小沼理さんと葉山莉子さんの日記にまつわる対談 「日記を書く」ことで一変、単調な世界はきらめきを帯び始める

LEARN 2024.02.01

コロナ禍の日々を綴った『1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい』の著者・小沼理さん。マッチングアプリ上で「日記」と名乗り、マッチした男性と日記を交換。そのうちのひとりに恋をした日々のことを『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』にまとめた、葉山莉子さん。ともに自費出版からスタートして、後に商業で日記本を上梓したふたりは、そもそも「日記」をどう捉えているのか。日記ブームとも言われるいま、自分で日記を書きたい人、誰かの日記を読みたい人に向けて、ふたりが思う日記本の魅力や書き始めるコツを伺った。

「日記を書く人の目になる」ことで世界が違って見える

小沼:葉山さん、1日のなかでいつ日記を書きますか?

葉山:「この情景を残しておきたい」と思ったら、その場で書きはじめます。隙間時間を利用してスマホで書いているので、1日の終わりをまとめるもの、みたいな感じではないんです。

小沼:僕は1日が完全に終わって、翌朝に昨日のことを思い出しながら書くんですね。ただ、面白いことがあったなと思っても、疲れていたらちょっとしか書かないこともあります。何もない日は、無理して書いてないかも。

写真左/葉山莉子『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』。写真右/小沼理『1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい』(ともに、タバブックス)。
写真左/葉山莉子『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』。写真右/小沼理『1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい』(ともに、タバブックス)。

葉山:過去の日記は、全部取ってあるんですか?

小沼:今は自分の家にあります。でも、ノートに書いていたのは途中までで、ほとんどパソコンでつけているからモノとしてはないんですけど。

葉山:私はスマホがいちばん身体感覚に近いから、キーボードや手書きだと思考が追いつかなくて。何を書いていいか、わからなくなっちゃうんです。

小沼理 葉山莉子 日記屋月日

小沼:それぞれに続けやすい方法ってありますよね。それよりも「日記を書いている時の目」になるのが重要なのかなって。ちょっといいカメラを持って出かけると、何か撮ろうと思って普段は気にしないところまで見るじゃないですか。それと一緒で、日記を書き出すと日々のことを観察する解像度が上がって、モノを見る意識も変わってくる気がします。

葉山:前までは何とも思わなかったことでも、今は日記という形で書き残すことができるっていう思考回路ができているんですよね。

小沼:すごい意識してるわけじゃないんですけど。でも、そういう変化は生まれるんじゃないかなって。

誰かに相談するのではなく、自分に問いかける時間を持つこと

葉山:私はTinderでいろんな人と日記を送り合っていたんですけど、その前からショッキングな出来事――仕事が辛い時とか、失恋した時期には日記を書いていて。それを、クラウドのなかから定期的に発掘するんですね。失恋したときって、気持ちの置きどころがないじゃないですか。仕事が忙しい時も「誰にも相談できない」みたいな心理状態になっちゃうし。そういう感情の吐き溜めとして日記を使っていたことがあるんです。それで「前はどうやって乗り越えてたんだろう」って読み返すと、「なんかまた同じことやってるな」って思ったりもして(笑)。

小沼:人には行動の癖があるから、繰り返しちゃうんですよね。でも、過去を振り返ることで今の自分も俯瞰して見れますし。友だちに相談するのもいいんだけど、意外と「本当はこの話題の、ここを話したかったんだけど、そこじゃないところに行っちゃったな…」みたいなこともあったりして。

葉山:恋愛相談でも「そんなやつ、やめなよ!」とか言われるんだけど、「今はその話をしたいんじゃなくて、もやもやしていることを体から出したいだけで…」ってことが本心なんですよね。

小沼理 葉山莉子 日記屋月日

小沼:その点、日記だと自分がフォーカスしたい部分をわかっているから、その周りをグルグルしながら書き続けることもできる。それ自体がセルフケアというか、次に進むきっかけになることもあるから。楽しかった時のことも残しておきたいと思うけど、それよりも悲しいこととか、辛かったことにじっくり向き合う時間が糧になってる感じがあります。

