喫茶店から学ぶ。時間の過ごし方-鈍考 donkou/喫茶 芳 (ファン)

FOOD 2023.04.29

選書家の幅允孝さんが新たに作った京都分室は、コーヒーを味わいながら過ごす贅沢な図書室。
五感を優しく心地よく刺激し、本と共にある時間の幸せに気づかせてくれる新たな空間へ。

読書の時間

長年にわたり集めた渾身の蔵書3000冊と共に過ごし、ヒューマンスケールの心地よさを思い出させるための場所。

長年、東京を拠点にしてきた幅允孝(はばよしたか)さんが新たな拠点を京都に構えた。

「東京はどうしても回転数が速すぎる。これからも本を扱い続けるなら、時間の流れが遅い場所が必要だと。そのための分室を作ろうと考えたときに、出合ったのがこの地でした」と幅さん。京都・左京区の山間にあって、寺の檜林を借景に、川のせせらぎを聞く贅沢なロケーション。
「建築家に依頼したのは3000冊の本が置けること、喫茶もやること、時間の流れが遅い場所ということだけ」。かくして手を伸ばせば届きそうなほど目の前に豊かな自然が広がり、整然と本が並ぶ、本とコーヒーのための空間が完成した。ずらりと並ぶ蔵書を手に取り、ネルドリップで淹れた濃厚なコーヒーを味わう、完全予約制の私設図書室にして喫茶室。

「テクノロジーのスピード感や回転数の高さに対して、人間は鈍くてもいいんじゃないかという意味を“鈍”に込めました。遅考性を持つ本と、時間をかけて淹れるコーヒーと共に、自分にとっての心地よい場所を見つけて回転数を落としてもらえれば」

コーヒーの時間

豆を選び焙煎することから、淹れ方、器や道具まで。すべてはゆったりと流れる時間をもたらすための大切な要素。

読書のための心地いい場所づくりには、コーヒーが一役買ってくれるのではないかと」と幅さん。用意したのは一枚板の端正なカウンターと、時間をかけて淹れるネルドリップコーヒー。〈鈍考〉には空間を共有する〈喫茶 芳〉が併設されていて、図書館の利用には一杯のコーヒーも含まれる。90分を過ごすうちのどこかでオーダーする仕組みだ。喫茶を受け持つのは、かつて東京で間借りの喫茶を営んでいたファンさん。

「コーヒー豆はイエメンやインドネシア・スラウェシ島のものなど、その時々で。手廻しのハンドロースターで自家焙煎しています。じっくり淹れるコーヒーの滴るところを見る時間にも身を委ねてもらえれば」

〈大倉陶園〉の繊細な器で供されるコーヒーは、とろりと深い。
「ゆっくりと味わってもらうため、冷めてもおいしいように、高すぎない温度のお湯で淹れています」というファンさんの所作も、選び抜いた道具たちもまた美しい。すべてにおいて時間の回転数を遅くするための心配りがちりばめられているのだ。

photo : Yoshiko Watanabe text : Mako Yamato

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