多様性と言うわりに、美白至上主義? 化学の視点で、本当の美白について考える
おいけてつろう/九州工業大学卒、同大学院博士後期課程修了(工学)。化学系ベンチャー〈FILTOM〉研究所長を務め、最先端フィルター技術による世界初の生プラセンタエキス開発で特許取得。科学的知見をもとに、非加熱化粧品やプレバイオティクス化粧品、生サプリメントなど独自の美容・化粧品の開発を行う。著書に『美容の科学 「美しさ」はどのようにつくられるか』(晶文社)。
化学的視点で美容を眺めたときの“違和感”
──2024年4月に『美容の科学 「美しさ」はどのようにつくられるか』(晶文社)を上梓され、化学の視点で美容や美しさの本質を研究、分析している尾池さん。化学を専門とする工学博士でありながら、美容に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
尾池哲郎さん(以下、尾池):元々は海水を淡水にするフィルターの研究をしていました。フィルターとは成分や細菌などを分離するのに使う膜のことで、食品から薬品に至るまで、実は、市場に出回るあらゆる商品の製造過程で使われているんですよ。
そんなフィルター研究事業に携わる中で、化粧品に使われるプラセンタエキスの精製に関わる機会があり、それが美容分野との最初の接点でした。
ただ、実際に化粧品を作りたいという強い思いがあったからというよりは、研究費確保など現実的な事情もあり、化粧品研究に足を踏み入れていきました。
すると、“化学の視点”によって、思いがけない新しい知見や発見がたくさんあったんです。化粧品にまったく携わってこなかった人間だからこそ、純粋な化学の目で見ることができ、皮膚環境への興味がふつふつと湧き上がってきた。
と同時に、今の化粧品のマーケットにあふれる商品に対して違和感をもつ部分があり、化粧品開発への原動力になりました。
──どんな部分に違和感を感じたのでしょうか?
尾池:例えば、さまざまな企業のクリームを試した時に、硬さがあるこっくりとした質感のものが多かったんです。
肌表面には1兆個を超える常在菌が生活していて、私たちの顔から出る皮脂を原料に「両親媒性分子」と呼ばれる水と油を同時に引き寄せることができる成分を作り出すことで、肌表面を弱酸性に保ち、外敵から肌を守っています。
当然、常在菌は原料となる皮脂に接触できる環境作りが必要となる。しかし、クリームは硬いものが多く、これだと常在菌は埋もれてしまいます。
では、なぜそういった質感のクリームが多いかというと、そのほうが長持ちするというメーカー側の事情が見えてきます。
ほかにも、本来、数多くの美容成分はお互いに反応しあって細胞の活動を支えているのにもかかわらず、どれが優れているか”成分同士の競争”になっていて、新しい成分や配合量を追い求めていたり、天然成分に対する過剰な信頼にも違和感を覚えました。
天然成分は混合物であり、微量なアレルゲンが含まれている可能性だって否定できません。意外かもしれませんが、ワセリンといった純度の高い化学成分のほうが安心なケースも多いんですよ。
肌の白さや透明感を生み出すものは?
──なるほど。ミクロな科学的視点でみると見え方が変わってきますね。最近は、美容医療の普及や、美容インフルエンサー、韓流ブームなどで、以前にも増して、肌の“白さ”への追求が苛烈になっている印象があります。この「美白信仰」とも言える現代の美容のあり方について思うことはありますか?
尾池:肌表面というのは、非常に精密にその環境を維持していて、先程も触れた通り、雑菌の繁殖を防ぐため、コンマ1の単位でpHを調整し、弱酸性に保っています。これは肌を健康に保つために、化学的な視点からも大いに納得ができる。しかし、肌を白くすることについては、化学的に合理的な理由が見つからないんです。
にもかかわらず、美白に関する“成分同士の競争”が顕著に見られたり、肌を白く見せることに重きを置かれる背景には、白さが美しさの条件であると刷り込まれた「美白信仰」があると思います。
多くの人がそういった偏見からは自由ではなく、白い肌を美しく感じてしまうこと自体は私自身も否定しきれません。しかし、これは思わぬ形で肌のダメージになっていることを知識として、きちんと知っておく必要があると思います。
──美白ケアが肌のダメージになりうるとは具体的にどういうことなのでしょうか?