葉山:日記って、どうしても内省的な内容になりがちなんですよね。もちろん、誰にも見せられない感情を書き続けることにも意味はあるだろうし。Tinderで日記を送っていた時は、相手のスマホの中に送るからこそ、なるべく嫌な気持ちにはさせたくなくて、ポジティブな感情――自分が見た風景とか感覚の美しさを共有するように心がけていました。なので、読まれる前提の日記を書くことには、また違う作用があるなって思います。

文章力よりも、感受性のアンテナを育てたかった

小沼:「見せる・見せない」に関係なく、そもそも日記を書いてみたいなって思う人のなかには、テーマが見当たらない人もいるのかなと思っていて。僕も「はてなブログ」で日記を公開し始めたときは、特定のテーマがなかったんです。社会的な不満もあるし、本を読んだり、音楽を聴いたりするのも好き。友だちとの思い出で残しておきたいこともある。何でも書きとめたいみたいな感じで、絞りきれなくて。それでも始められるのが日記の魅力なのかな、とは思います。

小沼理 葉山莉子 日記本

葉山:私がいろんな人と日記を交換して思ったのは、みんな日記は書けるけど、自分が満足できるものを書けるわけではないんだなってことで。

小沼:誰かに読ませる日記には、何が大切だと思いますか?

葉山:テーマや文章力はもちろん大事なんですけど、感受性も大事だなって。同じものを見ていても、どれだけの解像度で見ているのか。私自身、感受性のアンテナが育っていないという問題意識を持っていたので、そこを育てる訓練になりました。

日記本 断腸亭日乗 永井荷風

小沼:「はてなブログ」で公開されている日記でも、プロみたいな文章ではないんだけど、感受性はすごい豊かな人っていますからね。テーマが思いつかなくても、日常で心が動いた時のことを一旦すべて書き出してみる。それで何日か続けていくと「ここで気持ちが動いていたな」みたいに心の機微も見えてくるだろうし。まずは、その感覚を掴めたらいいかもしれない。

葉山:それで書いてみたら、めちゃくちゃ面白かったっていうパターンも絶対ありますよね。私が交換した日記のなかで、すごくいいライブの感想を書いてくれた人がいて。最初は私だけに見せてくれたんですけど、他の人にも見せたことでライブレポートの依頼がきたんですって。

小沼:おお、すごい!

葉山:だから、書いてみたら結構すごいものができちゃう可能性はありますよね。私も「よくここまで書けるね」とは言われますけど、どれぐらい自分の中に潜り込めるか。日記には、そういう面白さもあると思います。

書かれているのは事実だけど、それ通りの人ということもなく

葉山:日記って、自分が生活の中で重視しているものが絶対に現れてしまうじゃないですか。これだけ社会でいろんなことが起こっていても、どうあっても恋愛とか仕事とか自分の狭い範囲にしか意識がいってないとか。そういう心理状態がバレるんですよね。

小沼:わかります、絶対に出ちゃいますよね。この前、2011年3月の日記を読み返したんですね。そうしたら、3.11(東日本大震災震災)のことはあまり書いていなくて、それよりも前に付き合っていた人とのことが多かったんです。今だったら、社会的な話題の割合が多くなりそうなんですけど。

おふたりが自費出版で出した日記ZINE。
おふたりが自費出版で出した日記ZINE。

葉山:私がTinderで日記を送っていたのは、360度の自分を知ってほしいという欲求が強かったからなんですね。たとえば、会社では社会的な一面しか見せる機会がないじゃないですか。でも、友だちに見せている面もあるし、それ以外のもっといろんな自分がいる。生活の全てを書き残したくて、だからこそ『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』はいろんな角度の内容になっていったんだと思います。

小沼:それは自分もありました。僕はゲイなんですね。ただ、世間的なゲイのイメージがパターン化していると感じることがあって。もちろん、属性や置かれてる状況で違う部分はある。だけど、1日の過ごし方はそんなに変わらないわけで。「自分と全然違う人たち」みたいな固定観念を壊したかったことも『1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい』のベースになった日記を書く動機のひとつでした。

