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絶品パンを片手に。クラシックの無造作な楽しみ Vol.6 パンと音楽からイースターを学ぶ!?スパイスを効かせた特製ホットクロスバンズとは?
香ばしい匂い、ふんわりと口いっぱいに広がる弾力、食材を引き立てる小麦粉の優しい味。味覚、触覚、嗅覚…あらゆる五感をもって、体中を幸せで満たすパンと在る時間に音楽があったなら、それはシネマシーンを切り取ったような特別な時間になるはず。そろそろクラシックを学びたいと思っている大人の女性に、ヴァイオリニストの花井悠希さんが、パンと楽しむクラシックの魅力を伝えます。今回は、イースターにまつわるイギリスの伝統パンと、イースターの朝の歓喜を描いた音楽を紹介します。
イギリスの伝統パン「ホットクロスバンズ」をいただけるお店を発見。
日本ではあまり馴染みのない「イースター」。ふと気になって調べてみると、見つけてしまったのです。世界にはイースターにまつわるパンがあることを。イースターは日本語で「復活祭」という意味。キリスト教ではクリスマスと並ぶとても大切なイベントで、十字架にかけられ亡くなったイエス・キリストが3日後に復活したことを祝うお祭りです。
そして、イギリスでこの時期に広く食べられるというパンが「ホットクロスバンズ」です。ドライフルーツやミックススパイスが入った小さなパンの上部に、十字架を象徴するクロス模様が入っているのが特徴だそう。
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日本で売っているお店が少なく、味も想像できない…一体どんなパンなのか。謎は迷宮入りか、と思われたその時!六本木の〈ブリコラージュブレッド&カンパニー〉に期間限定で登場するとの情報を聞きつけ伺ってきました。
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〈ブリコラージュブレッド&カンパニー〉は六本木ヒルズのけやき坂にお店を構え、これからのシーズンは桜のベストスポットでもある素晴らしいロケーションのベーカリーレストラン。陽の光が明るく降り注ぐ店内は気持ちのいい空気に満ちていて、ショーケースに並んだパンは皆柔らかなスポットライトを浴びてなんだか誇らしげ。そしてついに対面のお時間がやってまいりました。あなたが幻の「ホットクロスバンズ」ですね!
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このお店の「ホットクロスバンズ」は、ちぎりパンのスタイル。日本にはあまり馴染みのないパンだけれども、外国のお客様が多いこともあり、海外の文化を取り入れられたら面白いね、となって登場したのだそう。人と分け合える、人との繋がりを感じられる形がいいなと、ブリコラージュ特製のちぎりパンスタイルが生まれました。
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ふわっと柔らかな包容力を感じると思ったら、もちっとした生地感に手招きされる。誘われるままについていけば、シナモンなど数種類の複雑なスパイスの香り、全粒粉をはじめ四種類の小麦の鼻腔をくすぐる香ばしさ、レモンピールの落ち着いた苦味が、代わる代わる挨拶にやってきます。家族でも分け合えるように、スパイスの効かせ方は小さい子も食べやすく工夫しているそう。シナモン、ジンジャー、クローブ、ナツメグが混ざり合い、生地全体に広がっているのに香り立ちはやわらか。
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温めれば、ふわっとした包容力はさらに増し、もちっと感に歯切れの良さも加わって。スパイスの香りが一段とふくよかに届き、レモンピールやカレンツ、クランベリーの甘酸っぱさと絡み合って、どの一口も香り高く広がります。でも親しみやすさも感じるのはなぜだろう…?
