TREND SWEETS KEYWORD New Patisserie 注目パティシエの新店に連日行列が。
有名パティスリーや人気ホテルで腕を振るっていたパティシエたちが、続々と自身の店を開く昨今。地元に愛され、かつ遠方からもファンが訪れる秘密とは。
東小金井〈Les Alternatives〉
「研修先のフランスで出合った店がお手本。特別ではなく日常になじむような存在に」
お店がオープンするのは10時半。作りたてのケーキがショーケースを美しく彩り、次々に焼きあがってくるパンが食欲をそそる香りとともに並べられていく。
「フランスでよく見かけるのが、パティスリー・ブーランジュリ。ベルサイユでの研修中に思い描いていたスタイルを目指しました」と、オーナーパティシエの古屋健太郎さん。
東京・保谷の〈アルカション〉、東京・自由が丘の〈パリセヴェイユ〉などで経験を積み、古屋さんが自店を構えたのは都心から離れた東小金井。「僕たち夫婦と同世代の住民が多い。お子さんと一緒に来て、ケーキや焼菓子を選んでほしいですね」
ショーケースに並ぶケーキは、目にした瞬間に心を奪われるようなルックスが印象的だ。たとえば、円筒形のすっきりとしたフォルムの「モンブラン」、ピスタチオに包まれたサイコロ型で、その名も〝緑〟を意味する「ヴェルディ」など。見た目で興味を持ち、どんな味なのか想像をふくらませて食べるのが楽しい。「口にする前のイメージとかけ離れず、わかりやすい味わいであることを大切にしています。モンブランは栗が主役であること。ヴェルディは底にピスタチオのフレークを敷き、ひと口目から食べ終わるまで、口の中がずっとピスタチオで満たされるようにしたり」
師の下で、パティシエとしての土台を作り経験を重ね、この先表現していくことは?「自分が考える個性が、この先の答えとなるように、一歩一歩妥協せずに前進するのみです」
横浜〈BASCULE〉
「おいしく味わったその先に驚きがある、とんちをしのばせたケーキを作りたい」
「自分の店を持つなら、間口が広い店がいいなと思い、探してめぐり合ったのがここです」オーナーパティシエの佐藤徹さんが選んだ地は、出身地である横浜。 通りに面して大きく取られたガラス窓に沿った棚に、焼菓子やコンフィチュールがディスプレイされ、その奥に目を見張る美しさのケーキが並び、行き交う人の足を止める。
東京・市ヶ谷にあった〈シェ・シーマ〉でパティシエの道を志し、渡仏して経験を重ねた後、東京・自由が丘〈パリセヴェイユ〉のオープン時から、金子美明シェフの下で19年にわたりスーシェフを務めてきた。自身を根っからの〝職人気質〟だと佐藤さんは言う。「シェフがイメージするものはひとつ。それを形にして完成させるために、いくつものアイデアを用意するのが二番手の仕事。それを毎日、19年間続けてきて、心底楽しかった。そして、今の自分の強みになっている。少しでも疑問に思ったら、すぐに別の引き出しを開けることができますからね」
佐藤さんがケーキ作りで大事にしていることは、おいしさのその先に、驚きがある味わい。「タルト カフェ ノワゼット」は、タルトショコラと思いきや、粉砕したコーヒー豆を加えたプラリネをタルトの上に重ねることで、食べるほどにコーヒーの香りと苦みが増してくる。「ミルフィーユ マロン ユズ」は、上の層に甘いマロンクリーム、下の層はハッとする酸味の柚子クリームを使い、2種の異なる味が見事に調和。おいしい驚きは、何度でも味わいたくなる。
鎌倉〈la boutique de yukinoshita kamakura〉
「想像力をフル稼働して、自分の個性をどんどん表現し新作を創っていきたい」
和洋を取り入れたスイーツが人気の、神奈川・鎌倉〈パティスリー・ユキノシタ・鎌倉〉の姉妹店が、昨年10月にリニューアル。新たにシェフに就任したのが、数々のコンクールで受賞歴のある、パティシエの佐々木元さん。ブランドの新たなスタートとして、手がけたスペシャリテが「シトリン」だ。
「黄色く輝く宝石のシトリンをイメージしたレモンのケーキです。レモンの香りをまとわせたホワイトチョコムース、バニラババロア、ラム風味のガナッシュが、時間差で口の中で広がり余韻を残します」