日記って、それ自体が人間っぽいんですよね。だからこそ、生っぽい部分もあるし。とはいえ、公開したり本にしたりする場合は「ちょっとだけ自分のことをよく見せたい」とか「ここは隠しておきたい」みたいな心理も働くから、完全に生の状態でもなくて。なので、書かれてる通りの人なんだって思ってひとの日記を読んじゃうと、それもちょっと違うのかもしれない。だけど、書き手の本心と見せたいものが重なり合うものでもあって…。

小沼理 葉山莉子 日記屋月日

葉山:だからこそ、自分で書くのもいいけど、ひとの日記を読むのも面白いんですよね。日記を書いてみたい人は、まずは「この人の書き方なら自分でもできそうだな」っていう道しるべを見つけて、それを真似してみると始めやすい気がします。プロの文章はもちろんすごいけど、プロとして活躍してない人の日記本にも面白いものはたくさんありますし。

小沼:いきなり見せる日記から始まってもいいだろうし、見せないものを書き続けるのもいいんだろうし。とりあえずやってみたらいいよ、って思いますね。

小沼理さんのおすすめ日記本3冊

メイ・サートン 独り居の日記

メイ・サートン『独り居の日記』/「メイ・サートンは人生の晩年に数々の日記本を発表したアメリカの小説家・詩人。これはその第一作となる58歳の時の日記です。怒りや苛立ちと徹底的に向き合う内面の描写と、ニューイングランドの豊かな自然の描写の強いコントラストが胸に残ります」

僕のマリ 実験と回復

僕のマリ『実験と回復』/「マリさんの日記は、日々の連なりの中で見えてくるきらめきがあるんです。ZINEで何冊も日記本を出されているので、継続して誰かの日記を読み続ける楽しさも味わえます」

古賀及子 ちょっと踊ったりすぐにかけだす

古賀及子『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』/「僕が1日のことを朝から晩まで夜に向かって書くのに対して、古賀さんは『5分とか5秒、短い時間の中で起こった出来事を長く文字数を使って書くのがいい』みたいに言っていて。1日のことを全部書かなくても、一瞬のことでもいいんだよっていうのは、日記を書く時の参考になるかもしれないですね」

葉山莉子さんのおすすめ日記本3冊

エレン・フライス エレンの日記

エレン・フライス『エレンの日記』 /「日記本を読む楽しさには、憧れの人が普段は何を考えてるのかを知れる面白さもあると思うんですよね。エレン・フライスの日記には、生活と仕事であるファッションとかアートがなだらかに繋がっている様子が描かれていて、情熱を注いでるものが傍らにある姿に共感と憧れを抱きました」

me and you me and you の日記文通 message in a bottle

me and you『me and you の日記文通 message in a bottle』/「野村さんと竹中さんが詩情豊かに書かれる日常のまなざしが美しく、生活するうえでの、おまじないのようなアイデアがたくさんあります。自分たちで会社を経営されていることもあり、社会の中で生きることと、自分のためだけに生きることのバランスを考えさせてくれるような本です」

柴沼千晴 親密圏のまばたき

柴沼千晴『親密圏のまばたき』/「柴沼千晴さんは、2022年から日記本を出されている方。楽しい日も、そうじゃない日も、彼女みたいに世界を見ることができたらと思ってしまいます。読んでいると、真似して日記を書きたくなると思います」

撮影場所

日記屋 月日

日記を書くこと、読むこと、それぞれの魅力をひろめていくための拠点として、2020年4月1日、東京・下北沢に店舗をオープンした日記の専門店。プロ・アマ、新刊・古本を問わず、様々な日記本を取り扱っている。

住所:155-0033 東京都世田谷区代田2-36-12 BONUS TRACK内

営業時間: 8:00-19:00(18:45ドリンクラストオーダー)

cooperation_日記屋 月日 photo_Kaori Nishida edit&text_Satoru Kanai

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