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ベーカリーシェフの河本さんにお聞きすると、〈ブリコラージュ&ブレッド〉のパンは全て国産小麦で、できるだけ全粒粉を使っているとの事。全粒粉のパンを身近に感じてもらえるよう、小麦に必要な水分をしっかり与えてあげて、パサパサとは無縁の、みんなが好きなもちっとした質感に。食べたことのないイギリスパンでも、親しみがあり体に馴染む感覚があるのはそういう事だったのか!と納得です。
全てのパンを1日低温で寝かすことによって、ルヴァン酵母だけでなく乳酸菌をはじめ、様々な菌の作用が働き、人間の手だけでは表現できない複雑な味わいが出てくるのだとか。「パンを作るというより、育てるに近いのかも」、と話す河本さんの穏やかな語り口に、パンとの信頼関係が見えてグッときてしまいました。毎日気温も湿度も違う中でパンが育つのをお手伝いする、というスタンスなのだと聞くと、一つ一つのパンが一番輝く方法を見つけて届ける敏腕マネージャーのような頼もしさすら感じてしまいます。
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おすすめいただいた全粒粉の「クロワッサン」は、ルヴァン酵母を使い全粒粉を60%も配合。香ばしさとじわじわと伝わるうまみがご馳走です。中心部分は伸ばして層を増やしてバター香るむにゅっとした柔らかさを作り、両端の耳部分は成形時にストレスかけないように置いたまま焼き上げることで、サクサクとした食感を演出しています。
耳のサクサクから始まり、柔らかなバター感を通り越してサクサクで終わるというストーリー仕立てに、まんまと踊らされてしまいました(褒め言葉)。
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「コンビーフエッグベネディクト」は、お店のオープンからのシグネチャー「ブリコラージュブレッド」を使ったイートイン限定メニュー。コンビーフ、ピクルス、アボガド、卵と盛りだくさんの具材をつなぐのは、パンに塗られた豆腐のサワークリーム。さっぱりとしたまろやかさがオランデーズソースと玉ねぎのピクルスと絶妙なバランスで、見た目のインパクトよりあっさりいただけます。こんなエッグベネディクトもあるのか!と新しい発見でした。
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国産小麦を使うという部分は大切にしながら、様々なルーツを持つお客さんが来店されるお店ゆえに、どこの国のパンと絞らず柔軟にその時々の出合いをとり入れ進化を続ける姿は、軽やかでかっこいい。今後もずっとずっと追い続けていきたいパン屋さんです。
リムスキー=コルサコフ作曲「ロシアの復活祭」が描くイースターの朝の歓喜
キリスト教にはなくてはならないイベントの「イースター」は、古くから礼拝のための音楽など数多く作られてきました。合唱が入るミサ曲やオラトリオなど荘厳な作品が多い中で、ロシアの作曲家リムスキー=コルサコフ作曲の序曲「ロシアの復活祭」は少し趣が異なります。
演奏会用序曲として書かれたこの曲は、「受難の土曜日の陰鬱で神秘的な夜から、復活祭の日曜日の朝の奔放で異教的な楽しい集いへの気分の移り変わりを表現したかった」と作曲家の自伝『My Musical Life』に書き残されています。幼少期を修道院の近所で過ごした彼は、親しみのあったロシア正教の聖歌集「オビホード」のテーマを多数取り入れ、古代の予言や福音書の物語を回想していきます。陰鬱な色彩から復活の瞬間に放った計り知れない程の光。大天使のトランペットは高鳴り、天使たちの合唱が響く。音楽の歓喜に満ちた祝祭の華やかで活気に溢れる雰囲気を描いています。
今回紹介した一曲「序曲《ロシアの復活祭》」
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作曲者:ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844〜1908)
作曲年:1888年
演奏者:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、小澤征爾(指揮)
楽曲詳細:ロシア五人組の一人、リムスキー=コルサコフを代表する管弦楽作品が《スペイン奇想曲》《シェヘラザード》、そして序曲《ロシアの復活祭》。1887年から1888年にかけて集中して書かれ、本作をもって管弦楽曲の分野から離れ、オペラへと活動の軸足を移しました。1888年12月3日、リムスキー=コルサコフ自身の指揮によりサンクトペテルブルクにて初演。こちらは先日訃報が届いた小澤征爾さん指揮、1993年のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会のライヴ録音。ライブならではの高揚感から祝祭の賑やかで湧き上がる開放感が感じられます。偉大なる小澤さんの”奇跡の復活を願いたい気持ち“を込めて。