秋冬らしい栗を使った生菓子として登場したユニークな一品が「あんモンブラン」。故郷・三重県の実家が営む和洋菓子店で、弟さんが炊いた大納言小豆の粒あんを使っている。濃度の異なるマロンクリーム、ラム酒が香る生クリームを組み合わせたタルトで、上品な甘さのあんを砂糖に置き換えてはさみ込み、アクセントに。違和感なくきっちりとフランス菓子に着地する味わいは、積み上げてきた経験が成せる業。
「ありきたりではない柔軟な発想で、自分らしいクリエイションを生かし、新作に取り組んでいきたい」
新宿〈LA NOSTALGIE〉
「素朴であたたかみのある昔ながらの伝統的なお菓子を、やさしく洗練された味わいに」
伊勢丹新宿店で開催される、国内最大級のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」に2021年と2022年に参加し、即日完売で注目を集めた〈PAYSAGE〉を率いる、江藤英樹さんの姉妹ブランド。
「古きよき素朴なお菓子へのあこがれを込めて、懐かしさを感じる甘美なお菓子がここでのテーマです。伝統あるお菓子にフォーカスを当てて、奥ゆかしく飾り過ぎない中に、心に残る洗練された味わいを届けたい」。“郷愁”を意味する店名の通り、誰もが親しみやすく、懐かしく温かみのある味わいに仕上げているのが「サブレ プティ ノスタルジー」だ。アールグレイ、チョコチップ、ミックスベリー、メープルの4種のひと口サイズのサブレが、缶いっぱいに詰められたもの。すべてにメープルシュガーを使い、サクサクとして口どけがよく、メープルの甘くゆたかな香りに包まれ幸せな気持ちに。
名だたるグランメゾンのパティシエを歴任してきた江藤さんが手がけるデザートも楽しみのひとつ。ピスタチオを使ったブランマンジェやガナッシュクリームとレモンのジュレなどで構成した逸品は、レストランデザートの如くエレガントな味わい。
湯島〈Pâtisserie De bonne augure〉
「訪れてくださる皆さんに、いいご縁があるように、願いを込めたスイーツ」
湯島天神と神田明神が徒歩圏内のありがたい地に、“縁起がいい”という意味を持つ店名のパティスリーを開いた、オーナーパティシエの鈴木崇志さん。オンラインケーキ専門店の〈パティスリーベル〉〈クインテットドペラ〉に続く待望の実店舗だ。
「縁や縁起物に以前から惹かれるものがあり、この場所に店を出せたのはまさに縁。このエリアだからこそ愛される、自分らしいお菓子を創っていきたい」
看板商品のひとつが、水引きの梅をモチーフにした、淡いパステルカラーの「もなかマシュマロ」。石川県金沢で手作業で作られる最中を用い、塩レモン、カシスなどのフルーツジャムとマシュマロを入れてある。和菓子のようで、口にすると洋菓子のギャップ、フルーツのみずみずしさが口の中で弾ける驚きが楽しい。
もうひとつ、縁起物のだるまを模した鮮やかな朱色のケーキを発見。牛乳の代わりに梅酒で炊いたアングレーズのムース、梅酒のジュレなど、メインは梅。まろやかな甘さと酸味、芳しい香りが印象的だ。
「抹茶や小豆など、今まであたためていた和素材を使ったお菓子も、形にしていくのが楽しみです」
不動前〈équilibre〉
「食感、香り、味などのバランスを何より大切に。誰からも愛されるお菓子を」
「街を行き交う人の雰囲気や、都心に近いけどゆったりした空気感が気に入り、ここでお店を構えました」
〈ザ・リッツ・カールトン東京〉ではペストリーシェフを、〈ホテル インターコンチネンタル東京ベイ〉ではエグゼクティブペストリーシェフを務めた、オーナーパティシエの德永純司さん。洋菓子の世界大会「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」で日本チームを準優勝に導く偉業も成した。「誰からも愛されるものを大切に作ることは、ホテルで働いていた時も今も何も変わりません。縛りがない分、使う素材のレベルを上げることで完成度は上がりましたね」
数あるケーキの中で、スペシャリテは「マロン ラム レザン」。ラムをきかせたレーズンをバタークリームに混ぜ込み、ヘーゼルナッツのメレンゲ、刻んだマロングラッセを合わせたクリーム、マロンチュイルなどで構成。複雑に思えて、マロン、ラム、レザンそれぞれをしっかりと味わえ、香りや食感などがバランスよく調和し、アシェット・デセールを食べたような華やかさに満たされる。まさに、完璧なエキリーブル(バランス)を味わえる逸品だ。