茅ヶ崎をぶらり。夏のにおいを吸い込んで|花井悠希の「この街この駅このパン屋」
ヴァイオリニストの花井悠希さんがお届けする、新しいカタチのパン連載。1つの駅、1つの街にフォーカスを当て、ここでしか出会えないパン屋さんを見つけていきます。
電車で降り立つのは初めての茅ヶ崎駅。ホームでは、すかさずサザンオールスターズのメロディーが迎え入れてくれて、在住の友達の車に乗りこんでもサザンが流れていて(それは友達の気遣い)。茅ヶ崎にきたぞー!と実感がムクムクと芽生え、これからどんな街が味わえるのか期待に胸が高鳴ります。
今回の街…茅ヶ崎駅周辺
たくさんの人が行き交う大きな改札を出て、駅前のロータリーに降り立てば、シティの雰囲気と活気。でも、どこかゆるーいムード(褒め言葉)で包み込んでくれる心地よさに、心も自然とスローペースへギアチェンジです。「(加山)雄三通り」に「サザン通り」、海へと向かう道の名前には茅ヶ崎のスターが登場し、私のように遊びに来た人へクスッと楽しみを与えてくれる心憎い演出も!?
1軒目:〈Pain de Nanosh(パン・ド・ナノッシュ)〉
まずは駅前にあるパン屋さんから。店の前でぼーっとしている間にも(ギア変え過ぎ)続々とお客様がいらっしゃいます。今月の新商品の看板には商品が連なり、絶えずお客さまの来店する楽しみを大切にしてくれるお店なんだなぁ…と、うっかり目頭が熱くなりそうに(まだ入店前)。
私が訪れた時刻は夕方に差し掛かった時間。それでもまだパンがよりどりみどりなのも、お店の努力と喜んでもらいたいという心意気を感じて、また目頭が(以下省略)。そんなお店の方におすすめを聞くと「人気で売り切れも多い『大納言ブレッド』がいまありますよ!』とのこと。ではそちらでお願いします!
当日はふにゃんふにゃんと甘え上手な柔らかさ。翌日はトーストにしていただきました。デニッシュ生地ということで、甘いかと思いきや生地自体の甘さは控えめ。その代わりに大納言がホクホク食感かつ甘さ十分!想像以上にたんまり入っています。デニッシュ生地のエアリーなサクサク感が前に来つつ、遠くの方で“もちっ”と感があるのが大納言との相性をさらに高めているに違いない!バターをのせてみたら、やっぱりあんこにはバターだよねとなりました(バターには逆らえない)。みなさま、ぜひ有塩でお願いしますね。甘塩っぱい、禁断のフレーバーが楽しめますよ。
2軒目:〈MOKICHI Baker & Sweets〉
茅ヶ崎在住の友人が案内してくれたお店は、湘南唯一の蔵元〈熊澤酒造〉がやっているベーカリー&カフェ。ビールの製造工程でロス分として出る栄養価の豊富なビール酵母を活かしたパン作りをしているパン屋さんなのだとか。
こんなにお行儀のいい見た目をしているのに、真ん中でスパッと切ってみるとマリトッツォのようなエンターテイナー!パンの空洞いっぱいに満たされた生クリームを眺めるだけでも幸せな気持ちになりますね(甘い物好き)。はむっと頬張れば、生クリーム、あんこ、おもちが一口の中できれいに整列して三味が一度に感じられます。おもちの風味ともちもち感の上にのっかる餡子はこし餡。だからこそなのか生クリームのほわほわ感との一体感が素晴らしい。こんもり入った生クリームなのに、おもちと餡子と平等に感じてしまうほど奇跡なバランスに脱帽です。
3軒目:〈psipsina(プシプシーナ)〉
細い小道を抜けた先、ここであってる?と不安になりながら進むと見つけました、黒猫の看板。小さな入り口をくぐると現れる、私の背よりも高いショーケースにはずらりとパンが並んでいます。棚に囲まれ見上げるその雰囲気はなんだか物語に出てきそうな秘密の博物館のよう。冒険心をくすぐられてショーケースの奥のガラスの先までつい覗きたくなってしまいますね(店員の方と目が合ってしまいました)。
もっちりと押し返してくる弾力。よく焼きの爽やかな苦味と自家製酵母の酸味が冴えるカンパーニュです。繊細且つ豊かに入った気泡が歯切れの良さを作り、酸味が余韻をスッキリとまとめ上げます。一口一口噛む度に立ち上ってくる小麦の逞しい香ばしさに、今度はあれを添えて食べてみようとか、あのジャムとバターかなとか、何の料理に合わせようかとか、食いしん坊の好奇心が刺激されていることに気がつきました。なにかを合わせられる余白を残してくれているような。食べている間から次の機会が待ち遠しくなるパンです。
若い世代の志高いおしゃれなお店があるかと思えば、老舗のお店や古くからの住宅地の穏やかな眼差しがあって、全てを見守る海がある。シティ感も自然も思い思いに楽しめる包容力が、スローペースを受け入れてくれて心をすっぴんのままに過ごさせてくれるのだろうなぁと感じました。帰り道はのんびりと電車に揺られながら「希望の轍」(サザンオールスターズの名曲)を聴いて帰ろっかな。