考え続けることで見えてきた、「やりたいことがない」自分の生き方。雑談の人・桜林直子さん

考え続けることで見えてきた、「やりたいことがない」自分の生き方。雑談の人・桜林直子さん
30代を生き抜くための処方箋〜大変だった30代の話〜vol,2
考え続けることで見えてきた、「やりたいことがない」自分の生き方。雑談の人・桜林直子さん
LEARN 2024.11.01
仕事に、恋愛に、結婚に、出産に…さまざまな選択を突きつけられることが多い30代。今40代の女性たちはそんな時期をどんなふうに過ごしていたのだろう? その時自分を支えたケアとは? 20〜30代が中心のHanako読者が、できるだけ健やかにしなやかに30代を生き抜く術を、先輩に学びます。
今回訪ねたのは、TBSラジオの人気Podcast番組「となりの雑談」で、コラムニストのジェーン・スーさんと雑談する「雑談の人」サクちゃんこと、桜林直子さん。シングルマザーとして子育てに追われた20代、クッキー屋「SAC about cookies」を開店した30代を振り返りながら、困っていた自分を変えた“考え方”について伺いました。
profile
桜林直子
桜林直子

さくらばやし・なおこ。1978年、東京都生まれ。洋菓子業界で12年の会社員を経て、2011年に独立。クッキーショップ「SAC about cookies」を開店。noteで発表したエッセイが注目を集め、テレビ番組「セブンルール」に出演。2020年には著書『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)を出版。現在は「雑談の人」という看板を掲げ、雑談サービス「サクちゃん聞いて」を主宰。コラムニストのジェーン・スーさんとのPodcast番組『となりの雑談』も配信中。この番組を本にした、『過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書』がマガジンハウスより10月31日発売。

30歳で会社を辞めようと決意。ミッションは「半分の時間で倍稼ぐ」こと

──23歳で出産し、その後シングルマザーとして12年間洋菓子業界で会社員を続けてきた桜林さんですが、30歳のとき、会社を辞める決断をされました。その理由はなんだったのでしょうか?

桜林:当時、娘が小学生になったばかりで環境が大きく変わるときでもあったんです。娘はこれから夏休みが1ヶ月近くもあるというのに、私は3日しかない。それが6年間も続いたら、さすがに「お母さんのせいで」と、文句を言われるだろうなと思って。これから子どもに時間やお金をかけていくターンだというときに、時間もない、お金もないでは、まずいよなと思ったんです。

それでまず決めたのは、「半分の時間で倍稼ぐ」ということ。そもそも私の働いていた洋菓子業界は、お給料が本当に少なくて、このまま会社員を続けていたら、まともな生活はできないだろうという不安がありました。世帯収入はどうしたって私一人分しかないし、1日24時間は変えようもない。夏休みを一緒に過ごしたり、習い事をさせたり、人並みの生活をするためには、「半分の時間で倍稼ぐ」しかなかったんです。絶対無理とも思えるこのミッションをどうクリアするか、考えた結果が、自分でお店を開くことでした。

──会社を辞めると決め、2年間をかけて32歳で独立。その後、クッキー屋「SAC about cookies」をオープンした桜林さんですが、その行動力に驚きます。

桜林:会社員を辞めた、店を開業した、というと、思い切ったね! と驚かれるのですが、私からすれば“挑戦”なんかしていないんです。というのも、会社員時代、私は洋菓子店のバックオフィス的な仕事をしていて、在庫管理や材料の手配、経理、企画や広報、人事など「お菓子を作る」以外のほとんどのことをやっていました。これまでしてきたことをやればいいのだから、私としては最も現実的でリスクの少ない方法だったんです。

「やりたいことがない」のはなんでだろう? 素直な人の真似をしてみたらわかったこと

──独立し、店を開き……と大きな変化のあった30代ですが、桜林さんはもともと自分の30代をどのようにイメージしていたのでしょうか?

