“おいしい”のその先を求めて。Meet the Chef 予約1年待ちの超人気焼肉店!白米がすすむ絶品メニューの秘密
ジュワッと体の隅々に広がる幸せ。本当においしい料理を口にした時にだけ味わえるこの感覚は、けっして価格や食材の良し悪しだけではなく、作り手が歩んできたヒストリーや、その中で醸成されてきた料理への想いが生み出しうるもの。様々な視点から“おいしいをデザインする”星子莉奈さんが、“おいしい”の先を求めて、極上の料理と作り手の素顔に迫ります。今回は予約1年待ちの人気焼肉店〈幸泉〉にお邪魔しました。
のんべえの聖地として知られる京成立石。駅前の商店街には昔ながらの飲み屋さんや惣菜店がずらりと立ち並び、哀愁漂うノスタルジックロードとなっています。今回の主役はこの一角にお店を構える創業40年のカウンター焼肉〈幸泉〉の店主、安龍秀さん。祖母から引き継いだお店をあっという間に“予約1年待ち”という超人気店へと成長させた秘密に迫ります。
祖母から孫へとバトンタッチ。語り継がれた秘伝のタレが味の決め手
先代の祖母が一人で切り盛りしていたお店をコロナ禍後に引き継いだという大将。小さい頃から慣れ親しんだ祖母のタレを受け継ぎ、現在はお肉に合わせて独自に進化させているんだとか。
料理の提供スタイルも、他では見ないこだわりが。
「お肉は注文が入ってからカットし、その都度タレで揉んで味がブレないように気を付けています」。ひと手間を惜しまないことで納得のいく味わいを提供できるわけですね。
メニューは単品でも注文できますが、初めての方はおまかせコースをお願いするのが吉。
〈幸泉〉の暖簾をくぐったら食べずして帰れない、そんな逸品もちゃんと織り交ぜてくれますよ。
数あるメニューの中でも3本の指に入るという人気メニュー“センマイ”。
「理想の食感を実現するため、茹で時間を何度も変えてトライしました。絞るときの力加減にも気を遣っています。」と、食感には並々ならぬこだわりが。
塩、ごま油、ニンニクで味付けされているのでこのまま食べても十分おいしいのですが、特製の酢味噌で味変しながら楽しむのも◎ 独特のコリっと感と濃い目の味付けがクセになり、一度手をつけるとエンドレスに食べ続けたくなる、そんな魅力を持つ逸品です。
お次は、数年ぶりにマイベストオブタンを更新したタン。旨味の強いタン元を使用しており、一枚目はそのまま、二枚目は特製の梅ダレにつけていただきます
タンと言えばネギ塩とレモンのイメージが強いですが、またなんで梅ダレなんですか? と尋ねてみると「日本人の舌はやっぱり醤油に馴染みがあるので、めんつゆを使って梅ダレを作ったら相性がいいだろうと思ったんです。タンに馴染むように酸味は抑えています」と、大将。タンの脂が爽やかな梅ダレと混ざり合い、極上の旨味エキスが爆誕! 思わず頬が緩みます。
お次は、なかなか他のお店では出合えない赤身の角切り肉。ちょいレア気味に焼き上げ、ニンニク醤油をたっぷりつけていただきます。肉厚な赤み肉であることを忘れさせるくらい、しっとりしていて、とにかく柔らかい。
「研究を重ねてようやくこの柔らかさが実現できるようになったんですよ〜」と嬉しそうな大将。あぁホント素晴らしい…。
ご飯が何杯でも欲しくなるユッケ焼きは、仲良しの黄身を混ぜて、炊き立てのご飯にオンザライス。タレの味をダイレクトに感じられ、ごはん推奨の〈幸泉〉スタイルにもバッチリハマるので必食かと。
ブレない味わいと人柄がゲストを惹きつける
高校卒業後から焼肉の名門〈正泰苑〉で2年、さらに正泰苑から独立した〈金山商店〉で10年の修行を重ねた大将。自身のお店を持つようになってから、徹底して心がけていることがあると言います。
「“味をぶらさない”これが一番大切なことと心得ています。お肉の厚みや調味料の量など、いつも変わらないよう気を配っています」
大将いわく、この長い月日を物語る特殊能力が身に付いているそうで、測らずとも感覚で塩の量やお肉の厚みをぴったり均一にできるのだそう。「ただカウンター焼肉なので、お客さんの様子を伺いながら、あえて味を変えることもあります。お酒がすすんでいる方であれば気持ち濃いめにしますし、そのあたりはいい塩梅で」。
そのブレなさはなにも焼肉に限ったことではありません。大将の“ブレない人柄”もゲストが信頼を置く理由のひとつです。12年間同じ師匠の元で働いていた理由について伺った際も「正直何度も他の焼肉屋さんで働こうと考えました(笑)。けれど師匠の仕事を見ていると、やっぱりずば抜けてるなって感動しちゃうんですよね。師匠も僕もひとつのことを突き詰めるのが好きだから、そこが似ていたのも背中を追いかけてきた理由なのかもしれません」と、はにかみながら答えてくださり、そのお姿に実直さが滲み出ていました。
真っ当な焼肉人生を送ってきた人ならではのよどみない言葉、節々に感じる意志の強さと真っ直ぐさが人々の心を掴むのではないでしょうか。
“純粋に焼肉を楽しんでいって欲しい”、ただそれだけです!
「誰かがおいしいと言ったから」「有名な和牛を使っているから」そう言った“おいしいの理由探し”をせず、ただただ焼肉を楽しんでほしいと語る大将。
「家族や友人とワイワイしながら純粋に楽しんでほしいんです。料理に対して知りたいことがれば、もちろんお答えします。でも僕としては、まずなんにも考えずに焼肉を食べて“おいしい”と思ってもらえるように努力したいです。」と、自身の胸の内を明かしてくれました。
ただただ“おいしいお肉を求めて焼肉へ“、そんな気持ちを忘れないでほしいという焼肉屋の大将らしいお言葉を聞いて、なんだか嬉しくなりました。
抜群にうまい肉、気持ちのいい接客、唯一無二のロケーションと、食べ慣れた大人たちが惚れ込んでしまう理由も明快です。普段から“おいしい”の理由探しをしている人ほど、このカウンターで一心不乱に肉と飯をかきこみ、良い意味でバカになれることの大切さに気がつくのだと思います。