まちをつなげるパン屋さん by Hanako1171 まるでパンの美術館。“おいしさ”と“うつくしさ”を兼ね備えた静岡のパン屋さん〈petit à petit〉へ。
パンラボ・池田浩明さんによる、Hanako本誌連載「まちをつなげるパン屋さん」を掲載。今回は、うつくしいパンを自らの手で作る川中潤シェフが営む〈petit à petit〉をご紹介します。
1.手のひらで感じて丸める理想の食パンここにあり。〈petit à petit〉
作業台の前に立ち、両の手のひらに持った生地を丸める。目を半ば閉じるようにして、一心不乱に、ただただ集中して。「丸め」と呼ばれる作業。パン作りをはじめる人がいちばん最初に習う基本の基本。でも、川中潤シェフが行うと、ただごとでない真剣味が宿る。「機械でやるほうがいいって言う人もいるけど、僕は手の感覚を感じながらやりたい。触った瞬間わかる。『右側は強くしよう』とか」ひとつひとつ微妙に異なるグルテンのでき具合を、職人の手のひらは見分け、ぜんぶ同じ強さに修正しつつ丸める。その結果はどこに現れるのか。「メインの写真は、このパンにしよう」と、カメラマン、編集者、そして私の全員が一致した「カンパーニュの食パン」。形のうつくしさを見てほしい。自家培養発酵種に、小麦のふすまも入ったこのパンをふくらませるのはむずかしい。それなのに、左右の山は完全に対称。まるで大理石を彫って形作った理想の食パンに見える。川中さんの両手がそれぞれの生地の強さを触知し、同じ強さに丸めたからこその精度。食パンだけではない。
クロワッサンは、重なった一層一層が、神殿の階段みたいに完全な段々をなす。折り込んだバターが溶けないよう、低い温度でゆっくりゆっくり、5〜6時間もかけ発酵させる。だからうつくしいことはもちろん、バターの香り豊かで、食感はばりばりになる。うつくしさは、おいしさにつながるのだ。劇的な舞台装置にうつくしいパンが置かれ、さながらパンの美術館。
最寄り駅は「県立美術館前」。この駅名、私の中では「パン美術館前」に読み替えている。
〈petit à petit(プティタプティ)〉
静岡市の高級住宅街に位置するモダンな店舗。フレッシュフルーツを盛ったデニッシュ、湘南小麦使用のバゲットなど、素材と手間を惜しまず、うつくしさ、おいしさにこだわる。
■静岡県静岡市駿河区谷田32-5-101
■9:30~19:00 月火休
2.うつくしくおいしい精肉とお惣菜にうっとり。デリカテッセン〈ニクラック〉
川中シェフが教えてくれたデリカテッセン〈ニクラック〉も、やはり完璧な仕事をする店だった。
ハンガリーの国宝といわれる超希少種「マンガリッツァ」を使用するローストポーク。「これバター?」というほど、光速で溶け、さわやかな甘さが広がる。赤みを残した火入れも塩も完璧。「静岡の食レベル高い!」とうなずきあいつつ帰途に就いた。
〈ニクラック〉
職人気質の父と三姉妹のデリカテッセン。山形の霜降り牛、米沢牛など、肉質に徹底的にこだわる。店内でカレーをじっくり煮込むなどお惣菜もおいしい。
■静岡県静岡市清水区谷田8-11F
■054-348-4129
■10:00~18:00月、第1・3日休
池田浩明 いけだ・ひろあき/パンラボ主宰。パンについてのエッセイ、イベントなどを柱に活動する「パンギーク」。著書に『食パンをもっとおいしくする99の魔法』『日本全国 このパンがすごい!』など。 パンラボblog
(Hanako1171号掲載/photo:Kenya Abe)