桜林:私、将来のイメージって、全然持ったことがないんです。振り返っても、「ああいうふうになりたい」とか「あれをやりたい」と目標を持って頑張ったことは一度もなくて。それってやっぱり、ずっと「今」が大変だったからなんですよね。目の前の問題を解決する以外に未来が明るくなる方法はないと思っていました。

ただ、会社を辞めると決めて、独立するまでの2年間、お金と時間のことはもちろん、すごくいろんなことを考えました。例えば、会社を辞めて何をするのかはもちろん、今後も自分が物事を判断しなきゃいけない場面が増えてくる。そうなると、自分がどうしたいのか、何をしたいのか、考えざるを得ないじゃないですか。そのとき、なぜ、世の中には、未来とか将来を夢見て頑張れる人もいるのに、自分にはそういう「欲」がないんだろう? と立ち止まったんですよね。

──「やりたいことがない」のはなぜか、考え始めたのですね。

桜林:そこには、「素直」さが関わってくるんじゃないかと思いました。私は子どもの頃からずっと「素直じゃない」と言われ続けてきました。自分では何も意識していないのに、「考え方が暗い」「ネガティブだ」と言われるんです。でも、仕方がないという思いもありました。だって、いいお家に生まれて、愛情をちゃんと注がれて、お金にも時間にも困らず、誰にも否定されず、伸び伸び生きてこられたなら、そりゃあ素直でいられるじゃないですか。

私はそうではなかったから仕方がないと。でも、そうやってどこか卑屈に生きているのがやっぱり嫌ではあったんですよね。それだといいことが起こりにくいし、どうにかできたらいいのにと思い続けてはいたんです。

考えるうちに気づいたのが、「環境によって素直さが決まるんだったら、大人になった今なら、自分で環境は変えられるのでは」ということ。そこで私は「素直な人」を観察して真似してみることにしたんです。たとえば、今まで「どうせ私は貰えないし」と、譲っていたところを、素直に「私も欲しい」と言ってみる。すごく単純なことだけど、ものすごくドキドキしました。でも、そうすると本当にそれが手に入ることもあって、「素直でいるといいことが起こる」ということがわかれば、習慣化もしやすいんですよね。練習を続け、私は後天的に素直さを身につけました。

──素直さって、後から身につけられるものなんですね。

桜林:もともと素直な人が「ネイティブ素直」だとしたら、私は「クリエイティブ素直」だって、言っているんです(笑)。「私ってこういう人間なんで」で終わるんじゃなくて、これは思考の癖で変えられるものなんだと気づけたことが、私にとっては、すごく大きなターニングポイントだったなと思います。

「どうせできない」と、自分を邪魔するものは何なのか

──「やりたいことがない」「未来を考えるのが苦手」と悩んでいる人は、まず自分の「欲」に気づけるようになると、現状が変わってくるでしょうか。

桜林:やりたいことがない人」と一口に言っても、種類があると思うんですよね。他人と比較して、周りばかりキラキラ見えてしまう自分を「やりたいことがない」と言っている人もいるし、私みたいに「やりたいこと」をできるのは、贅沢で余裕のある人だけでしょ、と卑屈になっている人もいる。一方、行動力や好奇心はあっていろいろやってみるけど、どれも違うという人もいるのではないでしょうか。

いろんなタイプがあるけれど、共通して言えるのは、何かが満たされていないということなんですよね。そうすると、ついつい外側に答えを求めようとしてしまうけど、それではいつまで経っても解決はしない。まず、自分と向き合う必要があって、どこが満たされたら満足するのか、何に違和感をおぼえているのか、どの点が嫌なのか、自分をよく知ることが大事なんじゃないかな。

──自分を知るためには、具体的にどんなことをしてみると良いでしょう? 

