絶品パンを片手に。クラシックの無造作な楽しみ Vol.2 厚み1センチ超えのふわふわチーズ! 食欲の秋に食べたい惣菜パンには、ヴィヴァルディの「秋」
香ばしい匂い、ふんわりと口いっぱいに広がる弾力、食材を引き立てる小麦粉の優しい味。味覚、触覚、嗅覚…あらゆる五感をもって、体中を幸せで満たすパンと在る時間に音楽があったなら、それはシネマシーンを切り取ったような特別な時間になるはず。そろそろクラシックを学びたいと思っている大人の女性に、ヴァイオリニストの花井悠希さんが、パンと楽しむクラシックの魅力を伝えます。今回は、身も心も満たされるお惣菜パンに合わせて、秋の恵みの喜びを描く楽曲を紹介します。
手作りの具材があったかい。〈ピーターセン〉のお惣菜パン
のんびりとした2両編成の路面電車、東急世田谷線に乗って向かったのは若林駅近くにある〈ピーターセン〉。白を基調とした木のぬくもりを感じる店構えで、“まちのパン屋さん”と呼びたくなる親しみやすい雰囲気で、地元の人に愛されているのが伝わってきます。
今回お店を訪れた際も、続々とお客様が! 豊富なラインナップの中でも目を引くのがお惣菜パン。柔らかなパン生地自体にほんのりとした甘さがあり、白米のようにどんなお惣菜にも合う懐の深さを感じます。
ほとんどの具材はいちから手作り。身も心も豊かな気持ちで満たされるのは、作り手の真心が一つひとつこもっているからなのでしょう。日本に暮らし、決してふるさとの味がパンではないのに、田舎のママンの味に感じてしまう温もりが〈ピーターセン〉のパンにはあるのです。
ガッツリとしたお肉系のパンから甘いおやつ系のパンまで、選ぶ楽しみがあるのも魅力で、男性のお客様が多いのも納得。
食欲の秋に食べたいガッツリ! 大満足なお惣菜パン
「ベーコンチーズ」はトップ3に入る人気者。私も、お店に入って目が合った瞬間から、そのでっぷりとしたルックスと肉厚ベーコン、そして隠しきれないチーズの量に目が釘つけになった一人です。
メインとなるベーコンは沖縄の「くんちゃまベーコン」を使用。ジューシーなのに、脂の部分はさっぱり。不思議とクドさがありません。ベーコン特有の塩気、柔らかな燻製の香りで、脂の甘みと旨みが際立ち、ハッとするほど風味豊かな味わい。
周りの皮はパリッと軽やか。焼けたチーズがバリバリと高鳴り、苦みを伴った香ばしさがアクセントに。大きな気泡が入った生地は軽やかで、リズミカルに弾みます。
断面をみるとチーズはなんと厚み1センチ超え。中心部のチーズはまるでチーズのベッド! 見た目に違わずふかふかで、コクも香りも贅沢に広がります。ベーコンの旨みたっぷりの脂とチーズが絡み混ざり合って、カロリーなんてそっちのけになるほど(といったら嘘になりますが)バランスが良く手が止まりません。お惣菜パンだからこそ、口にすると、体から力が漲ってくる充実感に、身も心もホクホクです。
豊作の秋の喜びを描くヴィヴァルディの「秋」
秋の豊かな恵みに心躍るのは今も昔も同じようです。食欲の秋にぴったりなお惣菜パンに合わせて今回紹介するのは、イタリアの作曲家アントニオ・ヴィヴァルディが1725年頃作曲した「四季」。この曲には、ブドウ酒を酌み交わしながら、秋の恵みを祝い浮かれ騒ぐ農村の様子が描かれていて、
① Ballo e canto de' villanelle:村人の踊りと歌
② L’Ubriaco:酔っぱらい
③ L’Ubriaco che dorme:眠れる酔っぱらい
と三つのブロックに沿って進みます。思わず笑ってしまうくらい酔っ払っているシーンが続き、いかに秋の宴が盛り上がるかが伝わってきますね。
バロック音楽の二大巨頭と言ったら、かの有名なバッハ、そしてヴィヴァルディです。
ヴィヴァルディは、25歳で司祭に叙任した経歴を持つバロック時代を代表する音楽家。ピエタ慈善院の音楽教師に任ぜられ、孤児院の少女たちの音楽教育のために演奏会用の器楽曲を多数作曲し、生涯に600曲を超える協奏曲を書きました。国際的な名声も獲得しバロック音楽を語る上で外せない偉大な作曲家です。
