会を目指して立ち上げたサービスです。〈キヤスク〉代表の前田さんに思いを聞きました。
800人にヒアリングして、「必要とされているサービス」と確信
ーー〈キヤスク〉は2022年3月1日にスタートしたそうですね。ちょうど1周年を迎えられました。
「はい。あっという間の1年でしたが、立ち上げ前よりも〈キヤスク〉のサービスの意義を深めることができました」
ーー立ち上げのきっかけを教えてください。どんな課題意識からサービスを始められたのですか?
「一般的に私たちは着たい服を選んで、自由に着ることができますよね。でも、障害や病気の影響で体が不自由な人は、服の着やすさを優先して洋服を選ばないといけないことが多く、選べる服の選択肢が少ないと悩んでいることを知ったんです。
そこで、体が不自由な方々が好きな服を選んで、その服を着やすいようにお直しして、自由に着られるようにするサービス〈キヤスク〉を立ち上げました。当初、僕は『新品の服を買って、それをお直しする』ことを前提としてサービスを設計していたのですが、それ以外のご依頼をいただくことが案外多かったんです」
ーー「それ以外」とは?
「実際のご依頼の例を挙げると、重度障害を持つ自分の娘さんの成人式のために、ご自身が若い頃にご自分で買われたスーツを着やすいようにお直ししたいというケースや、健常児のお兄さんと障害児のお弟さんがいらっしゃるお母さんからのご依頼で、お兄さんに着せていた思い入れのあるお洋服をお弟さんにもお直しして着せたいというケースがありました。
また、怪我によって体が不自由になってしまったけれど、若い頃に大切に着ていたブランドのTシャツをもう一度着たいという声や、本当はみんなと同じユニフォームを着てスポーツ観戦をしたいけれども、着ることができるユニフォームがないので諦めているという声も。
そういう風に、大切に使っているものをもっと長く大切に使ったり、誰かに服を引き継いだり、みんなと同じものを着るためのお直しが結構多かったんです」
ーー新品のお洋服だけではなく、ということですね。
「はい。それから制服のお直しのご依頼もありました。本当は制服を着て学校に行きたいんだけど、なかなか脱ぎ着ができないから、体操服で登校していた、と。それは〈キヤスク〉のサービスを実際に始めて、走り続ける中で知ったニーズでしたね」
ーー前田さんの身の回りにそういった障害者の方がいらっしゃったのですか?
「いえ、僕の家族や友人には障害者の方はいなかったんですが、僕は20年間、〈ユニクロ〉で働いていたのですが、同僚に聴覚障害の方がいらっしゃったんです。その方は服の脱ぎ着に関して困っていることはなかったのですが、その周りには服に関する悩みを持った障害者の方がいるという話をしてくれて。
最初にその悩みを聞いたときに本当なのかなと半信半疑な部分もあったのですが、ちゃんと自分も理解したいなと思ったんです。それで、その同僚に知り合いを紹介してもらうことから始まって、体が不自由な方々にヒアリングを始めて。2018年からの3年間で800人ぐらいにお話を聞きました。
ヒアリングを重ねる中で、いろいろなことが分かりました。障害者の方々用の服を作っている有名ブランドもあるのですが、種類は少ないし、値段も高いし、そんなにデザイン性がよいわけでもないということ。着る服が全くないわけではなくて、どちらかというとどこかで我慢して着ていること。つまり『着たくないけど、サイズが大きくて脱ぎ着しやすいから我慢して着ている』『ボタン一つつけるのに10分も20分もかかるけど我慢している』といった具合に。
もっと自由に服が選べたらいいのにと思ったことが〈キヤスク〉のスタートです」
ーーその3年間のヒアリングを踏まえて〈キヤスク〉が始まったのですね。
「はい。〈ユニクロ〉に残って、体が不自由な方のための洋服を作るという方法もあったかもしれませんが、人によって着やすさ/着にくさが違うんですね。例えば同じ脳性麻痺の人でも、服を着やすいと思うポイントは全然違う。仮に体が不自由な方のための洋服を作ったところで、助かる人もいるかもしれないけど、みんなの悩みにアプローチできるわけではないなと思ったんです。
それに、確かに〈ユニクロ〉の服を着てくださっている方も多かったですが、〈ユニクロ〉以外の服も着たいと思っているんですよね。みんなが喜んでもらうためには、好きなブランドの好きな服を一人一人に合わせてお直しすることだなと感じました」
ーーお直しのメニューを見ると、値段もお手頃ですし、できないことはないという感じです。
「そうですね。〈キヤスク〉には、全国各地にお直しを担当される“キヤスト”がいます。キヤストの方々は、障害児を持つお母さんのほか、縫製のプロの方もいらっしゃいます。お直しをご希望される方が、キヤストの方を選んで、オンライン上でどういうお直しをご希望なのか具体的にやりとりをして、お客様が服をキヤストに直接送り、キヤストからお直ししたものが届けられるという仕組みになっています。
特に障害児を持つお母さんはお子さんの介護で忙しい方が多く、隙間時間を使って〈キヤスク〉に参加していただいていますが、それでも社会とのつながりができるので、積極的に参加していただいています。キヤストの方々にもボランティアではなく、きちんとお金をお支払いしたい一方、あまりにサービス価格が高かったり、不明瞭だったりするとお客様にも優しくない。その塩梅を考えながらの価格設定です」
ーーちなみに今、制服をお直しする「青春のキヤスク」というプロジェクトを実施しているそうですね。
「制服って、学生時代にしか着られないんですよね。それこそ青春時代のシンボルだと思うんです。だからこそ誰にとっても不自由なく、制服を着られる社会になるといいなと思って『青春のキヤスク』というプロジェクトを始めました。
学生服お直しのモニターにご協力いただけるお客様を対象に、上記期間に注文いただいた学生服のジャケット・シャツ・パンツ・スカートのお直し料金を一律20%割引で提供しています(※2023年5月31日まで)」
ーーこの連載はSDGsについての連載なのですが、SDGsについて何か思うことはありますか?
「SDGsを意識してサービスを始めたわけではありませんが、『誰も取り残さない』というSDGsの精神は〈キヤスク〉にも通ずるところがあるなと思いますし、服を大切に使うというアップサイクルの文脈で〈キヤスク〉を語っていただくこともあります。
SDGsをファッションの話に落とし込んだときに、ユニバーサルデザインやインクルーシブデザインの話になることが多いのですが、僕は服の着やすさ/着にくさは一人ひとり違うと思うので、みんなが幸せになるのは、やはりパーソナライズしていく必要があるのではないかなと思っているんですよね。そういう意味で〈キヤスク〉のサービスの意義はとてもあるのではないでしょうか」
ーー最後に今後の展望を教えてください。
「根本にある思いとしては、やはり着たい服を不自由なく着ることを“当たり前”にしていきたいんですよね。『洋服を自由に着られない』と悔しい思いをされているお客様が、〈キヤスク〉のサービスを通じて、喜んでくださることを大切にしていきたいと思います。
そして〈キヤスク〉を通じて、世の中にはさまざまに困っている人がいるんだ、障害者の方はこういう風に思っているんだということが少しでも認知されるといいなとも思うんです。人は自分が知らないことに対して、なかなか行動ができないですからね。〈キヤスク〉のサービスに賛同してくださる方を募りながら、サービスを少しずつ成長させ、持続したいと思っています」