桜林:当時、私が自分の「欲」を引き出すために試したのが、「やりたいことを100個書く」ということ。でも、やってみると、私は「お金がないとこんなことできない」と、お金のことに引っかかって書けなかったんです。100個書く行為自体よりも、その何か邪魔するものがあるという気づきがすごく大事で、自分の中の「結局ここを解決しないとどうにもならない」という問題を見つけるには、いい方法だと思います。

実際、私はクッキー屋を開業したことで、一番の困りごとだったお金と時間の問題をクリアできると、もうそのことばかりを考えなくてよくなったせいか、頭に余裕が生まれ、ようやく「何をしようかな」と考えられるようになりました。大切なのは、「やってみたらできた」という成功体験の積み重ねなんだと思います。一段ずつ上がっていくと、新しい景色が見えてくるはずです。

──自分の抱えている問題を直視するのは、少し怖い部分もあります。

桜林:考えるときに、ふわっと考えていると怖いんだと思います。お化けみたいな大きな黒いモヤモヤに、取り込まれそうになるんですよね。だから私は、その黒いモヤモヤの中に1点を探しに行くんです。漠然としていて、すごく大きなものだと思っていた不安や悩みも、小さく小さく分解していくと、辿り着くのはすごく小さな1点だったりもします。

例えば「仕事がつらい」というモヤモヤを、通勤は平気、オフィス環境も問題ない、作業も苦じゃない…と、一つひとつ分けていくと、「あの人が嫌いなだけ」だ、みたいなことが見えてくる。そうなれば、嫌いな人と距離を置けばいいとわかります。大きなモヤモヤを前に、最初は怖いし苦しいかもしれないけれど、結局一点を突き詰めた方が、後が楽になると思いますよ。

「私でもできたから大丈夫」雑談を通して伝える、自分を助ける考え方

──ただ、そもそも考え方がわからない、という人も多いのではないかと思います。そこで桜林さんが2020年から始めたのが、マンツーマンの「雑談サービス」ですよね。

桜林:noteを読んでくれた人から、「サクちゃんのように、考えて決めることができない」「一人で考えるのは難しい」という声が届くようになって、私のしてきたような「書きながら考える」という方法が苦手な人もいると気づいたんです。だったら「話す」のはどうだろうと思いました。私は人と話すのが好きだし、何よりシングルマザーでお金にも時間にも困って…と、めちゃくちゃ詰みパターンから始まってここまで来た経験があります。「こんな私でもできたんだ」と希望にしてもらえたらとも思いました。それで始めたのが、私と雑談しながら、一緒に不安やモヤモヤを解きほぐしていく「雑談サービス」です。

──コラムニストのジェーン・スーさんと共にパーソナリティを務めるPodcast番組「となりの雑談」も人気です。この番組が一冊の本になったとか。

桜林:本当に困っているときは、余裕なんてなくて、話が入ってこないこともあると思うんです。だけど、自分の環境や状況が変わったときにスッとわかることもある。きっとその人のタイミングがあると思うので、本ならいつでも読み返せるし、そばに置いていただけたら嬉しいなと思っています。

Podcast番組『となりの雑談』を本にした、『過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書』がマガジンハウスより10月31日発売。

嫌なことはやらなくていい。じゃあどうするか、を考えよう

──改めて30代を振り返り、つらい時期を乗り越えるためにやってよかったと思うのはどんなことでしょうか?

桜林:悪あがきというか、チャレンジとはまた違うんですけど、手を打ち続けたことは偉かったなと思います。例えば、シングルマザーの自分が、店を開業するまでに考えたことを、「note」で発信してみたり、それがきっかけで、文章を書いたりこうして取材を受けたりするようになって。小さくやってみたこと全部がつながって今があるなと感じます。

今、30代で大変な人、苦しい人、困っている人、たくさんいると思います。私から言えるのは、子どもを産むのも、子育ても、嫌なことはやらなくていい。でもじゃあどうするのかは、自分で考えるんだよということ。私も今まで「これでもう人生おしまい」みたいなことがたくさんあったけれど、考えるのを諦めなかったのはやっぱりよかったなと思うんです。

text_Renna Hata photo_Mikako Kozai edit_Kei Kawaura

Videos

Pick Up