ヴァイオリニストとしても活躍したヴィヴァルディは膨大な数のヴァイオリン独奏の協奏曲を残しています。「四季」も、独奏ヴァイオリンと、通奏低音付き弦楽合奏のための12曲からなるヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」の第一曲から第四曲にあたります。この曲を語る上で外せないのは「ソネット」とよばれる14行の短い詩。季節折々の自然や人間の様子を表す「ソネット」が添えられているのです。
こちらの記事(果汁したたる“真っ赤ないちごパン”と嗜む、交響詩「死の舞踏」)でご紹介した交響詩「死の舞踏」も「標題音楽」という、楽譜とは別に題やストーリーなど音以外のものと結びついて作られた音楽でしたが、「四季」はその先駆けとも言える代表的な「標題音楽」の一つです。
ヴェネツィアの四季の風物詩を、春夏秋冬それぞれ3楽章ずつの協奏曲集として描き、ソネットの情景に合わせて進んでいきます。秋の1楽章に添えられたソネットにはこう記されています。
Celebra il Vilanel con balli e Canti
Del felice raccolto il bel piacere
村人たちは歌や踊りで、豊作を喜び祝うE del liquor di Bacco accesi tanti
ぶどう酒が注がれ大いに盛り上がりFiniscono col sonno il lor godere
楽しみながら眠りこける
ハツラツとしたリズムで始まるメロディ。豊作の喜びが溢れる明るい音色をtutti(合奏)で奏でます。続く第一ヴァイオリンソロも輝かしい音色を高らかに響かせます。迎えた第二ヴァイオリンソロ。こちらは「ぶどう酒が注がれ大いに盛り上がり」の部分。音符の上には「L’Ubriaco(酔っぱらい)」と記され、酔っ払いのふらつく足取りを表現。そこに絡むように入るtutti(合奏)パートにも「Ubriachi(酔いどれ)」の文字が。
短調へと転調し不穏な響きが聞こえてくると、へべれけに酔っ払っている姿が浮かびます。しばらくこの酔っぱらいたちの宴シーンは続き、迎えた最終パート「楽しみながら眠りこける」へ。
速度表示は「Larghetto(ラルゲット)」でやや遅く、ガラリと雰囲気が変わり、シーンと静まりかえる。大いに盛り上がった宴も終盤を迎え、気持ち良い眠りの世界へ皆、落ちていくのでありました。最後の最後は、冒頭のテーマに戻ってきて、めでたしめでたし。。
前回に引き続き、情景が浮かんでくるような「標題音楽」を取り上げました。手作りにこだわった充実感いっぱいのお惣菜パンを頬張りながら、秋の恵みに感謝して、今も昔も変わらない秋の喜びに耳を傾けてみませんか?
今回紹介した一曲
協奏曲集「四季」 作品8協奏曲 第3番 ヘ長調 RV293「秋」
作曲者:アントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)
作曲年:1725年
演奏者:ジャニーヌ・ヤンセン(ソロ・ヴァイオリン)キャンディーダ・トンプソン(ヴァイオリン)、ヘンク・ルービング(ヴァイオリン)、ジュリアン・ラクリン(ヴィオラ)、マールテン・ヤンセン(チェロ)、ステーシー・ワットン(コントラバス)、エリザベス・ケニー(テオルボ)、ヤン・ヤンセン(オルガン&ハープシコード)
楽曲詳細:
ヴィヴァルディ作曲「四季」の「秋」は、ヴァイオリン協奏曲集『和声と創意の試み』(1725年出版)における第3番の楽曲。「春」「夏」「秋」「冬」それぞれに14行から成るヨーロッパの定型詩「ソネット」が添えられ、ヴィヴァルディが暮らしたヴェネツィアの自然と人々の営みを表現している。
ジャニーヌ・ヤンセンと彼女の仲間たちによる「四季」は、ヴァイオリン二人以外は各パート一人で、通奏低音も入れてわずか8名という小さな編成での演奏。一人ずつの奏者の演奏が際立ち、アンサンブルの楽しさや時にスリリングさも感じるほどの刺激にあふれています。