言いたいコト、書きたいコトバ…混じり気ナシ! 弘中綾香の「純度100%」~第5回~
ひろなかあやか…勤務地、六本木。職業、アナウンサー。テレビという華やかな世界に身を置き、日々働きながら感じる喜怒哀楽の数々を、自分自身の言葉で書き綴る本連載。第5回は自慢の愛車!?について。
「ありがとう、お給料」
自転車を買った。なんの変哲もないシンプルな自転車。安いから乗り心地はそんなに良くない。サドルは固くてお尻がすぐ痛くなる。電動じゃないから上り坂がつらい。でも、良い買い物をしたと思っている。
駅まで、スーパーまで、ジムまで、美容院まで、ちょっと行きたいと思っていたパン屋さんまで、ひと漕ぎすれば着く。歩くより早くて気軽だ。私は27歳まで実家暮らしだったので、夜から一人で出かけるということがなかった。都心に引っ越したら、ふらーっと一人で夜に出かけたいなぁと思っていた。何も言われず、自由気ままに、行きたいところに、心赴くままに。車は運転できないし、買えないから、自転車。憧れの東京暮らし。ようやく、夢が叶った。
私は小学生のときにしこたま勉強をして、中学受験をした。その結果、地元川崎の中学ではなく、電車で通う都内の私立中学校に合格した。付属校なので、一度入れば基本的には大学まで進学できることになっている。私が入った中学校では、小学校から入った内部進学生と、私のような中学受験で入った生徒が半々くらいの構成でクラスが成り立っていた。小学校から入っている子は、ストレートにいうと、お坊っちゃまとお嬢様。天真爛漫で、世の中の競争やら不条理を味わうことなく生きてきた、どこかゆったりとしたオーラを漂わせている。擦れていない。
入学して最初の席で隣だった子も、目がぱっちりして、ものすごく可愛い内部進学の女の子だった。肌が白くて、目がくりくりで、手足が長くて。受験戦争で視力を奪われ、牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけていた私とは比べものにならなかった。ビビっている私の隣で、彼女は自然に話しかけてきた。どこに住んでいるのか、という話になった。私が「川崎だよ」と答えると、何の悪気もない様子でその子は小鳥のように首を傾げて「どこそこ?」と言った。はっはーん、そうか。そこで全てを悟る私。そういうことか。貴方は多摩川を越えたことがないんですね!多摩川を越えたら、そこが川崎ですよ!
「京浜東北線で一本だよ」と説明すると、彼女は都バスか山手線しか乗らないから分からないと言った。完敗。そりゃそうだよね。でも、住んでみると良いところなんだよ。そう伝えたい気持ちをぐっと抑えて話題を変えた。
後から配られた住所録を見てみると、納得。彼らは基本的に、松濤や麻布、広尾といった超高級住宅街からやってきている。住所を見ただけで、内部進学か受験生か一目で分かってしまう。残酷なものだ。
その後、そういった子たちと仲良くなって、家に遊びに行ったり、泊まらせてもらうこともあった。高校生のときは、〈一蘭〉を食べに渋谷まで歩いたりすることが楽しかった。大学生になったら、六本木ヒルズのレイトショーを見に行ったりした。そんな彼女たちの都心での日常に、「すごい」「いいなあ」とは当時、素直に言えなかった。自分の家を恥ずかしいと思ったこともない。生まれ育った町も好き。けれども、都心に住む憧れはくすぶり続けたままだった。
自転車を受け取った日の夜、まず深夜まで営業しているカフェに行った。私が大学生くらいのときに出来たスポットで、周りの友達はそこによくテスト勉強をしに集まっていた。勉強はひとりでやるものだから、と私は行かなかったけれど、一人終電を気にするのが嫌だったのだと思う。
でもいまはもう違う。終電も門限も気にしなくていい。自転車一つでこんなお洒落な場所に行けるなんて。家賃、頑張って良かった〜。自己実現とはこういうことか。
ありがとう、お給料。