尾池:色素の一種であるメラニンは、皮膚に多く含まれることで肌が黒や褐色に見えることから、美白の仮想敵として、美容では抑えようとするケースがよく見られると思います。
しかし、本来、メラニンは紫外線から肌を守るためのもので、紫外線の多い地域では進化の過程の選択圧でメラニンを多く含む、黒や褐色の肌が残った。それを今の美容では、むやみに抑え込もうとしている側面があります。
シミを漂白するなどといわれているハイドロキノンなどで、本来必要なメラニンの生成まで抑えこんでしまうと、住んでいる地域特有の紫外線量に対応しきれなくなってしまいます。
たとえ、ハイドロキノンを塗布した部分にUVクリームを塗ったとしても、均一に塗るのは難しいうえ、汗などで落ちる可能性も高い。すると、防御力が弱い部分に紫外線が侵入し、皮膚細胞が損傷を受け、新陳代謝が妨げられ、メラニン色素が滞留し、本来は起きないシミができてしまうリスクがあるのです。
工学の視点で考えると、「本来の美白」とは、物理的な白さを指すのではなく、自分自身の本来の肌の色を基調とした、均質な透明感が生み出す明るさによるものだと考えています。
ミクロなレベルで光や色を分析していくと、肌を健康な状態に維持することが「本来の美白」の一番の近道であることが見えてきます。
──尾池さんが考える「本来の美白」について、詳しく教えて下さい。
尾池:まず、色の見え方について考えてみましょう。可視光は波長の長いほうから「赤・橙・黄・緑・青・紫」の色に分けることができ、すべてを反射するものは白、すべてを吸収するものが黒、赤以外の光を吸収しているものは赤色に見えます。
となると、肌の見え方を左右するのも、反射してくる光。一部は表面で反射するのですが、肌の透明感や白さといった印象を大きく左右するのは、内部で反射して目に届く光です。
角質層を通り抜け、細胞やセラミド、表皮最下層にあるメラニンに接触し、肌の外に飛び出し、目に肌の色情報を届ける。その過程で、反射と屈折を繰り返しながら、一部の波長の光が吸収され、最終的に反射する光の量が多いほど、白っぽく見えます。
では、反射する光の量が多いのはどういう肌か。それは、細胞の大きさや形状、配列が均一で、光の進行を妨げない、つまりトラブルの少ない肌づくりこそが「本来の美白」なんです。
短期的な美白にはメラニンを打ち消すような化粧品はもちろん有効です。でも、本当の美しさを考えるなら、長期的な目線が必要。紫外線から肌を守るメラニンは、くすみ防止のための肌の機能の一つであり、メラニンを叩くのは仲間を叩くようなものです。
知識を武器に、長期的な目線で美しさを考える
──情報のスピードが速い現代では、美容含め、なんでも目に見えてすぐ効果がわかるものが好まれる傾向があります。人それぞれ美しさの定義は異なりますが、科学の視点を踏まえて考える“長期的な目線の美しさ”とはどのようなものでしょうか?
尾池:私が長期的な美しさを考えるときに思い浮かべるのが「伝統建築」や「松林」なんです。いずれも、自然への畏怖と理解があったうえで、手間をかけて手入れをすることで美しさを維持し、長い時間かけて美しさを洗練してきた。
目の前の利益のためだけに、自然の仕組みを無視して逸脱したものを作ったりすると、自然災害に耐えきれなかったり、公害につながったり、どこかで歪みが生じるんです。
それと同じように、肌も何万年という進化の中で獲得した伝統美として、正しく理解したうえで、正しく手間をかけて、手入れをしていく。おもしろみはないですが、本当にそれに尽きるんです。
──さまざまな情報が行き交う現代で、“正しく理解”することに難しさを感じている人も多いと思います。情報の取捨選択をするうえで、アドバイスはありますか?
尾池:いきなり新登場した成分は、鵜呑みにしないほうがいいかもしれません(笑)。基本ですが、やっぱり紫外線対策がスキンケアにおいては何より重要。
例えば紫外線が当たりにくい腕の内側は、何もしていなくても白くてもちもちの肌ですよね。85歳の私の父親もそうです(笑)。いろんな目新しい化粧品を試すより、手間はかかりますが、紫外線を正しくケアすることが美白、ひいては最強のアンチエイジングなのかもしれません。
ただ、UVクリームに関しても誤った認識をしている人が多い。数値が高ければ高いほうがいいという風潮が日本ではありますが、これは完全なるミスリードです。日常生活では、SPFは「20」程度。PAは「PA++」で充分。その代わり、ケチらず、たっぷりこまめに塗り直すことのほうがずっと大事です。
UVクリームに限らず、化粧水も美容液も、数値だけをやみくもに信じるのではなく、自分に必要なのはどのくらいなんだろうと、楽しむ感覚で知識を増やしていくくらいがちょうどいいと思います。
結局、紫外線を含め、日常にあふれているストレスをいかに上手にかわし、毎日を楽しめるかというのが健康でも美容でも一番大切だと思います。ただ、自分にとっての理想ではなく、誰かに刷り込まれた価値観に縛られているなら、それを乗り越えるためにはやっぱり知識が必要です。
知識は武器にもなるし、知識によって思い込みの価値観から解放されたとき、美容がもっと楽しくなり、自信にもつながります。地に足をつけながら、自分にとっての美しさを、楽しく追求していってもらえたらと思います。
美容にまつわる惹句はあふれているが、そもそも「美しい」とは何なのか? 独自の高級化粧品を研究・開発してきた尾池さんが、科学の知見で「美しさ」について徹底分析。スキンケアの謎に迫る、これからの美容のバイブルとなる1冊です。
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