心地よさを全身にチャージ! 「日本三大下り宮!一之宮貫前神社で道を開く力を」/MARIKOの、神社 de デトックス!
「上毛かるた」にも登場する〈一之宮貫前(ぬきさき)神社〉は大鳥居までが上り、本殿までの参道が下りになっているという珍しいお社。参道の先には、静ひつで美しい空間が広がっていました。
下った先に広がる静ひつな世界へ。
神社といえば、自然と参道を上っていくイメージがありませんか?そんなイメージをがらりと覆すのが、群馬県にある〈一之宮貫前神社〉です。こちらは全国的にも珍しい、本殿まで参道を下って参拝する「下り宮」。参道の奥に鎮まるお社は厳かでいて美しく、石段を下りるに連れ、凛とした空気が濃くなっていくようです。
〈一之宮貫前神社〉は創建から約1500年とその歴史は古く、ご祭神は「経津主神(ふつぬしのかみ)」と「姫大神(ひめおおかみ)」です。経津主神は〈鹿島神宮〉の「武甕槌大神」とともに国譲り神話で活躍した“武の神様”で、姫大神はこの地に住む渡来の人々が信仰した“機織りの神様”。物部氏が氏神である経津主神が、鷺宮(現在の安中市)にお祀りされた後に、この蓬ヶ丘綾女谷へと鎮座することになったという歴史があります。
「神社はあくまで神様が現れたところにお祀りするもの。社殿のある「綾女谷」はその名の通り、昔は谷底でしたが、神様がこの地を選ばれたので、今のような下りの参道を作りました」と答えてくれたのは、宮司の小林 冨士夫さん。神様のあるべき姿を最も大切にして守ってきたのだなと感じました。
謎多き「雷神小窓」とは一体!?
「上野国(こうずけのくに)一之宮」として、朝廷や名だたる武将から崇敬されてきた〈一之宮貫前神社〉。武将たちの信仰の篤さから、なんと戦火に遭ったことがないといいます。社殿は徳川家光によって建てられたもので、江戸時代特有の漆や金箔を重ねた豪華絢爛な本殿は、まるで、この地に隠された宝物のようです。
屋根の妻側をよく見てみると、雷神様が描かれた四角い小窓が…!この「雷神小窓」には謎が多く、いつ頃から存在したのかも定かではありませんが、徳川綱吉によって社殿の大修理が行われた際に、江戸の絵師・梶川政利が描いたといわれています。
本殿は「貫前造り」という建築様式で、外観は一階建てでありながら、内部は二階建てになっている珍しい造りに。元々は「抜鉾(ぬきほこ)神社」と「貫前(ぬきさき)神社」という二社がひとつのお社になったという説もあり、どことなく神秘的な印象を受けます。一階にはお神輿、二階には御神座がお祀りされていることから、「雷神小窓」から神様が出入りしていたのでは、という言い伝えも有力です。
今までの自分を変えてくれるお社。
石段を下るごとに神様に近づくような感覚になる〈一之宮貫前神社〉。きりりとした美しさのお社は、固定概念をがらりと変えて視野を広げてくれるようでした。世界遺産の富岡製糸場からも車で10分ほどの距離なので、群馬県に立ち寄った際はぜひ皆さんも参拝してみてくださいね。